第11話 初めての報酬

春、すべてが目覚める。

草木も目を覚まして芽吹く季節だ。

暖かい。

毛布にくるまって隙間風に震える事もなくなった。

夜に薪を焚き続けるなど許されない。

家族は固まって一緒に寝て寒さを凌ぐのだ。

俺一人だけがのけ者だ。


この揺り箱には贅沢な布団と毛布が備えてある。

装飾がないだけで揺り箱は貴族が使っているのと同じだ。

どちらが暖かいは比べるまでもない。

のけ者は仕方ない。


壁の隙間から暖かい日差しが差し込むとそのまま二度寝に黄昏れたい。

だが、母さんが起きて来て朝の準備を始める。

俺ももっそりと起き出した。

世話焼きのアネィサーが起きてくる前に顔を洗う。

いつまでも寝ていると揺り箱から無理矢理に降ろされ、全身をびちょびちょにされながら顔を洗ってくる。

寒い冬の朝にそれをされると凍え死ぬ。

俺はひしゃくで壺から水を桶に取って顔を洗った。

そして、残った水にボロ切れを浸してから絞る。

それで机を拭いている頃にアネィサーが起きて俺を見つける。


「あっ、う~ん」

「おはよう。姉さん」

「ア~ル、おはよう。今日もまた先に起きたのぉ?」

「姉さん、お皿を取って下さい」

「判ったわ」


頬を膨らませながら姉が従う。

姉が文句を言う前にドンドン要求する。

俺に頼られると仕方ないとその内に上機嫌になってくる。

この3ヶ月は姉の対策で頭を使った。

無視するのが一番危険だ。

暇になると俺の世話を焼きたがる。

オムツが取れてもオマルの後にお尻を拭いて貰っている。

屈辱だが敢えてお願いする。

まだ手が届かない。


「行って来ます」


上の兄であるウェアニーも5歳という事で教会の学校に通い出した。

5歳になると教会の学校に通う。

文字や計算を教えてくれる。

ウェアニーは少しだけ文字が読めたので天才と呼ばれて人気者になっている。

教会学校に行くのは貧しい子ばかりで文字が読めない。

皆にほだされて上機嫌だ。

だが、学校の話はいつも給食の事ばかりだった。


「今日の給食には肉が入っていたんだ」


下の兄であるシュタニーが肉を食べたいのですぐに学校に通いたいと言い出していた。

シュタニーの興味は常に食べる事だ。

数日経つと、今度は冒険者に成りたいと言う。

道端で冒険者が退治した魔物の肉をたらふく食った話を聞いたからだ。

肉を食いたいので冒険者になるそうだ。


「わたし、ア~ルのお手伝いする」

「アネィサー、インクも紙も高いのよ。遊びじゃないのぉ」

「でも・・・・・・・・・・・・」

「姉さん。綺麗な文字を書けるようになったら手伝って下さい」

「うん。ア~ネ、頑張る」


俺の横で石版に文字を書いて練習を続ける。

俺もまだ字が上手と言えない。

だが、大量の紙とインクを融資して貰っているので贅沢に汚い文字で下書きを書いている。

本来は課題を代筆で提出するのは違反なのだが抜け道があった。

紙とインクを自分で用意する事だ。

代筆が違反なのは紙とインクが高いからだ。

俺の学力向上の為に支給しているのに、他の者が使用しては意味がない。

そこに抜け道が生まれる。

知識を欲する者に融資させて、紙とインクの代金を肩代わりさせる事で代筆が認められる。

国も欲しているのは知識であり、本人の直筆か、代筆かなど問題ではない。


俺の担当官であるティンクは異世界文学に愛好者だった。

人事課の人材発掘部係を希望する職員には異世界文学に愛好者が多いそうだ。

未完の異世界文庫の続きを読みたい。

そんな淡い願望を持って人材発掘部係で仕事に勤しんでいた。


「あの『○○ハルヒ』の13巻は読みました。『○○悪女は・・・・・・・・・・・・』の7巻と13巻は見た事がありますか?」


しばらく毎日通ってきた担当官は突然に自分の欲求を露わにした。

俺と親しくなるまで我慢しており、毎日のようにお土産を買って持って来た。

欲望に素直な担当官だった。

発行されたかどうかも知らない本の写本などできない。

読んだ事もない本も多い。


「そうですか、残念です。では、『マリかの』は読んでいませんか?」

「あぁ、取引の社長のお嬢さんがファンだったので、話題を合わせる為に最後まで一気読みしました。ちょっと待って下さい」


俺は記憶を覗いて写本できる事を告げた。

第1部の13巻まで発行されており、14巻目から木板に写本を開始した。

紙は高いので木板に書き、それを担当官が紙に清書する。

最初は読むのも難解な文字であったが、担当官は気にせずに木板を抱き締めた。

数日すると、大量のわら半紙を持ち込んだ。


「安かったので買って来ました。これにドンドン書いて下さいね」

「安かったって?」


1枚で家の一日分の家計費が飛ぶ額だった。

母さんがそれを聞いて倒れた。

わら半紙が100枚以上もあれば、そりゃ目を回す。

持って来た絵本の代金を聞けば、触る事もできなくなりそうだ。


「ティンクさん、レシピの下書きを書くので代筆をお願いできませんか?」

「もちろんです。私からお願いしようと思っていました。今度、お茶会をする事になりました。絶対に必要です」

「どんなレシピを希望しますか?」

「もちろん、お菓子です」


俺は10種類のレシピを渡すと、翌月に10枚の銀貨を受け取った。

課題10点分の報酬だった。

靴屋1日の売り上げは銀貨3枚と銅貨50枚という。

それに比べると微々たるモノだが、必要経費を引くと月に銀貨9枚も残らない。

親父の儲けを上回った。

母さんに感謝されて、キスとハグの嵐だ。

実に爽快だ。

俺がにやけていると、翌日は姉がべったりとくっついて離れてくれなくて鬱陶うっとうしいかった。

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