第32話 魔女の支配②

 


 そもそも『魔女の支配』とは、300年以上前にまで遡る。

 当時のクイーンは王国の第3王子であった。

 王太子である長兄には幼少期からの婚約者がいた。現在も当時も筆頭公爵家として名高いファーヴァティ公爵家の令嬢だった。

 第2王子である次兄にも婚約者がいた。王国の防衛を担う辺境伯家の長女で王太子が国王になった暁には、辺境伯家に婿入りする段取りとなっており、唯一婚約者も恋人もいなかったのがクイーンだった。

 兄2人ともから気になる女性はいないのか、有力な家柄の女性を紹介すると言われてもクイーンはのらりくらりと躱していた。

 成人を迎えたら世界を歩くか、王国に留まって魔術師になるか、どちらにするか考えていた。

 兄2人としては、類稀な魔術の才を持つクイーンには王国に留まってほしかったが好きなようにしろと強く止めはしなかった。


 菓子の中にあったスコーンを手に取り、口に含んだクイーン。紅茶味を選んだつもりがプレーンを選んだと知り顔を顰めるも気にせず、話しの続きをした。



「『魔女の支配』は想い人がいる異性の心を支配し、強制的に自分に向けさせる。魅了と違うのは精神汚染の兆しも魔術の掛かっているという証拠も残らない事だ。当時の王太子がおかしくなったのは、公爵令嬢との結婚が翌月に迫った時からだった」



 幼い頃からの婚約者を大切にしていた王太子が突然別の女性を側に置き始めた。クイーンによると、非常に妖艶な紫色の髪をした女性で豊満な体を惜しげもなく晒す姿は貴族令嬢というより高級娼婦に近かった。貴族に生まれた子供なら必ず受ける『魔女の支配』についての授業では、令嬢は人間の振りしたを魔女と言われている。


 しかし事実は残酷だった。


 シトロンが「その令嬢はベリーシュ伯爵家の養子だったんだ」と告げ、初めて聞いた事実にラフレーズは愚か、メーロでさえ瞠目した。



「その様な話聞いたことありませんが……ファーヴァティ家にも記録は……」

「無理もありません。ベリーシュ伯爵家は建国当時から王家に忠誠を誓う。忠臣と呼ばれる伯爵家から、次期国王を篭絡する罪人が出るなどあってはならない。代々、伯爵になる者だけが知れる事実です」



 苦し気に紡ぐシトロンはこの話をした先代伯爵も苦々しい気持ちで話したと語った。ラフレーズにとっては祖父にあたり、今は領地で隠居生活を送っている。季節毎に領地に帰って会う祖父はラフレーズには好々爺、メルローには鬼教官と化すも孫は可愛いのか訓練が終わると好々爺になる。



「養子を取ったのは何故なのですか?」



「俺が話そう」とクイーンは語った。


 当時のベリーシュ伯爵家には、跡継ぎの他に3人の子供がいた。養子を取る必要はなかったものの、伯爵の友人夫妻が事故で亡くなり、引き取り手がいなかった為引き取られたとのこと。

 成人を迎えたらベリーシュ伯爵家の支援を受けながら平民として生活を送る予定だったのを、1度で良いから王城へ行きたいと養子の我儘を伯爵家の子供が聞き入れてしまった。


 それが間違いであった。



「その日は王太子と公爵令嬢が会う日になっていてな。2人が城を歩いている時に養子達と会ったんだ」



 毛先にかけて青が濃くなる銀糸と空色の瞳の美貌の王子様に養子は心奪われ、王太子を絶対に欲しくなったと言う。

『魔女の支配』が使われたのはその時からだろうとクイーンは溜め息と共に紡いだ。



「養子と会った日から王太子は……兄はおかしくなった。ずっと大切にして、何を置いても優先してきた公爵令嬢を差し置いて養子を優先しだした。更には養子を城に連れて来たベリーシュ伯爵家の子も、他の高位貴族の令息達も次々魅了されていった」

「……」



 結婚式まで半月に迫った頃……事態は最悪な展開を迎えた。国王の誕生日を祝う場で王太子は例の養子と共に入場し、婚約者の公爵令嬢は1人で会場に入った。2人の仲睦まじさを知っていた周囲は大層驚き、王太子が公爵令嬢に婚約破棄を宣言した際の静まりぶりはすぐに思い出せと言われても鮮明に思い出せるとクイーンに言わせた。

 他の令息達も王太子に続くように婚約破棄宣言をしていった。ベリーシュ伯爵家の子供も例外じゃない。



「誕生日パーティーは即中止。婚約破棄を宣言した令息達や王太子は拘束、例の養子も拘束した」

「した……ってことは、クイーン様が?」

「ああ。あの女は今まで侍らせてきた令息達が次々に捕まっていくと本性を見せたんだ」



 妖艶な女性の姿は、灰色が被った白髪にどんよりとした深緑の目、皺と染みだらけの醜い老婆となり、会場にいる全員に襲い掛かろうとした。クイーンが魔女を無力化して拘束していなければ、今王国は存在していない。



「魅了でもない、薬や魔道具を使用したわけでもない精神操作は魔女が持っていた特殊な魔力が理由だった。今王国が貴族に生まれた赤子の魔力検査をするのもその魔力が原因だ」



 調査を進めていくと特殊な魔力自体はかなり稀だが生まれ持つ人間はいて。実際に使用出来る者は今までいなかったのだ。魔女がどうやって自身の特殊魔力の能力に気付き、使用出来たかは口を割らせる前に殺してしまったから今でも解明されていないと語った。殺してしまったとはクイーンが誤って殺してしまったから。


『魔女の支配』と名付けられた洗脳術から徐々に正気に戻った令息達は悲惨であった。婚約破棄騒動でどうにか関係修復が出来たのはほんの1部で、残りはほぼ婚約破棄が成立していた。



「当時のファーヴァティ家の令嬢は王妃にはなっておりません。王妃になったのは、王位を継いだ第2王子の婚約者でした」とメーロ。表向き、公爵令嬢は別の相手と婚姻したと記録されている。但し、実際は違う。

 洗脳されている期間の記憶は残っているらしく、正気に戻った王太子は両親や弟達、周囲には勿論、婚約者であった公爵令嬢に常に懺悔した。

 洗脳されていたからとは言え、このまま王太子続行は不可能だと国王も周囲も、本人も理解していた。


 廃人同然にまで追い込まれ、愛した公爵令嬢への強い後悔の念で自分を追い込んだ王太子は自ら毒杯を煽ると国王に願い出た。

 自らの手で婚約者を手放した訳でも、養子に心奪われた訳でなくても国を揺るがした事に変わりはなく。命と引き換えに責任を取ろうとする王太子の願いを国王であるよりも父としての情が強くあった国王は渋った。弟達が止めても王太子の決意は変わらなかった。


 そして結婚式を挙げる予定であった日。



 王太子は毒杯を煽って命を落とした。



「……と、いうのがお前達が習った内容か」

「これも違うのですか?」

「実際は、毒を仮死状態にする薬にすり替えた。国王の手によってな。婚約者であった公爵令嬢が親父に床に額をつけてまでして頼み込んだんだ。死なせないでほしいと」



 毒杯を賜るのは国王の命だと思い込んだ公爵令嬢は自身を止める声を聞きもせず、国王に直談判した。

 丁度、毒杯を諦めさせるにはどうするかと第2王子やクイーンを交えて相談していた最中だった。



「あの時の親父の慌てぶりは面白かった」

「クイーン様……」



 シトロンに窘められ、クイーンは話を戻した。



「王太子が毒杯を賜る話しか聞いてなかったらしくてな、誤解だと知ると安心して腰を抜かしてた。毒杯を仮死状態にする薬にすり替える案は公爵令嬢から出たんだ」



『彼と共に国を守っていく事がわたくしの夢でした。ずっと愛してからです。自らの意思で婚約破棄をしたわけでも、わたくしと別れたのでもないなら、わたくしは殿下と最後まで一緒にいたい。どうか、殿下と最後までいさせてください!』



 公爵令嬢が必死の嘆願をしたのは王太子への愛ゆえだった。


 結果、毒杯から仮死状態になる薬とは知らず煽った王太子が次に目覚めた時、ファーヴァティ公開家が所有する最果ての領地に婚約者であった公爵令嬢と共にいた。


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