第4話 僕の許嫁はバーチャルお嬢さま?

 凪沙さんとボイスチャットするようになってから三日目。


 生徒会役員(書記)の僕は、放課後に生徒会のミーティングに参加した。

 その休憩中に、凪沙さんとの婚約を他のメンバーにしれっと報告した。

 

 生徒会長たちは急な話に驚きつつも僕を祝福してくれた。


 だが――。


会長「けど、声しか聞いたことないのはちょっと不安だな」


副会長「初恋だからと浮ついてはダメですよ」


会計「音声合成ソフトを使っているのかも。最近のは高性能だから」


庶務「ゆっぴー絶対騙されてる! 今時、そんな男に都合のいい女おらんて!」


 恋に浮かれる僕に彼らは釘を刺した。


 言い分は確かに分かる。

 というか、僕もぶっちゃけ不安だ。


 ボイスチャットの凪沙さんは本当に『駒見凪沙』なのか――。


「せめてビデオチャットができたらなぁ」


 そんな不安を抱えて迎えた今夜のボイスチャット。

 話題は奇しくも生徒会の話から始まった――。


『優くんは生徒会に所属していると耳にしたのですが、本当ですか?』


「そうですよ。生徒会書記をやってます」


『まぁ! では、次の会長候補ということですか?』


「違いますよ。そんな器じゃないです」


『そうですか。生徒会長の優くんも凜々しいなと思ったのですが』


(次の選挙で頑張ってみようかな?)


『けど、生徒のために働くなんてすばらしいです!』


「ぶっちゃけ雑用ですよ?」


『私の目に狂いはございませんでした。釣書のお写真を見た時から、優さまはきっとすばらしい男性に違いないと確信しておりました』


 どんなお写真なんだろう。


 お見合い写真なんて撮った覚えはない。

 凜々しさやすばらしさを感じる写真にも覚えがない。


 というか僕は陰キャぞ。

 カメラを前に「ピース」も「ウェイ」もできない男なんですが。


 解せぬという顔のせいだろうか、スンと許嫁の笑い声が止まる。


『すみません、優さま。写真だけで決めたというのは嘘です』


「え、なに、急に改まって?」


『釣書の写真から優しそうなお方だと感じたのは本当です。ですが、ちゃんとお話をして婚約は決めたいと思っておりました』


 真面目だなぁ、凪沙さんは。


 けど、そういう所も好き。


 いつもふわふわトークの凪沙さん。

 そんな彼女が少しトーンを下げて真剣に語りかけてくる。

 これもまた最高に萌える。


 真面目な話なのにほっこりしちゃった。


『ボイスチャットで話して、私の事情も理解していただいて、ようやく安心しました。ですから、一目で確信したというのは嘘です』


「あははは」


『……なんで笑いますの?』


「いえ、凪沙さんらしいなと」


『……やっぱり、見る目がなかったかもしれません。優くんは時々いじわるです』


「好きな人に、男はいじわるしたくなるんですよ」


『もーっ!』


 ぼすぼすと何かを叩く音。

 高性能なマイクだからか凪沙さんのマイクは環境音をよく拾う。


 なんの音かは知らないが暴れているみたいだ。

 翠子さんにまた怒られないといいな……。


「しかし、いったい何の写真を送ったんだろう。気になるな」


『高校ご入学のお写真かと。おじさまと校門前に立っていらっしゃいましたよ』


「……あぁ、あれかぁ」


『私の写真はどうでしたか?』


「椅子に座って白いドレスを着ていましたね」


 ヘッドホンの向こうで「ぼすん!」と大きな音がする。

 クッションか人形でも振り回しているんだろうか。


 すぐに凪沙さんが「お爺さまってばァ!」と叫ぶ。


 そんな怒った声もよき。

 叫び声助かる。(音量注意)


『15歳のお祝いだと言ってましたのに!』


「あれ、お見合い写真じゃないんですか?」


『すみません、それは特別に撮ったもので普段の私とはまったく違って!』


「お見合い写真なんてそんなものですよ」


『ですが、本当の私を見たらがっかりしてしまうかと……』


「しません! しませんから!」


 必死に弁明する許嫁がかわいい。

 その幸せに素直に浸っていればよかった。


 けれど、その時――生徒会メンバーの言葉が胸で疼いたのだ。


 Discordのカメラボタンに視線が行く。

 マウスカーソルをボタンの上に置き、モニタの上部のUSBカメラを確認する。


 凪沙さんも写真のことを気にしている。

 僕も凪沙さんの顔をちゃんと見てみたいと思っている。


 今このタイミングで、『じゃぁ、ビデオチャットしてみませんか?』と提案したら高確率で受け入れられるのでは?

 胸の欲求を、僕はもう抑えられなかった――。


『まったく、お爺さまってば! せめて、どの写真を送るかは相談してください!』


「凪沙さん」


『あ、すみません優さま。お恥ずかしい所を』


「いえ、それはいいんです」


 それより。


「一度、カメラを入れた状態で通話してみませんか?」


 僕は許嫁に提案した。

 婚約者を疑う気持ちを止められなかった。

 信じるために、凪沙さんの顔をどうしても見たかった。


 しかし――。


『……今日はちょっと』


「今日は?」


『準備が間に合いません。明日でもよろしいですか?』


 ビデオチャットの申し出を凪沙さんは条件をつけて断った。


 準備とはどういう意味だろう。

 カメラが手元にないのか。

 それとも、僕と会うために何かするのか。


『……すみません、すぐに対応できるとよかったんですが』


「大丈夫ですよ。むしろ、明日で大丈夫なんですか?」


『そこは翠子たちが頑張ってくれますので』


 キリがないので僕は許嫁の実在を思考するのを放棄した。

 明日、全て明らかになるとだ。


 その日の凪沙さんとの会話は、それからぎこちないものになった。

 口数の減った理由が「顔を会わせる緊張のせい」だと僕は信じたかった。


『おやすみなさいませ。優くん。明日を楽しみにしております』


「うん、おやすみなさい凪沙さん。僕も楽しみだよ」


 胸を押さえながら僕は許嫁におやすみを告げた。


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