第23話 曲者でござる

「ジャネット博士はホムンクルスを研究しているのか」

「博士って呼ばれるの小っ恥ずかしいからサ、気軽にジャネットって呼んでくんない?」

「ジャネットはなんでそんなスケベな格好してるんですか? 旦那様の目によろしくないんですけど」

「キャー! リンリンが話しかけてくれたうーれしー!」

「ギャー! やっぱり話しかけないほうが良かった! 抱きしめないで暑苦しい!」

「博士こんな狭いところではしゃがないでください。申し訳ありませんアルザ殿」

「そこの鬼乳女は何旦那様にすり寄ってるんですか!」

「……早く進んでくれないかな。暑いんだけど」

 

 狭い通路の中を、四人がギャーギャー言いながら降りていく。

 ジャネットが興味があるというので、客が履けた段階で「休憩中」の看板を出し、地下室へと案内したアルザ。二人っきりにさせまいとリンネが続き、当然のようにフレデリカもついてきたのだった。


「はえーここが! ……って花壇にマンドラゴラ植わってるじゃん! ウケる!」


 地下室に入ると、その光景にケタケタと笑うジャネット。指差すのは元あった花壇。そこにはマンドラゴラが植えられている。

 以前見つけた時から魔力がみちみちているのが気になっていたアルザ。試しとばかりにマンドラゴラを植えた所、想像以上に元気に育ってしまった。

 というか育ちすぎて皆ムキムキになっているのが謎である。耳栓をして引き抜くと「イエスマッソゥ!」とか「ナイスバルク!」とか微かに聴こえてくるのも少し不気味であった。


「はー、こりゃまたコテッコテの祭壇だ。もう全滅したと思ったのにな」

「ジャネット。全滅って? ここは祭壇なのか?」

「そだよ。この上墓場でしょ。そこから魂の残滓ざんしを土でし取ってさ、この棺に貯めるんよ」

「……死靈魔術ネクロマンシーか?」

「それよりヤベーかもね。ここに入れるのはそう、例えば人の元になる素材とか。一番いいのは卵だね卵。栄養満点だ」

「卵? アレが?」

「そ。モンスターとかの卵を人の魂を移して無理やり中の。そうしてこの棺に魔力が満ちた時に生まれるのサ。ホムンクルスってやつが」


 そう言われてゾッとするアルザ。

 人の魂の残骸を満たして、存在を書き換えて作る。そんなのが許されて良いのだろうか。

 顔を上げてみると、確かにここは隣の墓地の真下になる。ここにある花壇も魔力がみちみちているのは、まさか死んだ人間たちの魔力が大地に分解されたのを、再び集めたからなのだろうか。ともすると棺の周りの花壇に見える場所は命が湧き出る場所と魔術的な定義もできる。

 よくよく見ればなるほど、この少しカーブのかかった壁のこの部屋はフラスコに似る。フラスコの中の人ホムンクルスとはよく言ったものだ。


「あーし実は公的にホムンクルスを研究させてもらってっからサ。こういうの見っけたら通報する必要がアンのよね。多分ここ、元々はぐれ錬金術師の違法工房だったんだよ」


 だからあんな顔をしたのかと納得するアルザ。やはりこのウェイ系、ただ者ではない。


「じゃあ、あの卵から人みたいなのが出てくるって事か?」

「さーてね。さっき魔力気合いをガッと注入しても反応なかったから、失敗したんじゃね? 変に弄くられちゃったから、羽化しないままずーっと卵のまんまだったんだよ。何のモンスターか知らねーけど酷なことすんね」


 捨てられたようにあったのはそのせいか。

 しかしその僅かな成功率のためにモンスターの卵すら利用する。

 違法錬金術師の業の深さに、アルザはただただため息が出た。

 

「いや〜しかしよかった。せっかくダチンコになったアーちゃん牢屋にブチ込まなくて済んだわ~」


 出会ったばかりの人間をダチンコと呼びつつも、場合によっては牢屋に入れようとしていたのか。

 このジャネットという女性は油断がならない。どこまで本気なのだろうか。それともなーんも考えていないウェイなのか。

 

「旦那様、このウサミミ旦那さまと同じサイコな匂いがプンプンします」

「同じとは失敬な」

「いえーいサイコ同士~!」

「ジャネットも何がそんなに嬉しいの!?」

「……リンネ殿もそう思いますか? 実は双角鉄剣団オーガー・ソードマンズでもちょっとそんな話題になっていまして」


 珍しくリンネとフレデリカの意見が一致したらしく、ヒソヒソと話し込む二人。

 リンネには散々サイコだの何だの言われて慣れていたと思ったが、真横にホンマモンがいて同族にされるのは中々クるものがあった。


 結局ジャネットのハイテンションに付き合わされて、隠し部屋から戻ったときには西日が差し込んでいた。「ちょっと調べさせて」が二時間以上かかるとは思いもよらなかった。


「っはー! スッキリした! 知的好奇心満ターン!」

「それは何よりだ……俺は疲れたよ」

「私もですよ旦那様。そこのデリ嬢から旦那様を守るのに必死でした」

「わたしは何もしていないが……む! アルザ殿!?」


 突然フレデリカが何かに感づいて、一歩出ては腰のショートソードを引き抜いた。

 アルザは何だろうと視線を店に移した瞬間、彼もまた腰のカタナに手を伸ばし、胸元から手裏剣を取り出した。


「へ!? 店が荒れてる!? 棚がぐちゃぐちゃじゃないですか!」

「はぁ!? アーちゃんの店、強盗でも入った!?」

「二人共隠れてろ!」


 そう言ってアルザとフレデリカは目を合わせて頷くと、二人は慎重に店の中を警戒しながら進んでいく。

 店の中は無惨な姿だった。整列していた回復薬のビンは崩れて何個か落ちている。その落ちたものは強引に蓋が食い破られていて、中身がこぼれていた。

 そのほかの棚も物色――というよりも這い回ったように崩されている。鉢に植え替えられて販売されていたマッスルマンドラゴラも腕を食いちぎられてションボリしていた。


「アルザ殿! あれ!」

「……卵が!」


 カウンターに目を向けると、なんと卵がパッカーンと割れていた。

 積まれていた小銭の山も崩されて、しめ縄も無くなっている。


「きっとジャネットが魔力を込めた時だ」

「すいませんアルザ殿。博士はああいうところがありまして」

「いいさ。遅かれ早かれこうなったのかもしれないし。それよりも出てきたヤツだ。ジャネットが失敗というなら」

「遅れて生まれてしまったモンスター、ですね」


 ゴソゴソ、と至るところで音がする。

 隠れながら動き回るそれは、細長いなにか。

 尻尾から察するに蛇。

 とすると、獰猛なラミア族か。

 アドリブではあるが、アルザとフレデリカの息はピッタリだった。下手に動かず、それでいて先回るように確実に追い込んで――しばらく。やっとのことでカウンターへと誘い込む事ができた。

 未だ相手は姿を見せていない。これだけ動き回ってもだ。それは生まれたてなのに知性があるということに他ならない。

 いよいよアルザが手裏剣を振りかぶり、フレデリカがショートソードを青眼に構える――


「旦那様? どうなりました?」


 リンネが静かに、おずおずと隠し部屋の扉から顔を開けたその時だった。

 バッと躍り上がる、太い縄のようなもの。

 それはカウンターのカゲから一直線にリンネの方に飛びかかった。


「しまった! リンネ隠れろ!」

「へぇ!?」


 一手遅かった。

 アルザが手裏剣を投げるする前に、リンネへと飛びかかったそれは――



 ――もふん。



「みょわ! 何かモコモコしたものが!」


 わたわたとするリンネの顔に、何やらもっこりしたものが取り付いた。


「ッ! この! リンネ殿から離れろ!」

「待ったフレデリカ。何か変だぞ?」


「パミー!!」


 甲高い声が響く。リンネがようやくそのモコモコを取り外すと。


「ななななな!? 蛇!? いやドラゴン!?」

「パミー!」


 猫のような声を上げるのは、確かにドラゴン種。背中に小さな羽は生えているが手足は無く、そして細長い。顔は蛇ではなく角のあるドラゴンの顔。首周りにはたてがみなのかモフモフの毛が生えていて、一瞬綿花の塊のようにも見える。その雲のようにモフモフの周りには、卵の時に飾っていたしめ縄がひっかかっていた。


「だだだだっ旦那様!? ナニコレ!?」

「リンネ大丈夫か!?」

「パミー!」

「うわばばばめっちゃ舐めてくるうばばばば」

「……すっげ。これイエロードラゴンの幼体じゃね?」


 と、隠し扉から出てきたのはジャネット。リンネの顔をベロンベロン舐めてくるドラゴン種のたてがみをつっついていた。


「イエロードラゴン? 東の国で言う『黄龍』ってやつか?」

「アーちゃん博識! てか、スッゲーの触媒にしようとしてたんだな。そらホムンクルス精製失敗するわ。あの程度の精製空間フラスコで五大元素龍に効くはず無いじゃん。ウケるー!」

 

 ウケるー、で済む話ではない。

 ジャネットの言う五大元素龍とは錬金術の基礎となる考えにもなった、この世の理を示すドラゴン種。互いに活かし合いそして封じあうという、東の国の言葉でいうならば「相克そうこく」の考えの元になった存在だ。

 

「五大元素龍!? そんなのがこのうばばばば」


 宝物と洞窟そして炎を司るファイアドラゴン。

 大海と深淵または静謐を識るブルードラゴン。

 至高の魔力と樹の代弁者エメラルドドラゴン。

 魔と闇の狭間を揺蕩たゆたう隠者ブラックドラゴン。

 そして雷と幸運のシンボルであるイエロードラゴン。

 なんとその一体が、このシュリケン薬局で生まれてしまったのだった。

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