第13話 嘘の言葉

 


 クイーンに抱き締められ、声を押し殺して泣くラフレーズは頭を撫でる手の温もりが優し過ぎてずっとこうしていてほしいと思ってしまった。大きな白い鳥の精霊クエールもクイーンの真似で、大きな片翼を広げラフレーズの頭をそっと撫でてきた。



「クワ」

「さあな。なんでだろうな」



 クエールがクイーンにだけ聞こえるよう話し掛けた。クイーンは知らないと首を振る。彼等の短い会話から察するにヒンメルについて語っているのは予想出来る。早く泣き止んでランチを食べたいのに、涙はまだ止まってくれない。このままでは昼休みが終わってしまう。目元を袖で強く擦ったら腕を掴まれた。「止めろ。痛くなるぞ」とクイーンの綺麗な手がラフレーズの目元をなぞった。



「でも、早く止まってほしくて」

「泣きたい時は泣けばいいさ。此処に俺じゃなく、伯爵がいてもそう言っただろうさ」

「お父様には、いつも心配ばかりかけてしまって……」

「悪く思うなよ。親が子供を心配するのは当たり前なんだ。それを享受したらいい。子供の当たり前の権利なんだからな」

「クイーン様に甘やかされるともっと頼ってしまいたくなります」

「頼ればいいさ。俺はお前の恋人なんだろう? 俺じゃなくても、お前の周囲には味方になってくれる心強い大人はいるだろう」

「はい!」



 筆頭は父シトロン。何だったら、隣国の王もラフレーズの味方だ。妹が遺した姪を隣国の王が可愛がっているのをクイーンは知っている。

 瞳は濡れているが涙は止まったみたいだ。すっかりと冷めたランチにラフレーズは炎の魔術を使って温め直した。瞬時に温度が戻った料理に頬を綻ばせる。

 こういう時、自分に魔術の才能があって良かったと思う。一瞬の使用と停止を操作するには、緻密な魔力操作がいる。失敗すれば出来立ての再現ではなく、炭と化していた。

 パンを手に取ったラフレーズはクイーンを見上げた。



「あ……クイーン様は昼食は」

「普段は食べてない」

「そうなのですか?」

「ああ。お陰で屋敷の奴等にうるさく言われる」

「食事は大事ですよ。朝・昼・夜、1日3食は必ず食べないといけません」

「……じゃあ、俺もラフレーズと食べようか」

「え」

「ヒンメルは毎日ファーヴァティ公爵令嬢と食べてるんだろう? なら、俺がラフレーズと食べても問題ないだろう」



 問題大有りな気がする。クイーンは生徒じゃない。

 ラフレーズの考えを読んだのか「昼食を食べるだけなら、学院長もとやかく言わないだろうさ」と笑う。

 言わないのではなく、言えないの間違いではないか?



「屋敷の方々に迷惑では?」

「寧ろ、昼食を食べるようになったと喜んでくれるさ」

「本当に良いのですか?」

「良いんだよ」



 ラフレーズと同じ料理を貰うと席を立ったクイーンは食堂内へ向かった。クエールは彼に「クワワ!」と鳴いた。手を振ってそのまま行ってしまったクイーンを待っているべきだと判断したラフレーズは、それ美味しいの? とランチに興味を示すクエールに頷いた。



「……」



 食堂内に足を踏み入れたクイーンは去り際クエールの投げ掛けた言葉が気になっていた。

 オレンジ色の髪の娘がラフレーズとクイーンを見てほくそ笑んでいたと。

 恐らくマリン=コールドの事だろう。あの時といい、一体、彼女の目的は何なのか。


 ある可能性があった。



「おじ上……?」



 受付へ向かっていると全然手が付けられていないランチが載ったトレーを持つヒンメルがいて。返却口にそれを置くとクイーンは顔を顰めた。



「お前は世話係から作られた料理を残すよう教えられたのか?」

「これは……っ。……おじ上には関係のないことです」

「そうやって意地を張って意味があるのか? そんなんだから、ラフレーズがお前から離れていくんだよ」

「っ!!」



 ラフレーズの名前が出ると瞬時に憎しみの込められた空色の瞳に睨まれた。子猫に噛まれたようなもの。クイーンに効果は全くない。

 視線を逸らそうとしたクイーンだったが「殿下」と甘い声を発してやって来た少女に意識を向けた。



「待ってくださいませ、わたくしも戻りますので。……あら? ホーエンハイム公爵閣下ではありませんか。ご機嫌よう」

「よう、阿婆擦れ」

「な!!」



 もうクイーンの中でメーラは婚約者のいる男と平気で浮気をする阿婆擦れの認定を受けていた。1度ならず、2度までも自分を阿婆擦れと呼んだ相手が王国最強の男だろうがメーラは見る見るうちに顔に怒気を滲ませた。



「いくら閣下といえど無礼ではありませんか!! わたくしはファーヴァティ公爵家の娘ですのよ!?」

「知ってるよ。それがどうした。俺には些末な事だ」

「な……な……」



 興味なさげにクイーンはメーラからヒンメルへ目をやった。今までお姫様同然の扱いを受けてきたメーラにしたら、屈辱なんだろうがクイーンは心底どうでも良いとしか思ってないので気にしない。ヒンメルもメーラ同様怒気を含ませた顔でクイーンを睨め付けていた。



「おじ上、メーラに謝ってください!」

「お前が大事にするのはそこの浮気相手なんだな」

「っ、今はそれとこれとは関係が……!」

「ないとは言わせないぜこの馬鹿。お前が気に掛け、大事にするのはラフレーズだ。それが出来ないなら、嫌なら、今日にでも国王にラフレーズからファーヴァティ公爵令嬢に婚約者変更を願い出ろ。

 準備はもう出来てる」

「な……」



 この台詞で聞き耳を立てていた生徒達が騒然となった。愕然とするヒンメルやメーラだったが、メーラだけは意味を知ると歓喜の相貌を見せヒンメルに抱き付いた。



「殿下! 良かったではありませんか! お城に帰られたら、早速陛下に話を――」



 表情から色が消え、衝撃から戻ってこないヒンメルを置いてクイーンはランチを貰ってラフレーズの許へ戻った。

 隣国との関係強化の為に結ばれた婚約。それを恋人を作り、婚約者を放置した王太子に国王が遂に折れたと皆抱いただろう。


 ラフレーズの座るテラス席に戻ったクイーンは、1つだけ伝えていない事実があるのをヒンメル達に言わなかった。



「嘘なんだけどな」

「何がですか?」

「気にするな」



 戻ったら、今日こんな事をヒンメル馬鹿に言ったとリチャードに伝えよう。

 精々頭を悩ませて苦労しろと心の中で嗤うのだった。


 だが、現状を考えるとリチャードは本当にクイーンが言った通りにするかもしれない。


 ラフレーズとの昼食は思った以上に楽しく終わった。





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