第16話

「話あるんだ。ちょっと場所動けない?」


昼休み、僕は健太にそう言った。


あの日以来、僕たちは通り過ぎた時間を紡ぐように、少しずつもつれた糸をほぐしていった。


中学3年にもなると、色んなことに対して答えの出し方が難しくなっていて。


友情ひとつ取っても、それはそうなのだ。


ある日突然にわだかまりがなくなるような、

そんな日は、もう僕たちには返ってこない。


そして、もっともっと大人になった僕たちには、さらに「利害」ってやつが生まれるようになって。


あえて、わだかまりを残すようなことだってあるんだろう。


分かったような気もするけれど、きっとまだまだ分かってないことがたくさんあると思う。


だけど、少なくとも。


今、健太との時間を取り戻すためには、お互いの歩幅を合わせないといけないことは感じている。


彼と過ごした時間を考えれば、大体何を考えているのか、そして何を僕に望んでいるのかは分かっているつもりだ。


すぐに距離を縮めることはできる。


だけど、そんな突貫工事をしてしまうと、設計ミスにも気づかず、いつか遠くない将来に事故が起こるんだ。たぶん。


急激に歩み寄らず。


柔らかい時間が、僕たちを少しずつほどき、そして作っていった。


少し怪訝な表情を浮かべる彼を見て、まだまだ途上だなと思う。


そして、僕は今自分に起こっていることと、そんな自分が思う気持ちを全て伝えた。


きっと協力はしてくれる。


だけど、どんな顔をして話を聞いてくれるのか、彼が何を思うのかは不安だった。


だから、最後にこう付け加えた。

「浮ついてるように見える?確かにそうなのかもしれないけど、本気なんだ」


思っていたのとは違って、彼は快く受け入れてくれた。


「任せろよ、良いの撮ってやる。場所は決めてる?」


「パン小屋の裏なら、誰もこないと思う」


「あんな薄暗い場所でいいのか?良いの撮れないかも知れないぜ。それか、学校終わりにどこかで撮ってもいいけど」


「今、撮って欲しいんだ」


僕たちの学校には、購買部と言って菓子パンやパックジュースを売っている場所があった。


大体3時間目から昼休みの頭まではごった返すんだけど、すぐに品切れを起こすこともあって、昼休みの後半には既に誰も立ち寄らずにおばさんたちは早速片付けを初めている。


僕たちは、そこを通称パン小屋と呼んでいた。


何しろ、中高合わせて総勢3,000人を誇るマンモス校の肉々しい男児たちがお腹を空かせて、家畜の如く一斉に押し寄せるのだ。


パン小屋の裏は、路地のような薄暗い細い通りになっていて、変な虫も多いことから

あまり誰も近づかない。


ここなら、バレないと思った。


写真を撮っては、2人でチェックして。


角度を変えたり、遠近を調整したり。


「もうちょっとカッコつけろよ、大事な写真なんだろ?」


「いや、このくらいで十分だよ。素朴なヒロくんって呼ばれてるんだ笑」


「確かに、あんまり気取っても良くないけどなぁ。笑えよ」


「うまく笑えなくて」


「心配すんな、お見合い写真じゃないんだし」


「けど、それくらいの雰囲気を出してるのは健太だよ」



気づけば、健太の携帯は僕で埋め尽くされていた。


20枚か30枚か、とにかく沢山の写真の中から、僕は1番を探した。


「これでお願いします」


「OK、俺もこれが良いと思うよ。もう今送っちゃうか!アドレス、見せて」


僕たちは2人で何度も何度もアルファベットの打ち間違いがないか確認しながら、慎重にメールを打った。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

京香さん、こんにちは!


突然すみません。


話は聞いてると思うけど、拓己と同じ中学に通ってる健太です。


拓己の写真を送ります。こんな顔してます。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


文面もしっかり読み直して、健太に送信をお願いした。


ついに。


ついに、僕が京香に知られてしまう時が来た。


ドキドキした。


これで連絡が来なくなったら。


これで京香がそっけなくなってしまったら。


僕はどうすればいいんだろう。




だけど、知ってもらいたい。


僕はこんな顔で、こんな制服を着て。


こんな風に協力してくれる友達もいるんだ。


ね?悪くないでしょ?


良くはないかもしれないけどね。




「健太、ありがと。こんなこと頼めるのは、やっぱり僕には健太しかいないんだ」


「分かってるよ、もうあんまりモジモジすんな、俺は分かってる」


「それとさ・・、協力してもらったのに言いにくいんだけど」


「分かってるよ、送ったメールと連絡先はちゃんと消したから」


「すごいね、何でそう思ったの?」


「分かってるって言ったじゃん。お前の言いたいことは、大体わかるんだよ」




久しぶりに彼と一緒に流し込んだコーラは、青空の味がした。

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