第22話 ウェイでござる

「はえー、ここが噂のシュリケン薬局! スッゲ! なにこれスッゲ! 全部一級品じゃーん!」


 フレデリカが来店してから二日後の昼。

 珍客が来たとリンネが口をパクパクさせていた。

 アルザもこれはまさに珍客だと何を言わずとも眺めていた。

 冒険者やむさ苦しいドワーフが品を見ている中で一人、娼婦なのかダンサーなのか解らないくらいのキワキワな服装の兎族が、物珍しそうに店内を歩き回っていた。

 少し褐色肌にウサミミを生やした彼女は、へそ出しシャツにホットパンツ、さらには網目のストッキングにロングブーツといかにもな服装。それなのにローブを羽織っている。魔術師か錬金術師か、あるいは同業者か。しかし全然そうには見えない。むしろ何かのプレイの一環のようにも見えた。


「ひゃー! これゴブリンテノヒラゴケつかってない? あれもこれも全~~~部、調合難しいの扱ってんだ。ウワハハハ、ウケる」

「あのう、他のお客様もいらっしゃいますので」

「へ? 何この子! バリ可愛いんですけど! お名前は?」

「リンネです。このお店の店員ですよ」

「店員!? ひゃーこれで店員! 制服いい趣味してんね~!!」


 止めどなく出てくるウェイな言葉に流石のリンネもタジタジである。

 兎族の女性はリンネの頭をワシャワシャと撫でると「飴ちゃん舐める?」とポケットからキャンディーを取り出してきた。


「いやあの、お客さま――あー、旦那様~むり~陽キャむ~り~!」

「おいおい……あの、何かお探しですか?」

「あ、なるほどアンタが噂のアルザ? アーちゃんだな。今決めた」

「アーちゃん!?」

「話聞いてるよん。あーしここに呼ばれてきてさ。もう少しでデリっち来ると思うんだけど」


 ものすごく砕けた話し方の彼女に、アルザもたじたじだった。

 だがデリっちという言葉から察するに、フレデリカの知人ということなのだろうか。

 随分とウェイである。フレデリカのクラン双角鉄剣団オーガー・ソードマンズはそれなりに厳格な組織であるはずだ。フレデリカ自身もプライベートの格好はああだが、付き合う人間はしっかり選んでいるはずである。


「しっかしホントにすっげーなアーちゃんは。こりゃ確かにギルドが焦るわ。使

「ギルド?」

「ん? 見て分かんない? あーしのギルド」

「ダンサーズギルドですかね? それともサキュバスギルド?」

「こ、こらリンネ!」

「サキュバスぅ? あっはっはっはよく言われるわ-街歩いてると言われるわ-一晩いくらとか。大体股間蹴り上げてやっけどねあっはっは!」


 よく笑うなとアルザは思う。リンネが「陽キャ怖い」と後ろに隠れるほどに笑う彼女は一体何者なのだろうか。


「やっぱりここにいた。博士、また待ち合わせをすっぽかしましたね?」


 ドアベルが鳴る。入ってきたのはフレデリカだった。今回はプライベートではないのか、フルプレートアーマーに身を包んでいる。店内に入るとすぐに兜を脱いでいた。


「あっれそうだったっけ? ヤッベ直で来ちゃった!」

「まあいつもの事です。場所を伝えておいてよかった」

「許してくれるデリッち大好き~! ヒュー今日もキレイだね~!」


 まとわりつく兎族の女性。フレデリカは「まったくもう」とその柳眉を潜めていた。


「フレデリカ。もしかしてこの人が?」

「ええ。件の有力な錬金術師。ジャネット博士です」

「ジャネット=シルドでっす!」


 ジャネットはそう言うと「よろ~!」とばかりにグッとサムズアップ。錬金術師の概念が壊れそうなその格好と言動に、アルザとリンネは面を喰らっていた。


「この人が!? 錬金術師!? しかも博士!?」

「そだよん。いやーカンドーしたよ。噂でしか聞いてなかったけど。アーちゃん今ウチの界隈で有名人だっかんね?」

「有名人?」

「錬金術ギルド無許可のクソ薬師ってのと、史上稀に見る戦う薬師っての」


 案の定悪名も轟いていた。アルザはガックリと肩を落とす。

 本来は錬金術ギルドに許可などいらないはずなのだが、悪しき慣例なのかもしれない。

 多分「協会基金」とか「会員費」とか時には「花代」とか帳簿に書かれる上納金で、「みんな払ってますから」と言ってむしり取られるアレである。


「やーでもあーしも半信半疑だったんだけどさー。すっげえな。元ニンジャってみんなこうなの?」

「いや。俺が忍薬作りが好きだったからだけかな」

「へぇ~、そういう感じなんだ! でもま、そうだよね?」


 毒、と聞いてアルザの顔がスッと真顔になる。

 アルザの表情がここまで変わることも無かったので、リンネは驚いていた。


「毒転じて薬と成る。その逆も然り。回復ローションだってそう。ゴブリンテノヒラゴケの花は魔力を飛躍的に倍増させる。しかも鮮度と配合を少しでも間違えると、傷口から入り込んで細胞をドンドン増殖させる。肥大した細胞は腫瘍になって体を蝕んで――」


 手に取った商品を眺めながら、そうスラスラ言うジャネットの顔は研究者の顔だった。テンションの落差が凄まじい。ルザもリンネも、すぐにこのウサミミがタダものでないということが解った。


「フツーならもっと軽い薬効から手を出すし、慣れたならそればっか使う。でもアーちゃんは毒にもなる薬効のものを完璧に調合する。つまりそれは毒に精通しているから。アタリっしょ?」

「ちょっと博士。ここ研究室ではないので。アルザ殿のお客に迷惑ですよ」


 ジャネットの肩を後ろからガッと掴み、ゆっさゆっさと揺らすフレデリカ。ジャネットは「キャー!」とまるで子供のようにはしゃいでいた。


「すいませんアルザ殿。博士はちょっと落ち着きがなくて。王国から研究室を与えられるほど優秀なのですが……」

「天才とナニは紙一重ってやつですかね、旦那様」


 早くも毒舌が炸裂するリンネだが、陽キャ怖いとばかりにアルザの背中に隠れている。

 そんなリンネが面白かったのか、ジャネットは「こわくなーいこわくなーい」とにじり寄る。


「博士。あの、アルザ殿とお話を」

「ん? ああ、汎用コモン素材のやつ? もちろん卸してあげる。だってスッゲーの見させてもらったし」

「本当か!?」

「ホントホント。これでもあーし顔広いからサ。ああでも、ギルドにはちょっと嫌われてるかもだけど。良くしてくれる素材屋オタクくんたちもいるし問題ないんだわ」


 本来なら素材屋オタクくんたちも錬金術ギルドから睨まれたなら色々と圧力を受けそうなものだが、パリピかつ優しいギャルがお得意様とあれば、彼らもギルドの約束や同調圧力など放り投げて彼女を優先させるだろう。

 馬鹿なと思うだろうが商売も人と人とのつながりである。気持ちいい取引ができれば多少の損も目をつむるというのが人の心というものだ。


「ね、あーしと組んで論文出さない? アーちゃんならソッコーで博士だよ?」

「遠慮しておくよ。俺はのほほんと暮らしていればそれでいい」

「あーんざんね~ん! ま、それなら仕方ないっしょ!」

「すっごい切り替えですね。流石は陽キャ」

「さっきからリンリンはあーしの事避けてるね? なーんでー? ちょっとマジで可愛いからさ~! 抱きつかせてよー」

「リンリン!? いきなり変なあだ名つける! やだ! 陽キャ怖い!」


 ササーッとカウンターに周り、今やコインが山のように積まれた鉄の卵の裏に隠れるリンネ。卵から顔を半分出して「シャー!」と猫のような威嚇をしていた。


「隠れてるところもかーわいー……ん? ナニコレ」


 ジャネットがツンツンと卵を突く。次にカンカンとノックすると、ハッとなって両手で掴んでいた。

 やがてジャネットが何やら魔法を唱えると、卵の真上に青紫色の魔法陣が出現する。それはクルクルと回り魔力の燐光りんこうを振りまいた。

 次の瞬間、いきなり卵の表面にブワッと光る文字が浮かび上がった。今まで真っ黒だったのに、卵の表面には輝く文字でギチギチに描かれた術式。アルザもリンネも、そしてフレデリカも驚いている。


「ジャネット博士? 何だそれは」

「……アーちゃん。これどこで手に入れた? あーし、答えようによってはマジでツブさにゃならねーんだけど」


 ジャネットが振り返る。またしても本気の顔である。

 しかも目には僅かに怒りとも驚きともとれる光が揺れている。


「いきなり剣呑けんのんだな。地下室だよ」

「地下室ぅ?」

「そこの壁が隠し扉になってて。リンネが見つけたんだ。変な地下室に続いてた」


 そう言うと、リンネが隠し扉のある壁に向かう。彼女が叩くと、どんでん返しの扉が音を立てて開いた。


「……マジか。ね、そこ

「何でそれを」

「あっちゃー……よく聞いてアーちゃん。それ、違法ホムンクルスの卵かもしれない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る