第22話 わたしの願いを聞き届けなさい!

「いけね、ノート忘れた」


 秋が深まってきた夕暮れ時。

 俺は学校の机に大事なノートを入れたままであると気づいた。


 万が一にでも他人に見られると困るものが詰まっている……。

 そのままにしておくことはできない。


 引き返すと、ギリギリ最終下校時刻に間に合った。

 学校の入り口で鉄門を閉めようとしていた教師に簡単に事情を話す。

 あっさりと入れてもらえた。

 教室へ急ぐ。

 引き戸を開けると、教室内は明るかった。


(電気が点いている? ……っていうかあいつ誰だ)


 俺の席に、女の子が座っていた。

 俺に気づいたらしい女の子が声をかけてくる。


「こんばんは」

「こんばんは……ってもうそんな時刻だったな!」

「こんにちはの時間は過ぎちゃってるわねえ」


 急いでブツを回収して帰りたいのだが。

 俺は教室に入ると、自分の席まで移動した。


「……なに読んでんだ」

「あなたのノート。字が綺麗ねえ」

「お世辞はいらねえよ。なに勝手に読んでんだって聞いてんだ」

「前から興味があったから」


 彼女とは初対面のはずだ。

 というか、こんな西洋人形に魂が宿ったような美貌の子がいたら忘れるはずない。


「同じ学校のどこかのクラスか、までは掴んでたのよ」

「なにを言ってるんだかさっぱり」

「ちょっと待って……。これ」


 彼女が鞄から出したのは一冊の紙束だった。


「あなたが書いたんでしょう?」

「……」

「沈黙は肯定よ?」


 俺は趣味で小説を書いている。

 こっそりとだが、自分の書いた作品をフリーマーケットで売ったりもしている。

 が、名が売れているわけではない。


「好きなのよねえ、あなたの作品」

「作品と呼べるほどのもんでもないがな」

「で、本題なのだけれど」


 ほらきた。

 脅迫のお時間だ。

 どうせ、『ばらされたくなければ私のペットになりなさい』とか言うに違いない。


「わたしと組んで漫画を書いてちょうだい」

「…………は?」

「だから、漫画よ。知ってる? いま少年漫画誌では女性作家が大活躍しているの」

「俺、男なんですけど?」

「わかってるわよ」


 彼女はそういうと、俺の大事なノートを閉じて机に置いた。


「あなたの書く作品って男子向けに書いていると思うんだけれど」

「そのつもりだ」

「女子のほうがウケがいいと思うわ」

「なんでそう思うんだ?」

「わたしがそう感じたから」


 彼女なりの直感ということか。

 まあ、女の子が言うんだからそうなんだろう。実感ねえけど。

 俺は言葉を切り返した。


「仮にきみからの提案を蹴ったらどうなる?」

「あなたが小説をこっそり書いていることをバラすわ」

「……」


 逃げ道はなさそうだ。

 だが、もう少し事情を知りたい。


「なぜそこまで俺にこだわるんだ? 他にもっと書けるやついるだろ」

「言ったでしょう。あなたの作風はいまの少年漫画誌にマッチしているの」

「つまり?」

「察しが悪いわね。売れそうだからよ。少なくともあなたより売れそうなものを書く人をわたしは知らないわ」

「売れてどうする」


 趣味で書いている俺には商業でやる意味がよくわからない。

 フリーマーケットはお遊びだし。

 すると彼女は顔を天井に向けて、自分に言い聞かせるようにつぶやきだした。


「印税がっぽがっぽで豪遊するのよ!」

「夢を与えるお仕事のはずなのに、夢をぶち壊すようなこと平気で言うのな」

「手っ取り早くお金持ちになりたいなら、漫画で一発あてるのが早いでしょ?」

「……」


 否定はできない。

 あの作品とかあの作品とか。

 ブームに乗ったせいか印税すんごいって聞くし。


「わかったわかった。書くよ」

「ほんと!?」

「つまんなくても知らねえぞ」

「ふっ、わたしの目に狂いはないわ」


 さあ、漫画業界に乗り込むわよ、と彼女は鼻息を荒くした。

 すぐのちに彼女の描いた作品を読ませてもらった俺だが、不覚にも『面白い!』と圧倒されてしまった。これは足を引っ張ってしまわないかどうか心配である。


「そろそろ帰らなくちゃね。巡回の人に怒られちゃう!」

「そ、そう、だな……」


 かたん、かたん。

 教室に設置された古いアナログ時計の秒針が、やけに大きな音を立てて回っているように感じられた……。

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