第31話 魔女の支配①

 


 愛鳥に魔術を込めた手紙を入れた包みを体に巻き、ファーヴァティ公爵家へ飛ばしたクイーンに連れられ、王宮のサロンに入った。普段は王妃の利用率が高いが今はあまり部屋から出て来ないとか。先日、侍女達と一緒になって下着を見張りの騎士達に見られた屈辱から出て来ようとしないのだ。

 入るとシトロンと座り、クイーンは向かいに座った。隣1人座れる隙間を残して。



「『魔女の支配』だとしても、やっぱりマリン嬢の目的がさっぱりと分かりません」

「そうだな」



 ラフレーズが零した呟きをクイーンは同意した。根本を知れても肝心のマリンの目的だけが不明なまま。

 侍女を呼びつけ、4人分のお茶と菓子を命じ、その間に手紙に込めた転移魔術でファーヴァティ公爵夫人メーロが現れた。

 場にクイーン、シトロン、ラフレーズがいても彼女に驚きはなかった。



「クイーン様、ご招待いただきありがとうございます」

「ああ、座れ」

「では、お言葉に甘えて」



 クイーンの隣に座ったメーロとラフレーズは目が合う。



「花祭りの時はありがとうございました」

「いいのよ。わたしが勝手にした事だから。ところで、クイーン様の手紙に書かれていたのだけど」

「はい……」



 学院入学して割とすぐにヒンメルがメーラを恋人にした事と『魔女の支配』は繋がっているとラフレーズが話し。ここから先はシトロンに変わってもらった。



「まず、マリン=コールド男爵令嬢に疑問を持ったのはヒンメル殿下からでした」



 コールド男爵が平民の侍女に産ませ、一定の年齢になるまで平民として暮らしていたマリンは入学してすぐに高位貴族の令嬢・令息と仲良くなっていた。特に、メーラ=ファーヴァティとは他の者達と比べ仲の良さが目立った。

 メーロは一瞬口を挟もうか悩むもシトロンの話を聞き続けた。



「コールド男爵令嬢の振る舞いはずっと貴族として育ってきた者にしたら、珍しく映ったのは間違いないでしょう」



 大声を出さない、大きく口を開いて話さない、知人を見掛けても走らない、手を大袈裟に振らない。と教え込まれた彼等が珍しいと見えた場面は数え上げるとキリがなく、自分よりも高位の相手にも馴れ馴れしく接する。

 黙ったままでいたかったらしいメーロはさすがに口を挟まざるを得なかった。



「メーラが仲良くするとは絶対に有り得ない子ですわ……」



 メーラは公爵令嬢としての自分に強い自信とプライドを持ち、自分よりも下の相手を見下す傾向にあった。ヒンメルの婚約者であるラフレーズには特に当たりが強かった。

 男爵令嬢に馴れ馴れしくされたら、プライドの高いメーラは必ず怒る。が、そんな光景は1度も見ていない。どの場面においても2人は親しい友人にしか見えなかった。



「貴族としての矜持を誇りに持つ彼等とあっという間に溶け込み、親しくなった男爵令嬢に殿下は違和感を持ちました。陛下に相談し、話が私のところにも来たのです」

「『魔女の支配』だと疑ったきっかけは何なのですか? お父様」

「うむ。コールド男爵令嬢は最初平民として生まれた為、生まれると必ずする魔力検査をしていなかった」



 魔力検査とは、ある魔力を持っていないか王国が生まれたばかりの貴族の赤ん坊に実施する検査を指す。だが、シトロンの言う通りマリンは男爵に追い出された侍女が平民として産んだ為、検査は受けていない。正式に娘として引き取った際も魔力検査は行われていない。



「平民から貴族の養子になる例は滅多にないからな。そこを突いたか」とクイーン。

「ええ。平民で魔力を持つ子自体あまりいませんから」



 お茶と菓子を命じられた侍女が部屋に入り、テーブルに4人分のお茶と菓子を並べていく。出来立ての焼き菓子と淹れたてのお茶の美味しさは格別で、多目に飲んだラフレーズは再びシトロンを見た。



「陛下や私は殿下の話を聞き、コールド男爵令嬢が危険人物ではないか調査をすると極秘に決めました。もしも危険人物であるなら、正式な調査として騎士を使うつもりでもいました」

「お父様、殿下がメーラ様の恋人になったのはマリン嬢に近付く為ですか?」

「……そうだ」



 シトロンや国王リチャードは、マリンの情報を得るなら1番仲の良いメーラに近付くのが得策だとヒンメルに告げた。ヒンメルもそれに同意し、彼に好意を持つメーラと接触し、あまり日を待たずマリンとも交流を始めた。

 必要以上に仲を深める必要はなく、程々な距離感を保てと何度もリチャードやシトロンが注意にしたにも関わらず、情報は多い方が良いとヒンメルは言われるがままメーラの恋人になった。情報を得る為に近付いたのはまだ理解を示せる。多くの情報を得る為に仲良くなるのも苦しいが解る。恋人になる必要はあるのかと問われると何も言えなくなる。



「私や陛下が何度も言い過ぎたせいでしょう……殿下は次第に意固地になり、私と陛下の言葉を聞かなくなりました」

「はあ……ラフレーズとの関係悪化は全部あのヒンメル馬鹿の自業自得ってわけか」

「そう、なります」



 クイーンの容赦のない言葉にシトロンでさえ顔を引き攣らせた。



「メーラにも責任はあります」と疲れた様子で溜め息を吐いたメーロは続ける。



「殿下にはラフレーズさんという婚約者がいると知りながら、恋人になれと迫るなんて。……そういうところは誰に似たのかしたら」

「お前にとっても頭の痛い話だな」

「全くですわ。殿下と恋人になったら、わたしが祝福してくれるとあの子は思ったのでしょうね……。とっても、嬉しそうに話してくれました」



 当然、メーロは褒めるどころか叱った。婚約者のいる男性と恋人になるのは何事かと。更に相手は王太子。今までメーラが秋波を送っても反応せず、ラフレーズばかりを見続けたヒンメルが心変わりするとは考えられないメーロは目的があるのではとメーラに別れるよう説得した。

 しかし、ずっとヒンメルが好きだったメーラには激怒され、メーラにだけ甘々な夫からも非難された。味方になったのはメーロの愛する娘グレイスや昔からファーヴァティ家に仕える使用人達。夫やメーラ寄りな使用人達とは表向き何もなくても、水面下では対立させてしまった。



「あの駄目男は婿入りだってのに威張るのが好きな」

「威張ることしか出来ないので、うちの旦那様は」



 ファーヴァティ公爵家を継ぐには婿養子となる令息が必要で、婿養子先を探していた侯爵家から打診されたのが夫だった。女性が大好きで自分よりも下の相手を見下すのが好きでプライドの塊。絶世の美貌と呼べる顔しか取り柄のない男とメーロは溜め息と共に吐き出した。



「顔も駄目だったらとっくの昔に放り出していますのに」

「娘がヒンメル馬鹿の恋人になったからってお前にも強気に出てたなシトロン」



 ラフレーズも知っている。王城で顔を合わせる機会があるそうで、王太子の恋人になり愛されるメーラこそ王太子妃に相応しいとファーヴァティ公爵はシトロンに迫ったそうだが、敵をも畏怖させる圧倒的威圧で黙らせた。腰を抜かして口を開閉しただけだったそうな。



「口だけ達者なのでうちの旦那様。はあ……」



 再度溜め息を吐いたメーロは香ばしい香りの菓子を1口食べ、お茶で流し込むと話を戻しましょうとティーカップをテーブルに置いた。



「ええ。殿下からの報告を受けていく内、ある疑惑が浮かびました。先ずはコールド男爵令嬢が魅了系の魔術を使って周囲の感情を利用していると」

「だが違った」

「はい。魅了系の魔術なら、必ず精神汚染の兆しが見えます。誰とでも短期間で仲良くなれるなら、それなりに強く長く使用する必要がある。誰にも精神汚染の兆しがなかったので魅了の線は消えました」



 次は薬、魔道具、とあらゆる可能性を探るもどれも違和感を覚えるだけで確証は得られなかった。『魔女の支配』の可能性を疑ったのは、学院で測定したマリンの魔力数値を見たリチャードがある点に気付いたからだった。

 書類には魔力検査が実施されていないにも関わらず、赤ん坊の頃の検査結果が偽造されていた。シトロンは早急に調査をし――愕然とした。

 マリンが赤ん坊の頃魔力検査は受けていない。始めは確かにそうであった。が、調査を続けていくと何故か検査済みとの判子が押されていた。

 王宮の魔術師が作った判子を偽造するのは不可能。特殊な魔術式と技術を用いて作られた判子は2つも同じ物はない。全く同じ物を作る事も無理である。



「検査を受けていないのに、検査を受けたという現実改変……か。国王なら気付いて当然か」

「『魔女の支配』には、現実改変という恐ろしい性質があると知るのは王族なら必ず教えられる。だからこそ陛下は気付けたのでしょう」

「で、マリン=コールドが『魔女の支配』を確実に持っているのは確かか?」

「それが……」



 クイーンの鋭い声色にシトロンは言葉を濁した。つまり、まだ確実ではないのだ。マリンが『魔女の支配』を使って周囲からの印象を好意的になるよう現実改変しているのは確かだが、マリン自身から『魔女の支配』を使うに必要不可欠な特殊な魔力が感知されない。

 マリンが『魔女の支配』を使う場面に居られれば、大きな収穫になるならとヒンメルは学院にいる間はずっとメーラの側にいた。それがラフレーズを傷付けるのだとシトロンが反論してもヒンメルは調査の為だと譲らなかった。




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