第9話

ひとしきりのプロフィールを読み終えて、チャットのページに戻ると。


姿がない。


慌ててログを遡ると、5分以上前に京香は退出していた。


このままだと、もう会えない。たぶん、二度と。


別に、一目惚れをしたってわけじゃない。


分かり合えるほどの言葉を交わしたわけでもない。


そんな人を追いかける。


それくらい、僕の世界は、狭かった。



 もしかすると、他の部屋にまだいるかも知れない。


そう思って、ひとつずつ部屋を覗いてみる。


祈るような気持ちで。


それぞれの部屋には名前がつけられていて、何となく年齢層や趣味で切り分けがされている。


さっきのプロフィールの内容を丁寧に思い出しながら、関係がありそうな部屋に絞って探す。


「集まれサーフィン好き」は流石にない。


「夫の愚痴をこぼす部屋」にもいないだろう。


縦に長く羅列したタイトルを見ながら、知らない人を探す。


途方もない作業だった。


ひょっとすると、ハンドルネームが変わっているかも知れない。


そもそも、用事の時間になったからいなくなったのかも知れない。


それにしても、世の中いろんな人がいるようだ。


サーフィン好きが集まって話すのはわかる。


きっと、どこの波がよくて、とかどのメーカーのサーフボードがよくて、とか話すことがありそうだ。


しかし、これは何だ?「お腹すいた|( ̄3 ̄)|」はもう全く分からない。


何を話せばいいんだろうか。


何を求めて、どんな話をするんだろうか。


きっと、僕には盛り上げられない難しいお題で、色んなことを知り尽くした上級者だけが集まる空間なのかも知れない。


そうやって色々と切り捨てていく中で、次に目についたのが「真剣10代しゃべり場(笑)」。


当時夜中に細々と放送されていた知る人ぞ知るようなテレビ番組を模したタイトルだというのは分かった。


けど、(笑)までつけられると少し寒い。


一通りの心当たりにアクセスし尽くしていたこともあり、とりあえず10代だから、と開いてみる。


 すると、そこにいた。


参加者1。つまりは、彼女こそが管理者であり、創設者だった。


寒いなどという感情は一瞬でどこかにいってしまい、すぐさま入室する。


「こんにちは!さっき別の部屋にいた?」とチャットを打ち込み送信する。


「あ、ビタミンくん!」


 僕のハンドルネームはビタミンだった。


巷でよく耳にするビタミン不足という言葉。


ビタミンが欠乏すると、活力がなくなり、さまざまな支障をきたすらしい。


僕もそういう存在になりたい。


というのはしばらく後に考えた後付けで、本当に何となくつけた名前だった。


昔、売り出し中の芸人がテレビで言っていた。


芸名の最後にンが付く集団は売れやすいらしい。


むしろそっちの方が由来の一つだった。


「急にいなくなってたから、探した笑」僕も笑をつけてみる。


「なんかね、面白くなかったの。」と京香。


「楽しませられなかったなら、ごめん。」こういう時、僕はすぐに自分に責任を感じてしまう。


「ビタミンくんのせいじゃないよ。それに、多分はじめてでしょ(笑)」


バレていた。


1日に何回恥ずかしくなればいいんだ。


背伸びする必要もないか、と素直に答える。


「うん、何となくネット検索してたら、ここに辿り着いた笑」語尾の笑が板についてきた。



 そして、少し勇気を出す。


「さっきのプロフィールをみて、京香を探してここに来たんだ」


「え笑」この子も2文字プレイヤーだったなんて。


少し警戒されたように感じたので、すぐさま「同い年だったからさ。僕も中3」と守りに入る。


「知ってるよ、さっき言ってたじゃん!」


「けど、反応なかったから興味ないのかと思って」


「返事打ってたけど、京香打つの遅いからさ。間に合わなかったのさ。」


随分気取った語尾だと思ったけど、これが方言だったことを後になって知る。


「どんくさいんだよ、いつも。運動とかも全然できないし。」


「かわいいじゃん」


「プレイボーイだね(笑)」


「慣れてないんだけどね、カッコつけた笑」


「ほんとに?(笑)」


「うん、男子校に通ってて、周りも男ばっか。色んな免疫もなくて」


「意外だね、そんなふうに見えなかった!」


「バレないように、ちょっとカッコつけてるから笑」


「(笑)器用だね(笑)」


「もうカッコつけなくていい?笑」


「普通が一番いいよ(笑)」


「じゃぁ、そうする笑 変だと思ったら言ってね」


「面白いね(笑)」


「どこが!?」


「いや、何かあんまそういう人いないからさ」


「僕は多分めちゃくちゃ普通だよ」


「まず、僕が面白い(笑)」


「えー、普段から僕って言うよ」


「そっちの方が素朴でいいと思う」


「俺って言うと、何か偉そうじゃん」


「別に誰も偉くないのにね」


「けど、そういう勢いのある人?羨ましいなぁと思う。周りが俺って言ってても別に偉そうだとは思わないしね。何か自分は気恥ずかしくて使えないんだけど」


「急に素直だね。そっちの方がいいよ(笑)」


「バカにしてる?笑」


「え、全然!何かみんな自慢ばっかで聞いてても面白くないの。」


「今はどう?大丈夫?」本当は、楽しい?って聞きたいんだけど、それもまた偉そうな感じがして、少し柔らかい表現を使ってみた。


「うん、さっきの部屋から出てよかった。」


「僕もキョウカを見つけれてよかった。」


「またカッコつけた!(笑)」


「鋭いね笑」


「もっかいだけカッコつけていい?」


「(笑)いいよ(笑)」


「何で追いかけてきたか、わかる?」


「わかんない。みんな俺って言うから?」この子は鈍いのか、鋭いのか。本当の京香はどうなんだろう。


「可愛いと思ったから、一生懸命探した笑」


「なんで?(笑)ほとんど喋ってなかったしょ」分かった。この子は鈍い。


「そうじゃなくて、プロフィールの写真を見て笑」


「可愛くないしょ」


「モテるでしょ?」


「まさか。全然だよ」


「模範解答だね笑 けど、嘘つかなくていいよ。僕もカッコつけんのやめたんだし笑」


「んー、変な人はよく寄ってくるかも」


「おっさんとか?」


「おっさんとは出会わないよ(笑)クラスのすごい地味な子とか」


「ほんとに?結構見た目派手そうに見えたけど、地味な子は恐れ多くて寄ってこないんじゃない?」


「あの写真は、一生懸命メイクしたのさ(笑)」


「メイクかー。大人だなぁ。気後れしちゃう。」


「みんなするよ(笑)けど、京香メイクは結構得意なんだよ。」


「僕もメイクすれば、ちょっと可愛くなるかもね笑」


「いつかやってあげようか?(笑)」


「そんな日が来たら、嬉しいよ笑」

本当に、そう思った。そんな日がいつか来れば、僕はどんなに幸せだろう。


「(笑)普通みんな嫌がるんじゃないの?そういうこと言われると(笑)」


「別にメイクを望んだわけじゃないよ笑 もっと仲良くなって、いつか会えたらいいなって思っただけ!」


「初めてなのに、結構積極的だね(笑)そういうところは普通っぽいよ(笑)」


「勝手に変なやつ認定されても困るんだけど笑」


そして、僕は気になってたことを聞いてみた。

「このサイトにはよく来てるの?」


「暇な時に何回か来たくらいかな。最初はクラスの友達に教えてもらって、仲良し3人でやり取りしてみて楽しかったから。」


今ではSNSも発達していて、グループチャットもリアルタイムでのやりとりもできるようになっているけど、当時はまだまだメールの文化で、どころか同じ携帯会社の人にしか絵文字すら使えない時代だった。


「そうなんだ、なんかすごく慣れてる感じがしたから。ちょっと安心したよ笑」


これは本心だった。


こういう場所で幅を利かせている人はすごく大人に感じるし、チャラチャラした人のようであまり印象がよくなかっただけに、京香がそういう子じゃない可能性が残っただけでもとても嬉しかった。


「なんか親みたいなこと言うね(笑)」


確かに、そうだ。


京香にとって、僕は日常にあふれている男子のひとりでしかない。


文字とはいえ、こうして2人でやりとりをしていることで少し舞い上がっていたのかもしれない。


「確かにそうだね、ごめん」

けど、着実に打ち解け始めているこの子に対して、少し踏み込んだことを伝えてみる。


「でも、何かすごく気が合う感じがしてさ。他人とは思えないような気持ちになっちゃったんだよ」


そして、ぬかりなく逃げの言葉で結ぶ。「何となく、だよ。深い意味はない笑」


「けど、京香も今そう思ってるから、嬉しいよ!ひょっとすると、似たもの同士なのかもね。色んなことすぐ悩んだりするし(笑)」


また鋭い一面に出くわす。


確かに、僕は色々と深く考えてしまって1人で悩むことが多い気がする。


けど、それだけ気が回るということだと自分なりに解釈をしていることもあって、そんな自分が嫌いじゃなかった。


「学校では結構明るい方?」何気ない質問だが、この問いかけが彼女の人となりを今最も正確に把握できるものだと思った。


「うん、って言いたいけど、結構地味集団だよ(笑)男の子と話すこともほとんどないしね」


「意外だなぁ。何か色々器用にこなしそうだし、誰とでも仲良くできそうに見えるよ。話合わせたりとかね」


「確かに、そういう超明るい子とかも寄ってきてくれるんだけど、何か男子のことばっか気にしてるし、あんまり話してても楽しくないんだよね。怖いし(笑)ビタミンくんは?そっちこそ色んな人と仲良くできそうだけど。」


「そうだねー。普通くらいかな。確かにキョウカのイメージ通りかも。今のクラスでは一番明るい集団に混ぜてもらってるかも」


「混ぜてもらってるって謙虚だね(笑)」


「確かに笑 あんまり自分から積極的には行かないからかなぁ」


「そういう賑やかな集団の中でクールにしてる人は結構好きだよ(笑)」


「いや、クールって感じではないかも」


「分かるよ。素朴だもんね(笑)」


「またちょっとバカにした?怒るよ笑」


「ごめん(笑)」


「いつか会えたらいいね」


「そうだね。連絡先聞いてもいい?」


 天に昇るほど、嬉しかった。けど、僕は携帯を持ってないんだ。その一言が情けなくて、何で言えば良いんだろうと一瞬戸惑った。


 学生カーストには色んな要素がある。


他校の女の子と接点があるなんてのは最上級の扱いを受けるんだけど、他にもオシャレな運動部に入ってるとか、休みの日に服を買いに都会へ出て行く友達がいるとか、色々ある中で最もハードルが低い登竜門的な扱いを受けるのが携帯をこっそり学校に持ってきている、というもので、それさえ満たさない僕はその事実を悟られないようにしていた。


「実は携帯持ってなくて。パソコンのアドレスでもいい?」


「出た!素朴(笑)勿論いいよ、これ京香の連絡先ね コピーしたらすぐ流すから教えて?」


漏れがないよう、何度も確認しながら記載された携帯メールアドレスをコピーする。


そして、この暗号さながらのアルファベットの羅列を紙に丁寧に書き写す。


何ともアナログで悲しくなる。


「ありがとう!コピーしたよ!」すると、すぐに空白のチャットが連なり、過去の履歴として数奇な文字列は画面から儚く消えていった。


「良かった、結構時間かかったね(笑)」


「丁寧にメモしたから笑」


「メモ?」


「いや、なんでもない」

まさか紙に書いたなんて、言えない。


「で、いつまでチャットにいるの(笑)」


「僕はまだ時間あるよ?」


「いや、そうじゃなくて、メールにしないの?(笑)」


「そうだね笑」


「折角教えたのに!(笑)じゃぁ待ってるね!」



ーーーー京香さんが退出しましたーーーー



すぐに送っていいんだろうか。


ちょっと時間を置いた方が余裕があって男らしかったりするんだろうか。


そもそも何で連絡先を教えてくれたんだろう。


分からないことも、多い。


けど、京香と話したい。


もっと色々知りたいし、もっともっと色んなことを知って欲しい。


衝動に駆られ、我慢できずにすぐさまメール画面を開く。


「届いたかな?ビタミンです。僕のアドレスです!」


 しばらく返信を待つ。


チャットの方がタイムラグもなく、滑らかにやりとりできることに気づく。


ひょっとして、自分のタイミングで返信できるようにメールに誘導されちゃったのかもしれない、と不安に駆られる。

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