第21話 怪物の胃袋

「すげえ…………」


 俺はいま、激安大盛りで有名な食い物屋にきている。

 学校帰りに小腹が空いてしまったので、夜ご飯の前に軽く満たそうとしたのだ。

 まだ夕方なので、それほど混雑はしていない。


 そんな店で。

 他の客とは違った、どでかい入れ物の品に挑んでいる女の子がいた。

 まばらな客たちも彼女の姿に見入っている。


「すげえ…………」


 信じられない光景を目にすると、語彙がアホになるというのは本当らしい。

 俺は自分がさっきから同じことしかつぶやいていないことにようやく気づいた。

 なぜなら。


「お待たせしました! ご注文はお決まりですか?」

「あ、はい。いえ、ちょっと待ってください」


 店員さんが注文を取りにやってきたからだ。

 俺は女の子をぼーっと眺めながら、何気なく聞いてみる。


「あの」

「はい!」

「この店ってあんな大盛りメニューありましたっけ? 何人前なんですか?」

「ああ!」


 店員さんは、うんうんとうなずくと、俺の質問に答えてくれた。


「店長の方針で、お腹をすかせた子にはいっぱい食べさせたいらしいんですよ」

「それにしても限度がありません?」

「まああの子は特別ですねー。10人前の超特盛りをぺろりと食べちゃいますし」

「じゅ、10人前!?」


 俺だと3人前が限界である。

 いったいどんな胃袋をしているのだろうか。


「ちょっと話を聞いてみてもいいですか?」

「おや、少年。こんなところで女の子を口説こうなんていけないぞ?」

「そんなつもりはありませんよ」


 そう言って俺は席を立ち、女の子の傍まで移動した。


「こんにちは」

「??? ふぉんにちふぁ?」

「ああ、飲み込んでからでいいです」


 彼女はどうやら焼きそばを食べていたようだ。

 口をリスだかハムスターみたいにふくらませて、掻き込んでいる。

 よくもまあこんな早さで食べられるもんだ。


 ごくん、と彼女は喉を鳴らして、水を一杯。


「ぷはぁあああ!! うまい!! で、なにかご用?」

「あ、いや。あまりにすごい食べっぷりだったからフードファイターなのかなと」

「そんなたいしたものじゃないわよ」

「女子高生ですよね?」

「うん」


 ううん、もったいないなあ、と俺は思った。

 顔立ちは整っているし、体型もいたって普通。身長も平均的だ。

 YouTubeにでもアップすれば、大食い現役JKとして名が知れてもいいのに。


「まだ食べ途中なんですけど、食べてもいい?」

「あ、どうぞ」


 ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ!!

 水道の蛇口から出る水を、逆再生したように消えてゆく焼きそば。


「食べながら聞いてくれたらいいんだけど」

「ふぁい」

「きみさえよければ、食べているところをYouTubeにアップしてみない?」

「ふぇ?」

「食べっぷりを見ているだけで気持ち良くなれる動画は需要があると思うんだ」

「…………」


 彼女の箸が止まった。

 もぐもぐごくん。

 喉の鳴る音が、はっきりと聞こえた気がする。


「いいわよ」

「え?」

「だから、いいって言ったんだけど」

「あんまり乗り気じゃないように見えたからてっきり……」

「断るかと思った?」


 あっはっは!

 彼女は大口を開けて豪快に笑った。


「考えていたのはね、見返りのことよ」

「な、なんだって?」

「タダで協力しろってのはちょっと虫がよすぎじゃない?」

「ぐぬぬ……ど、どうしろ、と?」


 彼女は首を傾け、考えている様子。

 いったいどんな要求をされるのか、俺は気が気じゃないのだが。


「とりあえずデザート奢って」

「は?」

「デザートよ、デザート。まだ食べてなかったから」

「……まだ食べるのか?」

「よく言うでしょ、デザートは別腹って」

「……どのくらい食べるつもりで?」

「心配そうな顔しなくても平気よ。常識の範囲内で頼むから」


 そう言うと、彼女は店員さんを呼んだ。

 そして杏仁豆腐を注文した。なお、2人前。俺のぶんはなく、ひとりで食べた。


「あなたは食べなくてもいいの?」

「きみの食べっぷりを見てたら、腹がいっぱいになっちまったよ」

「あたし、お腹がいっぱいになるってよくわからないから、うらやましいわ」

「そ、そうなのか……」


 俺はもしや、おそろしい怪物と契約を交わしてしまったのでは? と戦慄した。

 しかし、自分の動画編集能力を活かしたり、プロデューサーとしてアマチュア経験を積んだりできる素晴らしい機会だとも思って、胸のうちで大ジャンプした。

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