第8話 町の靴屋さん

秋、魔術士が4度目の訪問にやって来た。

この辺りは雪が深いので秋の終わりにもう一度やって来て、春の1月までやって来ないと言った。

俺は初めてこの世界の言葉で挨拶を交わした。

夏に来たは、まだ喋られなかったので俺の知力を疑われた。

普通の転生者は3ヶ月もあれば、簡単な会話ができるようになっていた。

俺は三ヶ月も合ってもカタコトしか話せなかった。

それくらい習得できるだろうと冷たい批判を受けて、この世界のルールやこの町の情勢などを聞かせてくれた。


「念話で話す限り、馬鹿とも思えんが・・・・・・・・・・・・」

「色々とあったんだ」

「赤子の内にヤル事などないだろう。発声練習をしっかりヤレ」


俺は祝詞の発声練習で忙しかったのだ。

舌足らずのアブゥアババァ語で魔法を発動させるのはかなり高度なテクニックが要求される。

しかも高速詠唱だ。

こちらも生死が関わっていたので必死だった。

魔術士は赤子の間は何もする事がないと言うが、俺はあの魔法具の為に成長できておらず、0歳児と同じ体力しかない。

その0歳児の腕を掴んで引き摺り回すのだ。

部屋の高い所からどこからでも飛ぼうとする姉に付き合わされる俺の身になって欲しい。

俺の姉は最凶だ。


机の上から飛び降りて無事で済むと思うか?

エアークッションは絶対に必須だ。

魔法を発動させてもかなりの衝撃があり、肉体強化で首などを守らないといけない。

俺は頑張っていると思うぞ。


夏は舌足らずのアブアブ日本語で話す気にもならない。

疲れるので念話を希望した。

すると念話の小言を延々と言われた。

夏の間に舌足らずも解消した。

こちらの言葉で会話ができるようになった。

これで文句はないだろう。


「前回より喋れるようになって安心した」

「子供の会話は3歳くらいだろう」

「転生者なら2歳だ。来年になっても喋れないとなると予定が狂う」


5歳まで初等学校に入学できる程度の教育が義務付けられている。

遅れた身体能力を取り戻す為に、3、4歳では体力を中心とするプログラムが用意されているらしい。

基礎学力は早めに詰め込むようだ。

明日でも行政府に行き、俺の担当官を申請しておくと言った。

担当官?


「担当官はお前の教師だ。教材も提供する」

「それは助かる。文字を覚えたいと思っていた」

「計算は心配していない。だが、この国の歴史は覚えて貰う。余裕があるようならば、魔術の教材も用意してやろう」

「それは是非、お願いします」


仏頂面だった俺が手の平を返して頭を下げた。

この世界の魔術には興味が尽きない。

賢者の魔術が使える事は実証できたが、威力を増そうと思うと祝詞が長くなる。

実践的ではない。

実用性を考えると魔方陣が必要だ。

しかし、魔方陣を書くには自らの血か、特殊なインクが必要になる。

魔力で染めた羊皮紙があると便利だ。

俺は目の色を変えて喰い付いたが、魔術士はあっさりと話を切り上げた。

今回は業務を語って、冬までの課題を出してきた。

焦らし作戦とは忌々しい。


俺の住む町は『エクシティウム』と呼ばれる北の果ての城壁町であり、シコヲノ・アディ・シハラ伯爵が治めている。

城壁町の人口は3万人だ。

町の中心に大聖堂が立つ。

東側に領軍と農地があり、西側が生活区になる。

正門を入った南側が貧しく、奥に進むほど裕福な家や貴族街に成ってゆき、最奥に領主様の邸宅があるらしい。

俺の家は南側の貧困層を相手にした靴屋らしい。

居住区の北側から上級、中級、下級と下がり、我が家は下級の下の6番区らしい?

よく判らん。


さらに12番区、18番区と西に向かうほど貧しくなるらしい。

その一番東に店を持っていると親父が自慢している。

降らない。

貧しい者同士で自慢しても意味がない。

職人は30歳過ぎてから独立する事が多いらしいが、下請けとして独立する。

下請けが存在しない靴屋の独立は珍しい。

何故ならば、武器や防具と違って需要が少ない。

2軒もあれば十分だ。


貴族を相手にする高級店、商人・冒険者を相手にする一般店、そして、親父は貧しい者を相手にする木の靴屋だ。

だがしかし、貧しい者を相手に商売は難しい。

そもそも木の靴は安い。

すり減っても底を替えるだけなので新品が売れない。

修理ばかりで儲からない。


「おぃ、金を出せ」

「このお金はアルの育成費で・・・・・・・・・・・・」

「靴が売れれば、返ってくる」

「ですが・・・・・・・・・・・・」

「黙れ。家の家長は俺だ」


馬鹿な親父は売れもしない革靴を作る。

店の表に飾っており、日焼けなどで劣化する。

油などを塗って寿命を延ばしているが、色あせて見窄みすぼらしい姿になってゆく。

すると、また新しい革靴を作るのだ。

親父は務めていた靴屋で一番の腕だったと酒を飲みながら俺達に語る。


「お~れが一番だった。なのに・・・・・・・・・・・・」

「貴方が一番腕の良い職人だったのですね」

「俺が下町の出でなけれあば・・・・・・・・・・・・俺が!?」

酔った時の親父の愚痴だ。

同期に3人ほど腕の良い職人に居たらしい。

イケメンはお嬢さんの婿になって店を継ぎ、もう一人が工房長になった。

腕の差でなく、出身で決まった。

職人のせがれと貧困区から頼み込んで修行していた親父とどちらが工房長に相応しいかは明らかだ。

親父は工房長と仲が悪く、下で働くのが嫌で独立した。


「良い仕事は全部奪う奴だった。他の職人からも嫌らわれていたが、店主の受けがいい」

「はいはい、この店で見返しましょう」

「当然だ。俺の方が、腕がいい~~~~」


言うだけ言うと寝てしまう。

腕はともかく、俺の支給金まで手を付ける駄目親父だ。

翌日から芋だけとなり、離乳食の強奪が増える。

原因は親父だ。

この母さんを困らすロリコン親父は俺の敵だ。


この町は成長過程らしく、人口が増えると南側に最下級の家が建つ。

顧客が増えれば、良い仕事も回ってくる。

親父はそう信じている。

一体、いつの話だろうか?


その広大な建設予定地はまだ空き地であり、兄や姉の遊び場だ。

一緒に遊ぼうねと姉が嬉しそうに言う。

2歳になれば、母さんが遊びに行く許可を出すらしいが、それは死刑宣告に違いない。

拙い事態が刻一刻と近づいていた。

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