第2話 姥捨てのとら

 松五郎がとらの住む隠れ里かくれざとのような村に来てから、もう随分とちました。春夏秋冬を11回繰り返しました。

 最初、とらの言っていたことが嘘だと分かったとき、そして自分が両親に捨てられたと分かると、それはそれは大きな声で一週間は泣いたものでしたが、その後はとらと一緒に、本物の親子のように仲良く暮らしています。とらと、それ以外の大人たちも大変に物知りで、松五郎に読み書きや、虫や草や花や木、お天気のことなどを優しく教えてくれました。


 村に来たばかりのときは松五郎と同じ年頃としごろの子供たちが、男の子ばかり6人、暮らしていました。とらが言うには、ふもとの村で大きな飢饉ききんが起こって作物さくもつが少ししか収穫できなかった。だから、多くの子供たちが神隠しかみかくしにあった、ということらしいのです。


 その6人の子供のうち、7つになるまでに3人が極楽浄土ごくらくじょうどに行ってしまいました。『7歳までは神のうち』と言って、7歳までに死んでしまう子供が多いんだと、これも松五郎がとらに教えてもらったことです。


 だから今はとしの近い若者が、松五郎を含めて4人います。でも、この村にいる若者はその4人だけでした。


 なぜかって?


 それはここが姥捨うばすての村だったからなのです。


 ふもとの村と、それから峠を一つ越えた隣村となりむらでせっせと働き、歳を重ねて老人となった者たちは自分でそれまでの家を出てこの村に集まります。そして山と森からかてを得て気ままに暮らし、やがて仲間に見送られながら極楽ごくらくへと旅立つのです。そんな風習ふうしゅうがもう100年も続いていると言います。

 だから、とらは松五郎に常々つねづねこう言うのです。


「松五郎、おれが死んだら山に埋めてくれ。こんな枯れた体でも少しはお山の栄養になるだろうさ」

「ああ、分かった。だが、おばばは11年前から同じことを言っているな。一体いつになったら山に埋められるんだい?」

「おれはいつでも準備が出来ているというのに、死神のやつが尻込みしてんのさ。まったく情けないねぇ」

「ははは、それなら当分は来ないだろうねぇ。閻魔様えんまさま辿たどり着くまでにおばばの憎まれ口を聞かされ続けるんじゃあ、やっこさん死神も迎えに来たくなどないだろうからねぇ」

「ふん。まったくお前は昔から可愛かわいげのないことだよ」

「まぁまぁ、そう言うなよ。これでもおいらはおばば大層たいそう感謝かんしゃしているんだよ。あのときひろってもらわなけりゃあ、熊の腹の中に収まっていたかもしれないんだから」

「じゃぁ、もっとうやまいな」

「はいはい」


 これが仲の良い二人のいつもの会話でした。でも、とらの機嫌が良いときは松五郎をめることもありました。


「お前さんと、あと他の誰だっけ。ともかく若い衆が来てくれて本当に助かったよ。老いぼれだらけじゃ力仕事も進まないからねぇ」

権三郎こんざぶろう久太郎きゅうたろう弥兵衛やへえだよ。そろそろ覚えたら?」

「ああ、済まないね。歳をとると覚えるより忘れる方が早くなっちまうもんだから、こればっかりはしょうがないんだ」

「そんなもんかい?」

「そんなもんだ。実際に歳をとったおれがいうのだから本当だよ」

「おばばの『本当』はどうだか、てにならないからなあ。おいらを拾ったときもとんでもない嘘つきだった」

「おや? そんなことあったかね?」

「あったよ」

「……はて、何の話をしていたんだっけ? おれは裏の畑を見てくるぞ」

「相変わらずおばばの物忘れは都合が良いもんだ」


 松五郎に権三郎、久太郎、それから弥兵衛の4人が大きくなってから、今まで小さな畑しかなかったこの村にも少し大きな畑が作られました。老人たちから色々教えてもらって、育ててもらった恩返しとばかりに、少しずつ開墾したのでした。

 お陰で木の実や山菜さんさい大和芋やまといも、それから猪や鹿ばかりだった村の食べ物に、人参、大根、薩摩芋さつまいもが加わって少し豪華になりました。そして、食べ物を保存する倉庫も建て、いざというときのための備蓄もたくさん出来るようになりました。


 4人の少年は知っていました。村に住む老人たちは死ぬ準備のためにここで暮らしているけれど、決してみじめな死に様しにざまさらしに来ているのではないと。だから、最期さいごまで楽しく暮らせるようにするためにと、みんなで話し合って懸命に働いたのです。


 これからも、この先も、あの事件が起こるまでは、きっと。

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