第09話 物件探しでござる

「めっちゃ顔覚えられましたね、旦那様」

「衛兵が来た時はどうしようかと思ったよ……」


 王都アイングラード、中央区のとある冒険者酒場。

 バルコニー付きの二階席で、二人は円テーブルを挟み向かい合っていた。

 リンネの目の前には山ほどの料理。小さい体なのにもう三人前は食べているが、その手が止まることはない。

 一方で背もたれに体を預けて、ぐったりとしているのはアルザだった。


「疲れた。そもそも俺、大人数に話しかけられるの苦手なんだよね」


 特に目上の人に詰められると、緊張のあまりヘソの下の丹田たんでん――要するに下腹部に力を込めすぎて、結果便意をもよおす。アルザの数少ない弱点の一つである。


「まあゲイザーの死骸が丸々残ってるなんてそうそうないですから。お陰で報告報酬も素材引取金もたっぷりです」


 相互扶助そうごふじょを兼ねている冒険者ギルドは情報共有が基本。

 ダンジョンで新たな発見をすると報酬がもらえることがある。

 ちょっとした金になれば良いと思っていたのだが、やはりゲイザーは珍しかったらしい。

 それどころか冒険者ギルドが大騒ぎになって、今ここである。


「……流石にマジのレベル8は引きましたけど。旦那様、何者です?」

「追放された使えないニンジャだよ……その辺りも辛かった。やたらスカウトされるし、そうかと思ったら学者も来るし、錬金術師も押し寄せるし」

「いい事じゃないですか。冒険者ギルドから銀の表彰盾シルバー・シールドも貰えました。これで晴れて上級冒険者ですね。一夜ですごい出世です」

「俺は静かに薬師になりたいんだけど。やっぱ解体して薬にしておけばよかった」


 テーブルに置いた表彰盾を見てため息をつくアルザ。

 せっかくニンジャを辞めたのに薬を処方したのは一人、あとはボス級モンスターと人でなし五人を退治。数時間のダンジョン滞在なのにこのキルスコア。ほとんど狂戦士バーサーカーのそれである。


「旦那様。コレはチャンスですよ。今なら物件探しに有利です」

「というと?」

「この銀の表彰盾はギルドから信頼あるパーティーとして認められた証です。これを見せたなら、パーティーの拠点として不動産を融通してくれるでしょう」

「そんな事ができるのか」

「この街はダンジョンで栄えていますから。信頼あるパーティーやクランというのは、地位が高いんです」


 なるほど、と手を打つアルザ。

 ダンジョンを囲うようにしてできた都市だ、冒険者がはばを効かせているのは当然の事。

 同時に、それを逆手にとって悪事を働く者もいるということ。

 リンネの元雇い主もそういうたぐいだったのだろう。


「それにこの国は肩書きがナンボですし。肩書きが無いとどんなに有能でも振り向いてもらえません」

「そういうものなのかな」

「そういうものです。でなかったら私はあんなみじめな思いをしなかったですよ」


 思い返せば確かにとアルザは思う。

 元ニンジャを隠していても、就職活動の時に提示した投擲とうてきスキルや隠密おんみつスキル、調合スキルはそれなりだと思っていたので楽勝だと思っていた。

 だが返ってくる言葉は


「それ、どこで認めてもらったの?」

「ステータス詐称さしょうなんていくらでもできる」


 ……だった。

 世知辛せちがらいダンジョン都市である。

 能力とは別に、肩書きも実績も必要だとは。


「親なし混血の私なんかは、ずーっと無能の烙印を押され続けていました」

「俺はそんな風に見ないけどな」


 そう言うとリンネは途端に顔を赤くする。

 どうやら褒め慣れていないらしい。


「そうやってほだして何がしたいんですか?」


 と口を尖らせつつも、まんざらではない様子だ。


「お優しい旦那様。ならワガママついでに、物件探すなら私は自分の部屋が欲しいです。旦那様が夜な夜な来れるような」

「そういうのいいから。でも、そのくらいはちゃんと確保するよ」

「なら旦那様の部屋は広くないといけませんね。二人用ベッドが置けるくらいには」

「何で君が一緒に寝る前提なの?」

「二度も助けてもらったので添い寝くらいはしないと。お触りもちょっとならいいですよ? 胸は無いですが」

「ホントそういうのいいから」

「……これでも勇気を出して言ったのですが」

「?」

「何でもないです」

 

 今度は不機嫌な顔をするリンネ。

 前途多難である。アルザとしてはこじんまりとした商店で、贔屓ひいきの冒険者相手に売るくらいでいいのに。

 成り行きとはいえ助手がついてきて、ぶっ飛んだ好意(?)を向けられて、半分くらい話を聞いてくれない。

 ただ――


「あ、店員さん。迷宮サソリの唐揚げもう一つ。レモンいっぱいカケてください」


 遠慮えんりょなしに料理を頼み、頬張ほおばるリンネを見て何だか懐かしい光景だなと思う。

 リンネが何歳かは知らないが、アルザはちょうどこのくらいの背の時に師に拾われた。

 師は腹が減っただろと料理店に連れて、何でも良いから頼めとメニューを放ってきたのを覚えている。

 まさか自分も同じようなことをするなどとは。人生何があるかわからない。


「旦那様? もしかして迷宮サソリの唐揚げ、レモンをブッカケるの嫌いな方です?」

「いいや別に。俺はお腹いっぱいだから気にせず食べてくれ」


 そう言ってアルザは胸元から銅製の小筒を取り出し、蓋を開けて丸薬をポイッと口の中に放る。バリボリと飴玉を砕くような音が響いた。


「さっきから全然食べてないじゃないですか。そんなおクスリでいいんです?」

「少食だからね。それよりも君がよく食べるのを見て、昔を――」

「え、私が口にモノを入れたり出したりするのが好き? そ、そういうのはちょっとまだ早いかなと……」


 何を言っても、黙っていてもスケベ側に受け取られる。

 何故に知識だけは一級品なのだろう。思春期か?

 彼女がお下品ワードを口にする度に、周囲から「宿屋でやれ」と白い目で見られる。

 だがいちいち反応しても疲れるだけなので、アルザはもうツッコむのをやめた。


 

 ★ 


 

 次の日から物件探しを始める二人。

 確かにリンネの言うとおり、不動産ギルドは希望の場所を何件か紹介してくれた。


「だからって、わざわざ墓場の側の場所を選びますかね」


 ふくれっ面のリンネがジト目でそう言った。

 アルザの選んだのはなんと墓地の真横であった。

 彼の希望はダンジョンから近く、静かで二階建て以上一階が商店利用可能なこと。工房とリンネのための部屋を十分に確保した上で物置レベルに小さいアルザの私室があればいい。その条件を完全に満たしたのがここだった。

 外見は立派な石造りの建物。比較的綺麗にもかかわらず安い理由は言わずもがなである。


「ここなら静かだし。敵が来てもどこから来るか解りやすいからね。最高の物件だよ」

「旦那様は命を狙われているんですか? まあ百歩譲ってそうだとしましょう。お客さんどうするんですか。お墓参りする人しかいませんよ?」

「だからいいんだよ。仲間の死をいとむ人ってどんな人だと思う?」

「仲間を大切にする人ですかね?」

「その通り。そういう人達が新しい薬局の看板を見たらついでに入りたくなる。そうだろう?」


 アルザは少しだけテンションが上がって興奮気味だが、リンネは「は、はぁ……ご慧眼けいがん……なんですかね?」と微妙な反応である。


「あとは看板ですね。家具ついでにちゃっちゃと鍛冶ギルドに頼んじゃいましょう。手裏剣みたいなデザインなら旦那様っぽいですよ」

「いいね。ニンジャは名乗っちゃいけないって言われてるけど、ニンジャっぽいとか元ニンジャとかならいいだろ」


 ――と、ここまで順調で来たはいいものの。

 家具を仕入れて店も整えたはいいが、肝心の看板が一向にやってこなかった。

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