第6話 許嫁抱き枕(制服エディション)

『優さまと顔を合わせてお話ができて、私、とても幸せですわ』


「僕もですよ凪沙さん」


『ところで、おかしくありません? 制服を着るのはじめてで……』


「強いて言うなら、おかしいくらい可愛いなと」


『……もう、優さまってば!』


 満面の笑顔の僕に「からかわないでください!」と凪沙さんがそっぽを向く。

 その怒り顔さえキュートで、こっそりスクショを撮ってしまった。


 凪沙さんも翠子さんに頼んで僕を隠し撮りしたので、おあいこってことで。


「しかし、直接会えないのがやはり寂しいですね」


『私、今日ほど自分の病気を恨めしく思ったことはありません』


 凪沙さんが口に手を当てる。

 彼女は画面の中で「こほこほ」と少し咳き込んだ。


「大丈夫ですか?」


『すみません。やっぱり、この体勢は負担が大きくて』


「体勢?」


『優さま。差し支えなければ、体勢を崩しても構いませんか?』


 構いませんけれど。

 婚約者の苦しそうな顔を見て「NO」とは言えない。

 頷くと『ありがとうございます!』という台詞と共に、凪沙さんがチャットを切断した。Discordのステータスもオフラインに変わる。


 PCを切ったのだろうか?

 やけに大がかりだな?


 しばらくして凪沙さんがDiscordに復帰する。

 彼女からの着信に応答するとチャットはなぜかボイスチャットになっていた。


 あれ、どうしたんだろう――?


『お待たせいたしました。今、移動が完了しました』


「あぁ、部屋を移動したんですか?」


『いえ、自室ですよ』


「???」


『あれ? もしかして映っておりません?』


 もしかしても何も映っていない。

 凪沙さんのカメラ機能が無効になってる。

 移動したと言っているし、一度パソコンを立ち上げ直したせいだろうか。


 すると、不満そうに「ぽすん!」と何かを叩く音がした。


『もうっ、翠子ってば! ちゃんと設定してとお願いしたのに!』


「大丈夫ですよ凪沙さん。Discordの設定は分かりますから」

 

『本当ですか!』


「画面下の方にカメラのボタンがあるので、それを押してください」


『一番左のカメラのアイコンですか?』


「そうそうそれです」


 凪沙さんが「うんしょ」と色っぽい声を漏らす。

 ボタンを押すだけなのになんでそんな声が出るんだ?


 その疑念は、ビデオチャットの映像ですぐに分かった。


『あ、映りました! 優さま、お待たせしてしまって申し訳ございません!』


「……凪沙さん⁉ え、どこに寝そべってるの⁉」


『ベッドです!』


 ドヤ顔で僕の許嫁はベッドに寝転がっていた。

 しかも、制服姿で。


 無防備に横たわる許嫁。

 制服のスカートから覗く白い生足。

 崩れたブレザーから出たブラウス。


 妖しく彼女は僕に上目遣いで微笑む――。


 あかん!

 これはあかん奴や!


『すみません。ベッドに寝ながらお話させていただきますね』


「ダメダメダメ! エッチ過ぎるよこんなの!」


『えぇっ⁉』


「男の前で、そんな無防備な格好しちゃいけません!」


『だって、崩していいって!』


「ここまでとは聞いてません!」


「……何か問題でもあるのですか?」


 問題しかないよ。

 男の前で無防備に寝転がる女の子。

 映しちゃいけない奴だよ!


 ヘッドフォンが拾う、「ぽすん」という音の正体が分かった。

 あれは寝返りをうつ音だったんだ――。


『寝ながらお話しましょう、優さま?』


「それは魅力的なお誘いだけれども……」


 ベッドに横たわった凪沙さんがとてもえちえちで平静を保てません。

 声だけでもすごい破壊力なのに、ビジュアルまで合わさったら反則だよ。


 ダメだ。

 もう我慢できない。


「ごめん凪沙さん!」


 僕はDiscordのカメラ入力を切った。


 なんでかは察してくれ――。


『あれ? 優さま、なんでカメラを切りましたの!』


「男には、どうしても見せたくない姿があるのです」


『そんな気にしませんのに……』


「僕が気にするんです!」


 PCの前で前屈みになって僕は叫んだ。


『すみません。実は昨日までこちらからボイスチャットをしていて』


「な、なるほど……」


『病気のせいで、長時間座っているのも負担でして』


「それでボイスチャットだったんですね……」


 ビデオチャットできない事情が凪沙さんにあったのだ。


 そっか、けどそうだよな。

 病気だもの。ボイスチャットするだけで大変だよな。

 冷静になって考えれば気がつけたかもしれない。


 けど、罪悪感がパナい。


 制服姿でベッドに横たわるJK許嫁。

 そんなのエッチ過ぎるよ――。


「ごめんなさい凪沙さん。事情も知らずに無理を言って」


『気になさらないでください。私も、優さまの顔が見たかったので』


「けど、やっぱり寝転がってのビデオチャットは、その……」


『どうしてです? 何かいけませんか?』


 純真だ。

 無垢だ。

 けれどそれがまずい。


 この箱入り令嬢に教えるのか。

 制服姿でベッドに横たわるのがなぜダメなのかを。

 女性の無防備なポーズが男性の心を惑わすことを――。


 なんなのこの高度なプレイ!(白目)


「あのですね、凪沙さん。その格好というかポーズは、男性にとって……」


 僕は説明した。

 今後の僕たちのために説明した。

 またいつか、思い募ってビデオチャットをすることもあるだろう。


 その時にこんなことにならないようにと――。


『はぁ、なるほど。女性がベッドで横たわる姿は男性の性的興奮を悪戯に刺激するのでよろしくない。特に制服だと、まるでいけないことをしているようで……』


「復唱しないでください!」


『けど、なんで制服だといけないんでしょう? 外に着ていく服ですよね?』


「説明させないでください!」


 許嫁はなかなかの『箱入り娘』と書いて『強敵』だった。


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