第18話 花祭り―王妃ロベリア―

 


 帰りに教会に寄ってみようと、途中までリチャードとクイーンに送ってもらったラフレーズは王城の外に出た。大昔に起きた事件から、貴族に生まれた子供は皆教会で魔力検査を受けるのが義務となっている。婚約を結んだ瞬間、婚約の誓約魔術を結ぶようになったのもこの事件が起きてからだと教わる。入口から離れる直前、女性に声を掛けられた。よく知っている声であまり一緒にいたくない女性だ。

 振り返るとやはり予想通りの人がいた。

 この国の王妃ロベリアである。

 美姫と讃えられる美貌は健在のまま。麗しいハニーブロンドと同じ色の人の瞳。キツめの相貌の美女だ。ヒンメルは髪や瞳の色を除くと王妃に似ている部分が多い。礼を見せたラフレーズの前に立ったロベリアは瞳を細めた。



「ご機嫌よう、ラフレーズさん」

「ご機嫌麗しゅう御座います、王妃様」

「最近の貴女の醜聞はよく聞きます。貴女、ヒンメルの婚約者であるという自覚はあるのですか?」

「……」



 ラフレーズがロベリアを苦手とする理由はこれだ。初対面の時から好意を抱かれていないのは薄々と感じていた。王妃教育は王妃直々にすると指導されていたが、些細な失敗でも大袈裟な程責められた回数は数知れず。王妃付き侍女に嫌がらせ紛いな行いは何度もされた。王妃からの指示だったのだろう。

 伯爵令嬢のくせにと何度も言われた。ベリーシュ伯爵家は王家に最も忠実な家柄と言ってもいい。また、過去の経歴からただの伯爵家と舐めてかかって痛い目に遭った高位貴族は数知れず。ロベリアはそれを知っているから、告げ口する度胸のないラフレーズに何度も言い放った。


 ヒンメルがメーラという恋人を作った当初は酷かった。ラフレーズに魅力がないからヒンメルが浮気をした、と。別れてほしいと頼んでいると言えば、愛人の1人や2人許せない心の狭い女と罵倒される。一体、何が適切な回答になるのか全く不明。ヒンメルとは別の意味で理解が出来ない相手である。



「それもクイーン様となんて。次期、王太子妃が聞いて呆れますわ」

「……ですが、私よりも先に殿下はメーラ様という恋人を作っています」

「まあ! このわたくしに口答えする気!?」



 ロベリアの後ろにいる侍女達から非常識だと非難が飛んでくる。見張りをしている騎士が困惑している姿が映って申し訳なくなった。ラフレーズの言葉は事実なのだが、ロベリアにとっては言い返されたのが腹立たしかったのだ。



「そもそも、貴女のような魔力と魔術の才に秀でている以外魅力もない子に王太子妃など過ぎたものなの。わたくしなら、身分も魅力も十分な者を選ぶというのに」

「……つまり、王妃様は殿下の婚約者にはメーラ様が相応しいと?」

「ええ。ファーヴァティ公爵令嬢という、申し分ない身分のご令嬢ですもの」



 事情を知っているリチャードのあの時の言葉は、ヒンメルを止める為のものだったろうがロベリアは知っている側とは思えない。ヒンメル、リチャード、父だけの極秘事項なので。

 この場をどう切り抜けるか……何時までもいたら教会へ行く時間が無くなってしまう。



「そうだわ。ラフレーズさん、今度の花祭りは当然ヒンメルと行きますね?」

「はい」

「ならいいわ。ヒンメルには、わたくしから貴女に贈るドレスを指示してあるから安心してちょうだい」

「え」



 なんですかそれは、と言いかけるとロベリアは満足そうに笑った。



「未来の娘のドレスを考えるのは、母親として当然ではなくて? ああ、貴女はお母様を生まれてすぐに亡くされたからこういった経験がないものね。安心して、ちゃんとラフレーズさんに似合うドレスをデザインしたのよ?」

「……」


「あら? ですが王妃様。ファーヴァティ公爵令嬢様が着ればもっと似合うと仰っていませんでしたか?」と1人の侍女がラフレーズへ蔑む目を向けながらロベリアに言う。今思い出したとばかりにロベリアは「そうだったわね。でも大丈夫。貴女でも着れるわよ」と弁解も何もしなかった。

 王妃教育で培った冷静さでこの場を切り抜けようと覚悟を決めたラフレーズだったが――刹那、東の方向から突風が襲い掛かった。というより、ロベリアや侍女達の周りを囲うように風が巻いていた。ドレスの裾やメイド服のスカート部分が捲れ上がり、下着が丸出しとなっている。



「きゃああぁー!?」

「何なのですかこれはああぁ!!?」



 下着を隠そうと手で服を押さえるが風は強さを増すばかりで意味がなかった。ラフレーズにも風はくるが下着が丸出しになる勢いはない。ロベリアが鬼の形相でラフレーズを睨んだ。



「ラフレーズさん!! 貴女の仕業ね!?」

「違いま──」

「ラフレーズじゃない」



 声の発生と同時に風は瞬時に勢いを無くした。ラフレーズ以外は身形が崩れ、おまけに見張りをしていた騎士達に下着を見られた事から羞恥で泣いている。ロベリアは涙目で声をした方へ向き、顔を歪めた。



「王妃よ、先程のラフレーズへの暴言確かに聞かせてもらった。国母である王妃が見せて良い姿ではないな」

「陛下! あ、貴方様は王妃であるわたくしを辱しめて謝罪もないのですか!?」

「ならば、王妃よ、そなたが先にラフレーズに謝罪するのだな。ベリーシュ伯爵がヒンメルとの婚約に難色を示していたのはヒンメルの態度だけじゃない、ラフレーズへのそなたの仕打ちも耳にしていたからだ」

「なっ」



 ロベリアの蜂蜜色の瞳に怒気が宿り、ラフレーズへ向けられるもリチャードは首を振った。



「ラフレーズは伯爵に心配を掛けまいと黙っていた。気付いたのは……まあ、そなたに言っても仕方ない」



 声色から察せられる失望と諦め。リチャードは泣いて動けない侍女達へ冷たい目を向け、王妃を連れて行けと告げ。呆然とするラフレーズに近付き、この場を離れた。

 戸惑うラフレーズに気にするなと肩を竦め見せ、城を一瞥するなり歩き出した。


 ──高い場所からラフレーズとロベリア達の光景を目撃していた彼、ヒンメルは窓縁に追いた手をきつく握り締めた。

 王妃がラフレーズに嫌がらせをしていたと知ったのは偶然だった。



「……こんなことでラフレーズへの罪滅ぼしになったとは言えない」



 自分が助けに行くより、夫であるリチャードが行った方が権限もある上、影響力があるとクイーンに判断されてヒンメルは行けなかった。



「母上からラフレーズへのドレスを渡された時は不可解だったが、最初から渡す気はないんだ」



 渡すのなら、自分で考えた贈り物をラフレーズに渡したい。他人から与えられた面のを渡すなんてヒンメルには御免だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る