第20話 花祭りー嫌な予感ー

 


 あの言葉を信じて良いのだろうか……。

 もしも、ヒンメルから贈られたプレゼントが本当にヒンメル本人からの物なら……とどこか期待する自分がいる。今日はあの後言い争いもなく、クイーンに頭を下げヒンメルは去って行った。

 クイーンを見ると瞳が別の方向へ飛んでいた。名を呼んだらこっちを見てくれるも無表情のままだった。

 どうしたのかと問うても「気のせいだ」と肩を竦め、ラフレーズの頭を数度撫でて転移魔術を使って姿を消した。

 高度な魔術操作と技術が必要となる転移魔術を呪文無しに使用可能なのは、世界中探してもクイーンくらいだ。父も軽々と使うが呪文は唱える。

 教室に入ったラフレーズは1限目にある小テストに備えて教科書を開いた。内容は頭に入って来ない。

 室内は生徒が続々と登校してくるので賑やかになるが、ラフレーズの知っている声は聞こえないまま。今日は聞こえないままでいい。せめて、花祭りまでは何もなく……。



 ――朝から終わりまで今日の授業は(一応)何事もなく終わった。昼休み、本当にクイーンは姿を現した。昼食を食べに。本気にしていなかったラフレーズは驚いたものの、今日も変わらずメーラと楽しそうに食事を摂るヒンメルを見て、今朝の感情はどこかへやりクイーンとテラスで昼食を摂った。

 いつでもヒンメルが来ても良いよう構えていたが見越したクイーンが結界を貼ってくれた。誰の突撃もなく、穏やかな時間だけが流れた。途中でクエールも混ざり、賑やかとなった。



(あんなお昼なら毎日でも楽しいわ!)



 帰り支度を済ませ、玄関ホールへ向けて歩いていると、向こう側から会いたく人が取り巻きを引き連れラフレーズの行く手を阻んだ。



「辛気臭い顔をしている方がいると思ったら、ラフレーズ様ではないですか」



 今最も会いたくない人ーメーラだ。取り巻きの令嬢達も夜会等でメーラによく引っ付いている。

 相手の方が爵位が上なので礼儀だけは通す。先を急いでいるフリをして行こうとするも取り巻きの1人が行かせまいと道を塞いだ。



「まあ、そう急がなくても良いではありませんか。それとも私と話せられない事情でもおあり?」

「そういうわけでは」

「では、良いではありませんか。……まあ」



 蜂蜜色のキラリとした瞳が厭らしく細められた。



「殿下の寵愛を受ける私が羨ましいのですわね」

「……」



 態々取り巻きを連れて目の前に現れたのは、碌でもないとはふんでいても実際に当たってしまうと気分が悪い。この後は精霊メリー君と落ち合って精霊の異変がないか校内を回る予定だったのに。早く行かないと心配を掛けてしまう。

 明らかな挑発には決して乗らない。これも厳しい王妃教育のお陰か。メーラに対してだけは絶対に感情を見せてなるかとラフレーズは己を鼓舞する。



「いえ。学生の間に婚約者を決める方も多いのに、王太子殿下の恋人になって将来の嫁ぎ先をなくしたメーラ様を羨んだりはしませんわ」

「何ですって!?」



 メーラは情熱的な赤い髪に似合って性格も熱くなりやすい。勿論、悪い意味で。

 そうだろう、と溜め息を吐きたくなる。

 ヒンメルとラフレーズは隣国との関係上結ばれた完全なる政略結婚。現状お互いに恋人を作ってしまった訳だが、このまま卒業すれば関係も自然と消える。

 そうなったら、残されたメーラに嫁ぎ先があるかと問われるとーない、気がする。婚約者のいた王太子の恋人だったメーラを好き好んで嫁に欲しがる家はそうはないだろう。正直なところヒンメルも理解しているのだろうか。婚約者もいない令嬢と仲睦まじくなって相手の将来に影響が出ると。

 普段の光景を見ていると考えてるようには見えないが、自分の考えを表に出さないヒンメルのこと、考えてはいそうである。


 顔を真っ赤にして目を吊り上げ、今にも襲い掛かってきそうなメーラから幾らか距離を取った。取り巻き令嬢達もメーラに倣ってラフレーズへ怒気を向けている。



「殿下が好いているのはこの私よ!? 王太子妃になるのも、この私メーラ=ファーヴァティよ!」

「……殿下がそう仰ったのですか?」

「いえ! けど、殿下は私に隣にいるのが私で良かったと何度も言って下さるわ! それに、王妃様に嫌われているラフレーズ様と違って私は好かれているもの!」



 その王妃に嫌われている原因は母との関係にあるとクイーンは語り、ファーヴァティ公爵夫人メーロがよく知っているとも。

 会う機会があったら訊ねてみよう。



「お父様に殿下の婚約者変更を願い出ているの。貴女が大きい顔をしていられるのも今のうちよ」

「そうですか……ファーヴァティ公爵にベリーシュ伯爵は何時でも真っ向から相手をすると伝えておいてください」

「っ」



 無理な話だろうが。

 ファーヴァティ公爵は何かにつけて父に絡んでは圧倒的威圧を向けられて腰を抜かしている。光景をメーラだって何度も目の当たりにし、ベリーシュ伯爵の強さを知っている。また、仮に婚約者がラフレーズからメーラに変わったら問題になる。

 メーラを愛しているヒンメルでも、正式な婚約者にするかどうか。


 顔を青褪めたメーラはベリーシュ伯爵の威圧を思い出したようで。悔し気な表情でラフレーズを睨めつける。



「ラフレーズ……?」



 この状況で会いたくない人ーヒンメルが来た。傍から見たら取り巻きを連れたメーラがラフレーズを虐めている光景だが、表情を見ればどちらが劣勢か分かる。殿下、と紡ぐ前にラフレーズの前を誰かが走って行った。赤い髪が揺れた。

 メーラだ。



「殿下……!」

「メーラ?」



 後ろを振り返って――ああ……やっぱりと落胆していく。もう何度もしているのに、する方が馬鹿なのに。花祭りを思うとまだ期待する自分がいても驚きはない。


 蜂蜜色の瞳が涙で濡れている。都合よく涙が出る女なら、彼も少しは……と抱いた時点で軽く首を振った。



「殿下っ、ラフレーズ様が酷いのですっ」

「ラフレーズ……一体何を……」



 気持ちが冷えていく。朝は戸惑いながらも確かに嬉しさを感じたのに。久しぶりにヒンメルが自分の事をと思えたのに。疑いの目を向けてくるヒンメルへ弁解するつもりは更々ない。もう今は兎に角メリー君と合流したくなった。

 冷え切った瞳をやればヒンメルのかんばせが強張り、口を開かれる前にとラフレーズが声を出し掛けた時だ。

 遠くからラフレーズを呼ぶ声がした。声の主は――



「メリー君?」

「ラフレーズ?」



 メリー君が思念で助けを求めている。切羽詰まったメリー君の声から何かあったのだとすぐに判断し、ヒンメルとメーラを後に置いた。精霊の異常を見つけたら即クイーンへ報せる約束となっている。



「殿下、大事な急用を思い出したのでこれで失礼します」

「待ちなさい! 逃げるなんて許しませんわ!」

「メーラ黙っててくれ。ラフレーズ、急用とは」

「クイーン様と約束しているのです。急ぎますのでこれで失礼します」

「! 待て、それはどういう――」



 無礼を承知でメリー君の元へ駆け出した。この後の事を考えたって仕方ない。どうせメーラが愉悦の混じった表情で馬鹿にしに来るか、またクイーンの名を出したからヒンメルが詰ってくるかのどちらか。

 両方の可能性も大きい。

 背後からヒンメルの声が聞こえるもメリー君が優先だ。



「メリー君!」



 指示された場所ー裏庭にラフレーズが到着するとメリー君は「メエ!」と鳴いてこっちだと案内をしてくれた。日陰に覆われている裏庭は表よりも肌寒い。



「クエール!?」



 大きな体を持った鳥の精霊クエールがぐったりと壁に体を預けていた。最初に出会った時の羽毛の艶が無くなっている。極度に魔力を消耗している。メリー君は既にクイーンを呼んでいると言い、自分が出来る処置をとラフレーズはクエールに魔力を分け与えた。



「ラフレーズ」

「クイーン様」



 数分も掛からずクイーンは転移魔術で現れた。ラフレーズに魔力を与えられているクエールはぐったりとしているが発見当初よりかは表情が戻っている。クエールの側に跪き、何があったのかとクイーンが問うと……



「急に魔力が消耗していった……?」

「……魔力を搾取する魔術は感じられなかったし、周囲にも魔術が使われた痕跡はなかった」

「メリー君に呼ばれて駆け付けるまで可笑しな点はありませんでした。精霊にだけ影響する魔術が密かに使われたのでしょうか?」



 それはない、とメリー君は首を振った。



「メリー君の言う通りだな。前にも言ったが精霊の力を借りて使う魔術はない。精霊に悪影響を及ぼす魔術もな。だがこの有様を見るとそうも言ってられないな」

「はい……」

「クエールを俺の部屋まで運ぶ。ラフレーズ、お前はどうする?」

「私は……」



 周囲に感知魔術を使って様子を探り、何もないと解るとクイーンと一緒に行くと告げた。



「私もクエールが心配です」

「分かった。俺に掴まれ」



 先にクエールを転移させ、メリー君は後で行くと残し校舎内へ向かった。このまま戻ってヒンメルとメーラと再度出会ったら疲れる。差し出された手を取り、転移魔術でクイーンの屋敷へ行った。


 ――ラフレーズの後を追い掛け、突然現れたクイーンと何処かへ消えるとヒンメルは建物の陰から出てきた。



「……」



 只ならない気配がした。隠れて会うには不似合いで2人には恋人のような雰囲気は一切なかった。強いて言うなら、頼れる協力者の風だった。何もない場所を心配と警戒の混じった色で見ていた。2人には、ヒンメルの目には見えない何かが見えていたのか。

 さっきはクイーンの名前が出てカッとなってしまった。こうやって後を追って様子を見るとラフレーズがクイーンの恋人になったのは、自分への当て付けではなく別の事情があるのではないかと。

 どうして教えてくれない……等と言えない。


 自分が最も言う資格がない。


 あの時、走り去る前に見せたラフレーズの瞳。温度のない氷を顔面に叩きつけられた衝撃だった。花祭りにと贈ったプレゼントの誤解が解けたというのに。


 嫌な予感がする。もしも、花祭りをクイーンと行くと言われたら。贈ったドレスを着てもらえなかったら。



 巡る予想はどれも嫌な物ばかりである。



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