第6話 奴隷商の息子と男爵

 次の日。


 シュルト奴隷商会にとある方が訪ねて来た。


「いらっしゃいませ。シアリア男爵様」


 お父さんが男爵様を出迎えて、僕は後ろからその姿を見守る。


 ちらっと僕を見た男爵様は、笑顔で小さく頷いてくれて、僕も急いで深々と頭を下げた。


 貴賓室に男爵様をお招きして、紅茶を並べる。


「それにしてもイングラムは良い子を授かったものじゃな」


「それはもう俺にはもったいないくらいの子ですね」


「そう謙遜するな、ははは! さて、昨日の約束・・は忘れてはいまいな?」


「もちろんです。光栄でございます」


「うむうむ。あの子も覚悟を決めたようだからな。よろしく頼む」


「はっ」


「それはそうと、アベルくん」


 お父さんと話していた男爵が僕に振り向いた。


「はいっ!」


「とても良き奴隷達を貸してくれてパーティーも無事に終えた。ありがとう」


「いえいえ! うちにも大きな利益がありましたから」


「ではここから新たな商談といこう」


 男爵の表情が今までとは打って変わり真剣なものとなる。


 僕も釣られるように男爵の目を真っすぐ見つめた。


「今回のシュルト奴隷商会の奴隷達の働きには非常に助かったのも事実だ。だが、昨日までは無償という事で問題ないな?」


「もちろんです。約束通り、昨日までの分は無償とさせて頂きます。こちらもシュルト奴隷商会の刺繡を許してくださいましたから」


「うむ。それで一つ提案なのだが」


 男爵の目を見て、これから言われる言葉を予測する。


「奴隷達を――――――売って欲しい」


 やはりか。


 いくら平和になって人手が足りる世の中になったとしても、奴隷を買うより人を雇った方が出費としては高く付く。


 ただ奴隷をメイドとして訓練するという、ある意味暴挙のようなやり方を今までの貴族達は行わなかった。いや、考えもつかなかったのだ。


 その証拠に、昨日のパーティーではシュルト奴隷商会のメイド奴隷達には大勢の人が驚いていた。


 奴隷文化が根付いているはずなのに、奴隷は人ではなく物と考える異世界民達はメイドにする考えを持ち合わせていなかった。


「男爵様。申し訳ございません」


「なんだと!」


 男爵がテーブルを叩きつけてその場に立ち上がる。


 その出来事にお父さんが慌てて間に入ろうとするが、僕が先に声をあげた。


「男爵様。彼女達は奴隷ではありますが、売り物ではありません。彼女達は僕達の――――――家族・・です。家族を売る事はできません」


 僕の答えを聞いても男爵が怒りに震える。


 と思っていたのだが、次第に「くっくっくっ」と笑い声をあげると、大声で笑い始めた。


「だ、男爵様。倅の無礼をどうか……」


「イングラム!」


「は、はい!」


「本当に素晴らしい息子を持ったな!」


「えっ!?」


 あれ? 男爵が笑ってる?


 めちゃくちゃ怒ってるように見えたのだが、そうではないのか?


「アベルよ」


「は、はい!」


「これから困った時は奴隷を『れんたる』しに来る」


 男爵の言葉にお父さんの表情も一気に明るくなり、僕もドキドキを味わいながら胸をなでおろした。



 異世界には『レンタル』という言葉は存在しない。料金を払って何かを借りる習慣がないからだ。


 そもそも買い切りを前提にした考えが根付いていて、借りるという事が慣れていないのだ。


 昨日までのうちの奴隷達の頑張りのおかげなのか、男爵にも認められた気がする。


 最近では冒険者達もこぞって『レンタル』に来るようになった。特に荷物持ちとして奴隷を『レンタル』する冒険者達が急増している。


 本来冒険者達はパーティーメンバーに報酬を平等に分けなくてはならない王国法があるので、人数が増えれば増えるほど自分の取り分が少なくなる。


 となると自然と戦力も減れば、荷物持ちなんて入れたら戦わないメンバーとも報酬を分ける必要があるのだ。


 では冒険者達が奴隷を購入して荷物持ちにすればいいんじゃないかと思われるかも知れないけど、実はそれも難しい。


 その理由が『王国法』にある。


 奴隷を物として扱っている異世界だが、奴隷にも最低限の『人権』は保証されていて、それが奴隷を『餓死』させたら極刑になる法律だ。


 この法律は非常に曖昧だが、『奴隷魔法』で王国の奴隷達が管理されていて、もしも『餓死』すれば、魔法を通じてたちまち王国の保安部隊が捕まえに来る。


 なので収入が安定しない冒険者達はおいそれと簡単に奴隷を買えないのだ。


 そういう意味で、自分達が狩りに行く時だけ荷物持ち奴隷を借りれるシュルト奴隷商会の『レンタル』は、王都冒険者達の中では画期的なモノとなり、あっという間に広まってシュルト奴隷商会の名を一躍有名にしてくれたのだ。

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