第7話 二人だけの「おやすみなさい」

『優さま。甚平も素敵です』


「そういう凪沙さんもかわいいワンピースですね」


「そうですか? えへへ……」


 アイボリーのワンピースにも桃色の毛糸のカーディガン。

 キレイめな見た目にゆるふわコーデというギャップがたまらない。


 僕の許嫁は声もかわいく、顔もかわいく、制服姿も私服姿もかわいい。


 かわいいの権化かな?(真顔)


 ボイチャデートもこれにて四日目。「最初くらいはカメラ入れましょうか?」と、カメラ機能をONにすると、夏祭りのカップルコーデにお互いドキリだ。

 なんだかんだあったが、もうすっかりと仲良しカップルだよ。


 ちなみに凪沙さんには寝転んでもらっている。

 ベッドに転がる許嫁の「イケない感じ」は、Discordの背景合成機能で誤魔化した。今、ディスプレイの中の凪沙さんは森を背に微笑んでいる。

 これならギリギリ健全だ。


『そういえば、優くんは夏休みは何かご予定は?』


「僕ですか? うーん、家の工場の手伝いですかね?」


『まぁ、働くんですか?』


「アルバイト代わりに。あと、会社を継ぐので仕事を把握しておきたいなと」


『ご立派ですわ』


 単に機械いじりが好きなだけなんだけどね。

 僕の工作欲も満たせて、会社の勉強にもなって一石二鳥ってだけの話。


 ただ、許嫁に褒められるのはむず痒い。


『私は夏休みも勉強漬けです』


「そういえば学校ってどうしてるんです? 家から出られないんですよね?」


『家庭教師を招いて教えていただいてます』


「あぁ、なるほど」


『ただ、あまり成績が芳しくなく……』


「けど、得意な科目はあるんでしょう?」


『ありません、全部、ダメダメのパッパラパーですの』


「ダメダメのパッパラパー」


 お嬢さまの口から出るのは珍しい単語にちょっと笑いそうになった。

 僕のリアクションに、あきらかに凪沙さんが肩を落とす。

 傷つけてしまったみたいだ――。


『小説をよく読むので国語は得意だと思っておりました。なのに、先生から「作者は絶対そこまで考えてないから。君の妄想」と言われて』


「それは傷つく」


 森の中から枕を取り出してめそめそと泣く凪沙さん。

 どうしようかこれ。


 悩んだ所で、僕はとある人物の言葉を思い出した――。


「まぁ、小説は当人がどう感じたかが大切なので」


『……そうなんですの?』


「そうですよ。凪沙さんの感想が全てです。他の人間がどう考え、どう解釈したかなんて関係ありませんよ。たとえそれが作者でもね」


『……まぁ、私、ちゃんと小説を楽しめていないのだと』


「あははは」


 えらそうなことを言ったけれど、これは今は亡き祖父の受け売り。

 爺ちゃんは典型的な職人だったがなぜかめちゃくちゃ小説を読んでいた。それも、芥川賞・直木賞にノミネートされる作品を発表前に目を通している筋金入りだ。


 そんな祖父が、読書感想文に悩む小学生の僕にかけた言葉がさっきのものだ。

 おかげで原稿用紙をなんとか埋められたっけ。


 許嫁が嬉しそうに微笑む。

 どうやら爺ちゃんの言葉は許嫁にも効いたみたいだ。


『ありがとうございます、優くん。その言葉で心が救われました』


「いやいやなんのなんの」


『小説への造詣の深さ、そして読み手への深い理解。もしかして、優さまも小説をお書きになっていらっしゃるのですか?』


「カイテナイ、カイテナイヨー」


 やばい、話が藪蛇な方向に流れた。


 目をキラキラと輝かせる凪沙さん。

 食い気味にこちらを見つめてくる。


 もしやWEB小説家ではと怪しむ許嫁を、僕にはどうにかこうにか煙に巻いた。


『ところで、優さま。そういえば、呼び方がお頼みしたのと違っていますけど』


「……バレちゃいましたか」


『いつになったら凪沙と呼んでくださいますの?』


「それはそうなんですけどね、凪沙さん」


『な! ぎ! さ!』


「……凪沙。呼び捨ては君をないがしろにしているようで嫌なんだよね」


『本当は呼ぶ勇気がないだけでしょう?』


「……それもバレてましたか」


『バレておりますよ。ふふっ』


「その割りには、凪沙も僕をくん付けで呼んでくれないよね?」


『……それは、親しき仲にも礼儀ありと申しますか』


「はい、凪沙。僕も呼んだんだから君もやる」


『わ、わかりましたわ。優……くん』


 とまぁ、こんな感じの甘酸っぱいやり取りを22時過ぎまで続けた。


 あっという間だった。

 話したりない。

 もっと話していたい。


 これで四回目だというのに、強くそう思う。


『凪沙さま。そろそろご就寝のお時間です』


 翠子さんタイマーでボイスチャットはおしまい。

 すぐ「それではまた明日」とあっさりと挨拶をして、僕たちはボイチャを切った。


 それから――いけないと思いつつスマホで電話をかける。


 ごそごそと聞こえてくる布団が擦れる音。

 翠子さんを欺いて、凪沙さんは布団の中かから僕の電話に応じてくれた。


 けど、長電話はしない。


『優くん』


「凪沙」


『「おやすみなさいませ」』


 大人たちに聞かれぬようおやすみの挨拶をする。

 親に婚約を決められた僕たちのささやかな反抗。


 スマホ越しに聞こえる凪沙さんの声はマイクが違うせいかちょっと低い。

 けれど、そんな声色が僕の耳によく沁みた。


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