第19話 花祭りー義務ー

 

 不安を抱いたまま、日数は過ぎていき――

 王宮からの使者がラフレーズへの贈り物を届けた。相手はヒンメル。もうすぐ開催される花祭りへ行く為のドレスと装飾品。

 侍女のルーシーが興奮気味に早く開けましょうと言うが、ラフレーズは軽く首を振った。喉の渇きを伝えるとルーシーは飲み物を持って来ますと退室した。



「……」



 赤いリボンに手を伸ばして、触れる前に引っ込めた。

 また伸ばして、やっぱり止めた。

 何度か繰り返しているとメリー君が現れた。プレゼントを触ろうとしては、手を引いてしまうラフレーズを訝しんだのだ。早く開けようよ、と興味深々なメリー君へ力なく笑い首を振った。



「ううん……開けられないの」

「メエ?」

「殿下からの贈り物よ、これは」



 名義上はヒンメル。中身は別物。母である王妃を慕っているヒンメルが疑問を持たず、準備されたドレスや装飾品を贈らない筈がない。ヒンメルの前では次期王太子妃であり、義理の娘となるラフレーズと良好に見えるよう振る舞う。自分がどうなっても構わなくても、ベリーシュ伯爵家に影響を及ぼすのは絶対嫌だった。

 後から数えきれない嫌味の嵐を受けようとラフレーズもヒンメルの前では、王妃との関係を偽り続けた。


 今回は国王が助けてくれたがヒンメルは信じてくれるだろうか。いや、信じないだろう。


 ……贈り物をしたのだって、婚約者としての義務だからだと言っていたではないか。所詮、ヒンメルにとってラフレーズは義務として付き合う以外一緒にいたくもない相手なのだ。


 メリー君に言ってしまうと心配を掛けてしまうのに、無意識に中身は王妃が選んだ物だと滑らせてしまった。案の定メリー君は怒り出し、風を発生させプレゼントを浮かせた。隣の衣装部屋への扉を精霊の力で開け、プレゼントを置いて再び閉めた。



「メエ! メエ!」

「殿下は知らないから、悪気はないのよ。それにね、王妃様との関係が悪いのを知ってしまえば、義務としか思ってない殿下にも悪いわ」

「メエ……」



 納得がいかないと沈んだ面持ちをされるもヒンメルには黙っていてもらうことに。贈られたドレスと装飾品を使わないとなると、別のを用意しないとならない。

 今から新調は間に合わない。既製品を買うにしても、流行物は既に完売。残っているのは流行遅れのみ。アレンジをして今風に変えてもらうのもありだが、如何せん時間がない。

「お嬢様、ハーブティーをお持ちしました」と飲み物を頼んだルーシーが戻った。さっきまであったプレゼントがないのを気にしたので衣装部屋に移したと説明。当日の楽しみにするから、開けなかったとも。

 ソファーに座ったラフレーズはハーブティーの淹れられたティーカップを受け取った。秋の果実のフレーバーが使われていて、芳醇な香りが心地良い。



「何か良い言い訳はないかしら……」

「どうされました? お嬢様」

「なんでもないよ」



 自分が贈ったドレスと装飾品を身に着けないラフレーズを見たら、ヒンメルはどんな反応をするのか知らない。どんな物でもヒンメルからの贈り物はラフレーズにとって宝物に等しかった。

 今日の件で今までヒンメルから頂いた物全部が王妃によって選ばれた物ばかりなのではと勘繰ってしまう。

 メーラに似合うかと問われると微妙だが、可能性はある。


 初めて会った時から王妃に嫌われているが理由を知らない。嫉妬と憎しみの込められた瞳でいつも睨まれた。聞いてしまったら確実に心配を掛けてしまう。訳を話してしまうから。


 ――鬱屈とした思いを抱えたまま、翌日を迎えた。

 今日も馬車に乗り込むとやっぱりクイーンはいた。昨日、王城を出る際の王妃との出来事をクイーンは知っていたみたいで、ならばとラフレーズは訊ねた。



「王妃様は口では私と殿下がお似合いだと言いますが、実際は公爵令嬢であるメーラ様がお気に入りのようで……」

「というよりかは、ベリーシュ伯爵令嬢であるお前が嫌いなだけだ」

「それは、つまり、ベリーシュ伯爵家を王妃様が嫌っていると?」

「そうじゃない。もっと分かるように言うと王妃はお前の母が嫌いなんだよ」



 初耳である。知っていそうなのは1人だけだと、クイーンは言う。誰かと思うとファーヴァティ公爵夫人メーロ。亡き母の友人であり、その娘であるラフレーズを気に掛ける貴婦人。

 詳細を知りたいならメーロに聞けと言うが、簡単には無理である。



「公爵夫人とお母様は友人でしたから、知っていても可笑しくはないのかも?」

「ああ。あと、王妃とある共通点もあったからな」

「一体どんな」

「聞いてみろ。お前になら、公爵夫人は話してくれそうだ。特に今は、自分とこの娘が王太子と恋人になってるから、余計気を遣ってくれるだろうさ」

「それは……」



 会話を続けていると馬車はあっという間に目的地に到着。停車した馬車の扉を馭者が開け、クイーンを見つけても驚かなくなった。3度目で耐性を付けてくれた。先に降りたクイーンに差し出された手を取り、ラフレーズも降りた。相変わらず視線の数は多いけれど気にしなければどうという事もない。

 2人並んで校舎へと歩いて行く。



「精霊に関してはまだ何も起きていませんね」

「ああ。俺が此処に来たからか、それか、まだ起こす時でもないか……だな」

「はい。――あ」



 校舎への入り口付近にヒンメルが立っていた。まるで、ラフレーズを待っている様子で。朝の挨拶をしたらヒンメルも返した。クイーンを一瞥するだけで何も言わず、ラフレーズの前まで来た。名前を紡がれるも、先をヒンメルは言い難そうに口を開閉するだけで中々発しない。目が合えば気まずげに逸らされた。昨日の件に関して、冷静になって考えた彼がそうさせているのだろう。



「昨日はその……」

「……いえ、気にしておりませんから」

「ラフレーズ……」

「殿下にとって義務であるように、私にとっても義務ですから」

「…………」



 ヒンメルは昨日自分が放った言葉を思い出したらしく、段々と顔を青ざめる。


 義務だから花祭りに誘った。

 義務だから婚約者にドレスとそれに似合う装飾品を贈った。

 義務だから、義務だから――同じ台詞が反芻する。



「……違う……」

「殿下?」

「僕は……僕は、僕がラフレーズを誘ったのもドレスを贈ったのも……」

「……そのドレスですがとても素敵でしたわ」



 ――王妃様が選んで下さった物はさすがですわね。

 贈り物を喜ぶ風を装って事実を突き付けたら、最初は青いままでも安堵したヒンメルの表情はすぐに焦りの色をした。義務も王妃が選んだドレスも事実なのに、焦る必要はあるのか?



「ま、待ってくれ、それは実物を見たのか……?」

「……いえ……王妃様がそう仰っていました」

「……そうか。なら……実物を見てくれ。それでも……母上が選んだと言うなら、当日はラフレーズの好きな物を着てくれ」



 驚きのあまりヒンメルを凝視してしまう。王妃とヒンメル、どちらが偽っているのか。厳しい教育を受けてきたヒンメルも相手に機微を悟らせない。だが、ずっとヒンメルを見続けてきたラフレーズには分かった。


 ヒンメルが偽りを申してないと。


 故に、だろう。



「分かりました、殿下」



 何も言い返さず、ヒンメルを信じられたのは。



 ――さっきとは別の意味で安堵したヒンメルとふくざつな気持ちを馳せるラフレーズを眺めるクイーンの横目に映った。忌々しいとばかりに2人を視界に入れるマリンの姿が。



「……」



 もしも、クイーンの予想が当たっているのなら、マリンの行動は不可解過ぎる。


 何故、自分ではなくメーラをヒンメルに近付けさせるのか……




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