第23話 神さまのいたずら

 俺は、学校の帰り道に近所の神社へ寄った。

 大学受験が控えている身としては、神頼みもしておきたかったのだ。


 販売所で学業成就のおまもりを買って、あとおみくじもやった。

 おみくじの結果。

 全体『凶』。学業実らず。出会いに難あり。

 引くんじゃなかった、と思いながら凶の紙を指定の場所に結う。


「はあ……」

「はあ……」

「ん?」

「え?」


 俺のため息と誰かのため息が重なったらしい。

 声のしたほうを見た。

 すらりと伸びた長身。肩にかかるかどうかの黒髪。彫りの深い顔。細いけれど色のしっかりとした眉毛。桃色の唇は夕陽を反射して、ちょっと化粧をしたように光っている。そんな女の子がいた。


「どうかしたんですか?」


 俺が聞いた。


「あなたこそ」


 不機嫌そうに彼女は返してきた。

 ひょっとしておみくじの結果が良くなかったのだろうか?


「いえ、まあ……他人に話すようなことじゃないですよ」

「ここでそういう言い方をする人なのね。なら私も同じようなものと言っておくわ」


 どう考えても俺が彼女の地雷を踏みました。

 謝っておかないと。


「なんか、ごめん」

「別に謝ってほしくなんてないわ。じゃあね」


 ふんっ、と鼻を鳴らして彼女は去っていく。

 ぽろっと何かを落として。

 俺は、なんだろう、と思って拾い上げた。

 おまもりだった。学業成就のおまもり。


 これは追いかけて渡すべきなのか、放っておくべきなのか迷う。

 おみくじを信じるのならここは放っておくべきだろう。なぜならば内容が当たっていることになるから。学業実らず……すなわち受験失敗。そんなのは絶対にお断りにきまっている。

 でも、良心あるもうひとりの自分がささやくのだ。


『あの女の子かわいそうだなあ?』


『帰ってみておまもりがないことに気づいたらどんな顔するんだろうなあ?』


『おみくじの内容も悪かったみたいだし踏んだり蹴ったりってやつだなあ?』


 黙れ、小悪魔の俺!

 俺はそんなことしねえよ!


 俺はすでに背が小さくなっていた彼女を追いかけ、声を張り上げた。


「ちょっと待って!」

「?」


 彼女は立ち止まり、振り向く。

 細く色のしっかりとした眉毛を曲げていた。


「あのさ、これ。落としたんじゃない?」


 俺はおまもりを差し出した。

 彼女は怪しそうに見つめ……。


「私の盗んだの?」

「どうねじくれた発想をしたらそうなる……。普通に落としたんだよ」

「……ほんとにないわ。ポケットに入れたつもりなのに」

「だから言ってるじゃねえか」


 ポケットを探る彼女を、俺は生暖かい目で見つめている。


「なに?」

「あ、いやべつに」

「お礼なんて期待しないでよね」

「一言もそんなこと言ってないんだけど……」

「っ!」


 彼女の顔が赤くなっていく。夕方でもはっきりとわかるほど、だ。

 俺は居心地が悪くなってしまって、髪の毛をいじくった。


「じゃあ俺はこれで」

「ま、待ちなさい!」

「な、なにか?」


 彼女はおまもりをポケットに入れると、両手の指を伸ばして先っぽをくっつけた。

 そして……。


「あ、ありがと」

「どういたしまして」


 彼女の口から出た感謝の言葉にむずかゆさを覚えながら、俺は応答した。

 まだ何か言いたそうに、もごもごしている……。

 俺が待っていると、彼女はすこしうつむき、しゃべりだした。


「ねえ」

「ん?」

「あなたのおまもりって自分で買ったの?」

「そうだけど」


 彼女から誘われるように、俺は買ったおまもりをポケットから取り出す。

 彼女が興味津々といった様子で見つめてきた。


「交換しましょう」

「え?」

「おまもりって自分で買うよりも、人から買ってもらったほうが効果があるのよ」

「へえ」


 断る理由もなく俺は彼女と学業成就のおまもりを交換した。

 おみくじの結果が合っていたのかどうかは、わからない。けれど、俺は彼女が泣くことなく済んだのならそれでいい、と思ったのだった。

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