第5話 奴隷商の息子と貴族の令嬢

 シュルト奴隷商会のレンタルが始まった。


 お父さんの機転の良さもあって、冒険者達からは一時的な荷物持ちや戦力増強を図れる奴隷レンタルが始まるや否や凄く評判の良いモノだった。


 まぁ、最初はタダでやったのもあったからね。レンタルした冒険者達はまた利用したいと言っていたそうだ。


 僕が交渉を進めたシアリア男爵にレンタルした奴隷達も凄く評判が良い。


 そこから十日余り。


 シアリア男爵にタダでレンタルした奴隷達の最終仕事日となった。




 ◆




「いらっしゃい」


「ご招待に預かり大変光栄でございます」


 前世ではこういう挨拶なんて、まず使ってなかったからか、凄くぎこちない感じがする。


 異世界の貴族社会ならではの出来事だ。


「これこれ、そうかしこまらんでよい。今日は紹介したい人がいるのだ」


「僕にですか?」


「ああ。アベルくんにぜひ知り合いになって欲しい人がいてな。さあ、挨拶しなさい」


 男爵は後ろを向いて、とある人に声を掛ける。


 美しいドレス姿の彼女が一歩前に出る。


 最初の印象を簡単にいうなら、絶世の美少女と言うべきか。


 一瞬で僕の脳に焼き付いたその姿は、まさに『奇跡の一枚』といえると思う。


 少し恥じらう彼女は、僕の前で優雅な挨拶を披露する。


「初めまして。アベル様。わたくしはシアリア男爵家の三女、シャロレッタと申します。以後、お見知りおきを」


「は、は、初めまして! あ、アベルと申しましゅ!」


 緊張しすぎて噛んだあああああ!


 シャロレッタさんはそんな僕を見て、くすっと笑みを見せてくれた。笑顔もまた可愛らしい。


「シャロレッタ。アベルくんに屋敷を案内してあげなさい」


「かしこまりました。お父様」


 あぁ…………声もなんて美しいのか。比較対象がないのが悔しいと思えるくらいだ。


 シャロレッタさんは「こちらにどうぞ」と話すと、歩き始めた。


 僕の歩く速度に合わせるかのように、自身の歩く速度を調整する。


 それだけで彼女のおもてなしの心が伝わってくるようだ。


「アベル様。こちらから庭に出られますわ。行ってみますか?」


「へっ? は、はひ!」


「うふふ。アベル様ったら、面白いお方ですね」


「へ? えへへ~そうでもありませんよ~」


 彼女に案内されて庭に出る。


 ホールには大人達が沢山いて、人の話す声で賑わっていたのに対して、こちらの庭には静かな雰囲気が広がっていた。


 綺麗な花や凛々しい木々がしっかり手入れされているようで、調和が取れた美しい庭だ。


 シャロレッタさんに花の種類や木の種類を色々教えて貰いながら庭の散歩を楽しむ。


「あはは~あんなに可愛い花なのに悪臭を放って魔物から身を守るなんてすごいです~!」


「うふふ。綺麗な花にもああいう一面がございますの」


 前世には綺麗な花に棘ありなんて言葉もあったっけ。


 目の前の彼女からは棘一つ感じないけどね。


 というか、僕の前世の精神年齢を足したら、相手的に少し危ない事に繋がるのでは!?


「あら? アベル様? どうかなさいましたか?」


「へ? いいえ! なんでもありません!」


「うふふ。そろそろホールに戻りましょうか」


「はい!」


 随分と庭の奥まで来たのか、屋敷が遥か先に見えている。


 ゆっくりと帰り道を歩いている時、彼女がおもむろに質問を投げかけた。


「アベル様はどうして奴隷達を貸そうと考えたのですか?」


 どうやらシャロレッタさんはシュルト奴隷商会からレンタルできているメイド達が気になるようだ。


「奴隷達が物として扱われるのが、どうしても嫌だったんです」


「?」


 理解できないようで、顔を傾ける彼女はまさに天使そのものだ。


 ごほん。


「令嬢の前でこういう事を言うのも変だと思いますが、人は生まれた場所や環境によって人生を大きく決められてしまうんです」


 前世の記憶があるからこそ、異世界という場所にたどり着いて感じれた事が数多くある。


 例えば、僕にとって最も大きな部分は、環境と仕事だ。


 前世ではただただ言われた仕事を繰り返していた。


 目の前を流れる商品を目で追いながら、機械を操作して同じ物を作り続ける。


 誰かに感謝される事もなければ、報酬が増える訳でもない。


 ただ生きるためにやっていかなくちゃいけなかった仕事には、何の思入れもなかった。


 でも異世界で目を覚ましたらどうだ。


 そこには夢と希望に溢れた世界だった。


 僕はお父さんの子供として生まれて、10歳になるまで何一つ不自由なく育って、職能は授かれなかったけど、今でも両親の愛情をたっぷり貰っている。


「僕の両親は本当に優しくて、ずっと僕に笑顔を向けてくれたんです。美味しいご飯もかっこいい服も生活に何一つ不自由なく。でもあのお父さんが奴隷に対して鞭を振るった時に思ったんです。彼女達にとってはお父さんは優しい人じゃなくて怖い人なんだと。生まれた場所が違えば、僕もああなっていたのだろうかと」


「…………」


 彼女は何も言わず、ただ笑顔で僕の話を聞いてくれる。


「何だか、僕だけが笑顔で彼女達が泣いてる世界は嫌だな~なんて変な事思ってしまいまして」


「変じゃありません!」


「えっ!?」


「え、えっと……」


 少し顔を赤らめるシャロレッタさんは、それはもうマジ天使。こんな言葉が使える日が来ようとは……。


「恥ずかしい話、私にはアベル様が感じた心は持っておりません……ですけど、アベル様の優しさは十分に理解できた気がします。アベル様。どうか、その心を貫いてください」


「シャロレッタさん…………はい! ですが、僕は誰かに言われたから頑張るわけではありません。僕はこの先もずっとシュルト奴隷商会の次期店主として頑張っていきます」


「はい! シュルト奴隷商会が大きくなる事を楽しみにしていますね」


 言葉を終えた彼女は――――どうしてか少し悲しい表情のまま歩き続けた。


 僕達は言葉を交わす事なく、ホールにたどり着いて「案内ありがとうございました」という言葉を最後にその日はもう会う事はなかった。

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