ゆっくり

お母さんは、アップルパイと紅茶と珈琲を持ってきた。それを、小さな机の上に置いた。


「座って!葵も千秋君も」


そう言われて、並んで座る。お母さんも、ボロボロ泣いている。


「泣かないでよ」


「だって、葵の目が覚めたのが本当に嬉しいのよ!お母さん、千秋君から連絡をもらった時。どんなに泣いたか…。でも、こうやって二人で来てくれて嬉しいわ」


そう言いながらも、お母さんは目を伏せた。何となく嬉しくなさそうな気がした。


「いただきます」


「いただきます」


私と千秋は並んで、座ってアップルパイを食べる。


「美味しいです」


「うん、美味しい」


千秋は、そう言いながら笑っていた。


「よかった!また、ゆっくり二人で来てよね」


「はい、勿論です」


「うん、来るよ」


「次からは、麦茶用意しなくていいなら、楽だわ」


「千秋君、緑茶飲めるようになったのか?」


「はい、飲めます!あっ、入院してる間にですが…」


「へぇー!凄いな!あんなに苦くて飲めませんって言ってたのにな!妻が目覚めないと夫も変わるもんだな」


お父さんは、そう言いながら眉を潜めて笑っている。


「そうですね!不思議と飲めるようになりました」


「でも、二人共、人が変わったみたいでおかしいわ!何だか私の娘じゃないみたい」


「お母さん、何でそんな事言うの?」


「ごめんね!何だか葵らしくないなーって思ったのよ」


「ジャーマンポテトの事か?母さん」


「そうそう」


「そんな事言わないでよ」


「わかってるわよ!3ヶ月寝ていたんだから…。いつか、勘を取り戻せるわ」


「そうよ」


私は、お母さんと笑い合った。


「千秋君のお母さんとこには、行かないの?」


「あっ!そうですね。近いうちには、行こうかと思ってます」


「そうよね!お母さん心配して連絡くれてたのよ!最近忙しくて行けないからって!だから、顔見せてあげてね」


「はい、わかってます」


「まあ、母さん。あんまり、長いさせたら葵も千秋君も疲れるから」


「それも、そうね」


「じゃあ、今日はそろそろ帰ります」


「そうね!気を付けてね」


そう言って、お母さんは千秋と私を玄関に送りにくる。


「葵、大丈夫なの?」


「何が?」


「入院する前、かなり泣いてたから!赤ちゃんがもう出来ないーって!それは、もう大丈夫なの?」


「あっ!そんな事言った?もう、忘れちゃったよ!長い間眠ってたから」


「それならいいんだけど。お母さん心配だったのよ。葵が取り乱してたから…」


「ごめんね!心配かけて」


「いいのよ!千秋君と仲良くしなさいよ」


「うん、じゃあね」


「お邪魔しました」


「いつでもおいでね」


「はい」


「また、来るから」


私は、お母さんに手を振って家を出る。車に乗り込むと千秋は発進させる。

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