第24話 女子会でござる

 シュリケン薬局は基本夜の八時まで営業しているのだが、今日ばかりは臨時休業の看板を出さざるをえなかった。理由はもちろん、ドラゴンの幼体の誕生である。


「パミー!!」

「ああはいはい、そこがお気に入りですかね」


 シュリケン薬局の二階。アルザは店の片付けを手伝ってくれたフレデリカとジャネットの二人をリビングに通していた。円形テーブルに席を並べると、アルザがせめてもの礼だと茶と菓子を出していた。

 本来ならリンネがやると言い出すのだが、今回に限っては休ませた。

 何故なら彼女の頭にはイエロードラゴンの幼体がとぐろを巻いて乗っている。まるで指定席とばかりにだ。

 この幼体、何故かリンネに懐いている。離れようともせず、周囲の人間にも愛想のようなものを振りまく。

 その可愛さたるや凄まじく、用心深いアルザですら「まあ害は無いからいいか」となるほどである。


「なんで私の頭にとぐろ巻くんですかねこの子は。半分浮いてるのかメチャクチャ軽いのも何か不気味なんですけど」

「パミー!!」

「はいはい、お好きにどうぞ」

「お、驚いた。リンネ殿はドラゴンテイムのスキルを持っていたのか!?」

「いや知りませんけど……試しに命令してみますか。ほらタワシちゃん、デリ嬢の角甘噛してきなさい」


 リンネがタワシと名付けたイエロードラゴンが、「パミー!」と叫んでフレデリカの頭にまとわりつくと、言うとおりにアムアムと角を甘噛しはじめた。


「ひゃん! や、やめあっちょっとああっ!」


 途端に変な声を上げるフレデリカ。テーブル席でぴしっと座っていたのに、今やだらんと脱力。どうもオニ族の急所は角らしい。

 

「タワシちゃん戻って。このデリ隊長すぐ部屋を卑猥18禁にしますから」

「パミー!」

「はぁ、はぁ……本当にドラゴンテイムできている……」

「だっはっは! デリちゃんかわいーだっはっは!」

「タワシちゃん、今度はあのウサミミです。甘噛みしてぺろぺろ舐めちゃいなさい」

「パミー!」

「あっちょっとリンリンひゃああん!」


 アムアムと甘噛すると、ジャネットがふにゃあと脱力した。フレデリカの時よりも効果はバツグンで、タワシちゃんがレロレロと舐め始めると「あん」とか「だめ!」とか割と本気の声を上げる。何だか可愛そうにもなってきたので、リンネはタワシちゃんを呼び戻していた。


「パミー!」

「よしよしいい子ですね。ご褒美にクッキーあげましょう。旦那様が作ったやつですけど」

「パミー!!」

「はぁ……はぁ……ひ、ひでーなリンリン……」

「本当にテイムできてるじゃないか。リンネ、そんな才能があったのか?」


 エプロンをつけたアルザがハーブティーのポットと可愛いティーカップを持ってきた。慣れた手つきでハーブティーを注ぐ。


「私も驚いてますよ。あったとしてもレベル2の私がドラゴンに会えるだなんて思わないじゃないですか。隠れスキルが開花したみたいな感じですかね?」


 テキトーにそう言うも、その可能性はおおいにあり得る。

 本来ならスキルとはレベル1から順々に練習なり経験なり積み上がっていくもの。だが時折、最初から高レベル帯を所持している者がいる。

 人はそれを才能と言うが、殆どの場合死にスキルのまま、気づかないで一生を終えるものは多い。

 例えば料理人になりたいと努力してようやく料理スキルを身に着けた人が、ギルドなどで詳細なステータス鑑定を行った結果、実は騎乗スキルに秀でていたなどなど。この場合はその不幸を嘆くか、馬で料理を届けるデリバリーの道を歩むかは人それぞれである。

 俗に女神の気まぐれと言われる隠れスキル。

 リンネの場合は荷運び師ポーターなのに実はテイムスキルが馬鹿に高かったということだ。人生とは時に悲劇であり、このように喜劇でもある。


「てかやっべーなシュリケン薬局。元ニンジャの薬師にドラゴンテイマーの荷運び師ポーターとか」

「ドラゴンテイムというよりもただの刷り込みのような気もしますけど。タワシちゃんアゴ。尻尾。もふもふ」


 そう言うとタワシちゃんは空中でクルリと回り、差し出したリンネの掌に顎を乗せ、尻尾でタッチして、首回りのたてがみでモフモフスリスリしてくる。よくできましたとクッキーを渡すと、タワシちゃんは可愛く鳴いてあむあむとクッキーに食らいついていた。


「完全にソレ、ドラゴンテイムっしょ。イエロードラゴンなんて生まれたてでもけっこう知能もあるし。人間なんて初っ端から見下してるハズだよ」

「パミー!!」

「う、うー。だとしたら私には身分不相応な力です。だ、旦那様ァ」

「良かったじゃないか。君の特技がまた一つできた」

「これはこれでキャラクター崩壊といいますか。明日から旦那様にどう甘えればいいんですか」


 頭を抱えて机に突っ伏すリンネ。タワシちゃんが一回浮いたが、突っ伏すリンネの後頭部にまたトグロを巻いて乗っかる。


「リンネ殿、今度冒険者ギルドに言って人物鑑定をしてもらうといいですよ。何なら双角鉄剣団オーガー・ソードマンズの推薦もつけてあげましょうか?」

「借りになるのでヤです。てかドラゴンテイムってだけで何言われるかわからないですからヤです」


 突っ伏したままイヤイヤと首を降るリンネ。上に乗っているタワシちゃんは「ピー!」と嬉しそうである。


「本当にドラゴンテイムのスキルがあるなら冒険者ギルドから補助金が出ますよ。テイマーは餌代がかかりますから」

「あとアレだ。定期レポート。レアスキル持ちとか、高レベルスキル持ちに補助金くれんの。けっこうイイ小遣いになるんよ〜」

「仕方ありませんね。タワシちゃんのごはんのためです」


 スーッと起き上がるリンネの目はコインの色が宿っている。

 お金のことになると優先順位がグンと上がるのはリンネの性分と言ってもいい。


「冒険者ギルドに行くなら俺も行くよ。少しは顔見せに来いって言われてて」

「実家の親みたいな言い方しますね冒険者ギルドは」

「アルザ殿は時の人ですからね」

「それにしてもこれ! んま〜〜い! アーちゃんのクッキーお〜いし〜!」


 木皿に置かれたクッキーの山がポイポイとジャネットの口へと放り込まれていく。

 話をしているうちに、静かにしていたジャネットがバクバクと食べていたようだ。


「あっこら! 旦那様の焼いてくれたクッキーを!」

「いっひっひ早いもん勝ちだもんね」

「焦らなくてもいっぱい焼くから。リンネはいつも食べてるんだからいいだろ?」

「そう言う問題じゃないんですよ。もう。はいタワシちゃん」

「パミー!」


 リンネが口に運ぶ半分くらいを頭上のタワシちゃんに渡している。果たしてドラゴンとはいえ生まれたばかりの幼体にクッキーを与えて良いものか解らないが、タワシちゃんも嬉しそうなのでアルザは何も言わなかった。


「こりゃ山ほど焼いてこないとな。ちょっとキッチンにいるから」


 そう言ってアルザが奥のキッチンに引っ込んでいく。

 それを見届けた三人+一匹がガッとテーブルの中心に顔を寄せていた。


「ねえアーちゃんて何であんなにスペックたけーわけ? こんなに自然にクッキーなんて焼かねーよ? しかも美味いし」

「旦那様は目つきが悪い以外は本当にハイスペックなんですよね。薬の調合と同じだってお菓子大量に作ってくれます」

「何ソレ羨ましい。あーしも調合スキル結構なモンだけどお菓子なんか作れねーよ?」

「とするとガチの料理スキル持ちですね。こんだけ女をタラシこむスキルばっか持ってるのに不能ED疑惑があります。色仕掛けしてもまっっっったく効きません」

「いやそれリンリンがロリすぎっからじゃね? 犯罪も良いとこなんだけど」

「失礼な。これでも色々努力してるんです。合ロリですもの」

「パミー!!」

「わたしが擦り寄っても全くダメだ。アルザ殿は相当女に慣れているか、男好きの可能性がある」

「いえ、一丁前には性欲があるっぽいです。一緒に歩いてて時々美人を目で追ってますから」

「っべーわっかんねえ。てかさ、アーちゃんってマジで何者? 追放された元ニンジャとかウソっしょ」


 ヒソヒソと密談する三人。女性が三人集まれば何とやらである。今日会ったばかりのジャネットも既に打ち解けていた。

 議題は当然のようにアルザなのだが、リンネを含めてあまりにも彼が謎すぎると首を傾げる。


「レベルも8ですからね旦那様。私も追放は嘘だと思ってます」

「はち!? わたしですら5になったばかりなのに!?」

「いやいや勇者の二つ下とかありえねーって。でも調合スキルは間違いなくレベル5を超えてんね。国家公認の博士号のあーしが6なのに。やべーってマジで。採取スキルもパねえよアレは。一目でわかる」

「……やっぱり人殺してるんでしょうか。超有能のくせに追放されるっていったら理由は一つですよ。あの目はどう考えたってヤバいですもの」

「でも、良いですよねアルザ殿の目。ゾクゾクするというか。戦う者の目というか」

「出たよ戦闘民族。デリちゃんそこんとこブレねーのな」

「気が合いますねデリ隊長。あの目は確かに怖いですが何というか、子宮にクルというか」

「だっはっはっは下品極まりねー! リンリンさいっこー!」

「パミー!!」


 何やら盛り上がっていると、キッチンから顔を出して見守るアルザ。

 頭にとぐろを巻いたタワシちゃんを乗っけて、リンネは楽しそうに笑っている。

 何だか子供に初めての友達ができたような、そんな気分だとアルザの心はホッコリする。

 まさか、ニンジャとして人を殺める技を覚えてきた自分がこんな幸せに恵まれるなどとは。

 師の去り際の捨て台詞めいた「好きにしろ」は、もしかしてコレを言っていたのだろうか。

 何にせよ、自分のしたいことをしてよかった。アルザは珍しくキッチンで鼻歌を歌った。


 シュリケン薬局は今確かに、幸せに包まれているのだろう。

 元ニンジャのささやかな幸せ。

 捨てられた少女の夢見た幸せ。

 そして、言葉には出ないが永遠に封じ込められていた者の、生への讃歌。

 

 ――だが幸せには常に代償がつきまとうというものだ。

 

 女子会が夜更けまで行われたその裏で、街の闇は静かに動き始めていた。

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