第3話 子連れ地蔵さん

 それは、その年の夏の終わりのことでした。


 松五郎は竹で編んだかごを背負い、山菜や木の実をりに村の外へ出かけました。毎年、これくらいの時期から冬籠りふゆごもりの準備をし始めるので、いつもより多めに集めようと意気込んでいます。


「今年もみんなで無事に冬を越せますように」


 山菜や木の実をるときは、決まって子連こづ地蔵じぞうにお参りをしていました。小さい頃は気が付きませんでしたが1体の大きいお地蔵さんの横に、小さなお地蔵さんが7体、並んでいるのです。だから子連こづ地蔵じぞうというのでしょう。

 そんなお地蔵さんに今日も松五郎は冬を越せるようにお祈りをしています。

 そのとき、お地蔵さんの裏の繁みから音が聞こえてきました。


 がさがさ、がさがさ


 ははあ、これは小さな動物か、或いは昔のようにおばばが飛び出てくるに違いない、ならばこちらから近づいて確認してやろうと、松五郎は背をかがめて音のする方に近づきます。


 がさがさ、がさがさ


 音の主は松五郎が近づいても気が付かないようです。

 これは小動物か何かだなと思った松五郎は、姿だけでも確認するかと目の前の繫みをかき分けると、そこにいたのは顔の真っ赤な二匹のお猿さんでした。だけど、お猿さんにしてはなにか様子が変だぞと思っていたら、人の言葉で話しかけてきたではありませんか。


「ニンゲン。よくないことがおきるぞ。きをつけろよ」

「ニンゲン。よくないことがおきるよ。きをつけてね」


 猿が喋ったことに驚き、思わず周囲を見渡すも、とくに変わったことはありません。そして視線を戻すと、その二匹のお猿さんはもういなくなっておりました。


 松五郎は村に戻ってから、この不思議な出来事をおばばに話しました。するとおばばは、さも当たり前のことのように話すのです。


「ああ、そいつはきっと猩々しょうじょうだね。妖怪ようかい類いたぐいだが、なにか悪さをするわけじゃない。ただ、そこに在るだけさね。だけども、良くないことが起きるというのは、聞き捨てならないじゃあないか」

「何が起きるのだろうね。おばばは何か心当たりはあるかい? おいらにはさっぱりだ」

「おれにもまったくだ。だが、猩々しょうじょうというのは森や山々、自然の意志だ。だから、何かそう言うところで悪いことが起きるのかも知れないねぇ」

「どうすれば良い?」

「そうだね。今日から日持ひもちのする食べ物をたくさん準備したらいいんじゃあないか? まぁ、間に合うかどうかは神のみぞ知ることだけど。それから倉庫にある保存食をみんなに配っておしまい」

「うん。分かった」


 松五郎は若者3人と、それから他の老人たちと毎日、良くないことが果たして何なのか分からないけれど、とにかく懸命に準備をしました。


 それから2週間後、これまでの蓄えたくわえと合わせて20人の村人がなんとか3か月は食べていける量を準備できた夜に、とうとうよくないことが起こったのです。


 その日は昼間っからなんとも湿った風が強く吹いていましたが、夜になるとそれはいよいよ勢いを増して、ごおー、ごおー、びゅおー、びゅおーと吹き荒れ、大きな雨粒が家の屋根や壁をばたばたと叩きました。


「おお、恐い、恐い。こんなに強い風は初めてだ」


 長く生きたとらでも今まで経験したことが無いような大風おおかぜでしたが、とらと松五郎は身を寄せ合い、なんとか恐怖に打ち勝ちました。

 家もどうにか吹き飛ばされずにが明け、二人で村の様子を見て回ると、1軒、ぺしゃんこになりかけている家があるくらいで、誰にも怪我けがはなく、大きな被害はなさそうです。


「ここは森に囲まれているから、風の勢いが弱まって助かったんだねぇ」


 なるほど、とらの言う通りだと村の中を見て回った松五郎は思いました。そのとき、ふと思い出したのです。自分が5歳になるまで過ごしたふもとの村のことを。


「おばば、おいらぁ一っ飛びひとっとびふもとの村の様子を見てくるよ」

「およしよ。ふもとの村の連中がお前に何をしたのか忘れたっていうのかい?」

「でも、それでもおっとおとおっかあが心配でしょうがないんだ」

「どうしても行くのかい?」

「うん」


 とらは少し黙って考えた後、松五郎に優しく話しかけました。


「なら、若い衆をみんな連れて行きな。みんなふもとの村のだったろう。それから食べ物も持って行くんだ。あの大風おおかぜではきっと食べ物も飛ばされっちまっているだろう」

「うん。分かった。終わったらすぐに戻ってくるよ」

「そうだな。また一緒に暮らせると良いな。あ、ふもとの村の中に入ったら、ちゃんと村長そんちょうさんに挨拶あいさつするんだよ。お前たちはよそ者に見えるだろうからね」


 そうして松五郎は権三郎こんざぶろう久太郎きゅうたろう弥兵衛やへえと一緒に幾ばくいくばくかの食料を籠に詰め、老人たちに見送られて村を出発するのでした。


 木々を抜け、子連こづ地蔵じぞうを通り過ぎてからしばらく歩くと、山裾やますそに広がる光景に4人はまったく口を開かなくなりました。


 多くの家は潰れ、畑は水浸しみずびたし。その中を幾人いくにんかの人がトボトボとちからなく歩いています。ああ、これは大変なことだとだれかれも思うでしょう。4人も同じでした。

 早速、山に近く、被害が少なそうな家で村長の居場所を聞き出して、挨拶に行きます。4人が顔を見せると、村長はぎょっとした顔をしていましたが、手伝いたいと言うと、大層たいそうな喜びようでした。

 4人は村長にそれぞれの家族のことも聞きましたが、生き残っていたのは権三郎こんざぶろうの家族のみで、あとは昨晩の大風おおかぜ大水おおみず、あるいは松五郎の家族などは欠落かけおちしてしまって行方知れずになってしまったとのことでした。


 それでも4人は後片付けを手伝い、持ってきた食料を配り、大水おおみずが完全に引いた後は、畑を作り直すことばかりか家や小屋を建て直す事、お殿様の命令の堤防づくりも一生懸命にやり、多くの村人たちからとても感謝されながら、あっという間に3年がちました。

 不思議なことにその3年の間、誰も姥捨てうばすての村のことを思い出しませんでしたが、あるとき誰かが口にしました。


「ああ、いけねえ。そろそろ村に戻らなければ心配しているだろうなあ」


 松五郎もとらのことを思い出してうなずきます。


「ああ、そうだなあ。みんな元気でやっているかな」


 そして4人はすぐに子連こづ地蔵じぞうの辺りから森の中に分け入り、村へ帰ろうとしました。

 けれども、進めど進めど一向に村には辿り着けませんでした。


 その後も思い出しては村に行こうとしましたが、いつしか4人は子連こづ地蔵じぞうもどこにあったのか、村にどんな人が住んでいたかも思い出せなくなってしまいました。


 それから沢山の月日つきひが流れて、松五郎もすっかり白髪のお爺さんになり、何人なんにんもの孫に囲まれて長閑のどかに暮らしています。

 あるとき、あの村のことをふと思い出しては思うのです。


 ああ、あれはきっと捨て子すてご不憫ふびんに思った子連こづ地蔵じぞう様が神隠しをしてくださったのだなあ、と。


〔おしまい〕

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【童話風】神隠しの松五郎と姥捨てのとら 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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