第08話 三〇〇〇倍でござる

「なんだ、あのガラの悪い人たちは」

「私の足を斬った連中です」

「……つまり雇い主ってことか」


 そう言われるとなるほど、確かに冒険者の風態。

 五人ほどのシンプルなパーティーだが、その面構えはほとんど盗賊のよう。

 

「リンネ、もう少し就職先考えないとダメだよ?」

「私みたいなのはあんなのしか就職先がないんです」

「リンネ。テメェ囮にもならなかったな。使えねえ。だが悪運強えやつだ。薬師に救われるたぁな」


 リーダーと思わしき男に使えない、と言われて震えるリンネ。

 自分の事をクズと言いながらその実、そう言われるショックを和らげるためだったのだろう。

 もしかしたら先ほどのアプローチも、彼らから逃れるためなのかもしれない。

 そう考えると、ほんの少しうとましいと思った事にアルザは後悔する。


「治ったなら戻れ。生きてンなら契約は続いてるぜ。勝手に抜けたらギルドに報告して二度とダンジョンに潜れないようにしてやる」

「おい、それは酷すぎるだろ。それにアンタらが足の腱を切ったんだろう!?」

「何のことかな。証拠も無えのに黙ってな部外者」


 証明できると言えば出来るが、多分言っても無駄だろう。アルザは顔をしかめた。

 

「リンネ。死ぬ前に今度こそ楽しませてもらうからよ。まずは宿屋に戻るぞ」

「……! い、や……は、はい」

「小さくても大人なんだろう? なら意味はわかるよな。迷惑料だよ。安いもんだろ」

「あんたら、本気でそれを言ってるのか」

「兄ちゃん何いい子ぶってんだよ。所詮はテメェも金目当ての無法者、冒険者だろうが。コイツだってそうだが、無能のせいで足引っ張りやがる。雇い主として気苦労をいやさねえとな」

「……」

「良かったなリンネ。お前もようやく役に立てるぜ。が良かったら、いい娼館を紹介してやってもいいぞ」


 下卑た笑いが小さな部屋にこだまする。

 アルザはリンネの顔を覗く。

 彼女の目は暗く、ずっと俯いている。

 そのうち乾いた笑いを上げると、無理に立ちあがろうとした。


「待てリンネ。君には十分な休息が必要だ」

「いいんです。どうせ私なんてクズなんですから。せめて両親からもらった体は大切にと思ってましたけど――どうせ顔も思い出せないんです、最初から体を売っておけばよかった」

「へへ、そういうこった。何なら兄ちゃん、アンタも混ざるかい?」

「……ちなみに聞いておくけど、何をだ?」

野暮ヤボなこと言うなよ兄ちゃん。ソイツの足を治してくれたんだろ? 礼はする。



「――その言葉、高く付くぞ」



 リンネの肩を優しく押さえて、アルザが立ち上がる。

 顔は無表情だが――その氷の目の奥には、人として当然の怒りの炎が宿る。


「リンネ。ちょっと目と耳を塞いでくれるか?」

「へ?」

「いいから。この部屋を出るまでだけ」

「でも」

「そうしたら雇ってあげるから」

「! は、はい!」

「雇うだァ? なんだテメェ。そいつ取ろうってのか」

「ああそうだ。この子は俺が雇う。貴様らのような人間のクズに、指一本触れさせてたまるか」


 アルザは「だからもうどっかいけ」とばかりにしっしと手で払う。

 その時にキラリと手の中が光ったのだが、誰も気づいていない。

 リーダーの男は「舐めやがって」とこめかみに青筋を立て、剣を構えた。


「面白え。こっちはレベル3が五人だぞ。後悔するぜ」

「五人? ひいふう――おや、二人だけど?」

「あぁ? 何を言って……」


 その時だった。

 リーダーの背後にいた三人がいきなり膝から崩れた。

 

「んほおおきもちええええええ!」

「なんじゃこりゃああああああ!」

「女の子になっちゃううううう!」


 崩れて倒れたかと思ったら、白目を剥いて「気持ちいい」とビクビク痙攣している。


「おい! おいどうした!?」

「――針手裏剣。この先には濃縮したサキュバスエキスが塗り込んである」


 アルザが手のひらに握っていたものを見せる。

 それは五寸すなわち十五センチほどの、鉄の長い針。

 ニンジャの専用武器ユニークウエポンの一つ、手裏剣の中でも際立って扱いの難しい針手裏剣だった。


「しゅ、手裏剣だと!? お前ニンジャか!」

「俺は人を殺めるのは嫌いだけど、お前たちは人の道から外れたモンスターだ。モンスター相手なら躊躇ちゅうちょはしない」

「リーダーヤバいぞ! 特殊職ユニーク・ジョブなんか相手にでき――」


 言葉が終わる前に、リーダーの横の男が「ぐっ!」と短い悲鳴を上げる。

 やがて膝から崩れ落ちると「んひょおおおおおおお!」と白目を剥いて痙攣し始めた。


「ひ、ひいい! ど、どうしたお前ら! 立ってあいつを殺せ!」

「無理だな。人は快楽には抗えないもの。この針に撃たれたら最後、三〇〇〇倍の快楽がお前を襲い精神を食い破る」

「精神を……食い破る!?」

「俺のお師匠様は言っていた。『殴られている奴は弱いだけだから放っておけ。だが魂を侮辱された奴には手を伸ばせ』だ」


 恐るべき毒を、アルザは躊躇ちゅうちょなく使う。

 たとえ快楽といっても、度を越せば人の精神を破壊するもの。

 現に針を撃たれた者たちは口では気持ちいいと言いながら、口から泡を吹き出し首を押さえている。まるで猛毒を食らったかのようだ。

 このようにして、ニンジャのスキルは基本的に外道の技である。

 故に魔へ堕ちるニンジャは多い。心を蝕まれ、魔を帯びたニンジャを東の国の言葉で『帯魔タイマ』と呼ぶのはそのためである。

 それを防ぐために、人として在るための心得が数多くある。

 真に強いニンジャほど、人らしくあり続けるのだ。

 皮肉なものである。

 だからこそ、アルザはニンジャらしくないのだろうか。

 師より絶技を受け継ぎながら、人を情を優先して救うことを好む。

 されど彼はニンジャである。

 心に忍ばせた刃を一度見せたなら最後。

 敵を仕留めるまでは絶対に納めることはない。


「お、俺が悪かった! こ、これが契約書だ! リンネはアンタにくれてやるから!」

「くれてやる? 彼女はものじゃない。それは侮辱だな」

「そんな!」

「頑張って耐えるんだな。俺は針を撃ったら何もしないけど、

「ひいいい! 助け――」


 ヒュ!


 目にも止まらぬ投擲とうてき


「うぐっ……んほおおおおおおおおおお!!」


 リーダーは膝から崩れ落ち、膝立ちのまま仰け反ると、勢い余って契約書を離す。

 アルザがそれを空中でキャッチすると、ビリビリと破り捨ててしまった。


「一体何が起こってるんです? え、なにこの悲鳴。雇い主は?」


 リンネが手を耳から外し、目を開けようとした。

 アルザは慌てて「まだダメ」と言って、彼女を再び背負う。

 ゲイザーの死骸を引きずり、背中のリンネを気にかけながらダンジョンを歩くアルザ。

 その途中ゴブリンたちと出会ったが、アルザの睨みに「あ、サーセン」「失礼しゃす」とゴブリンたちの方から道を譲ってくれた。

 

「……もういいですか?」

「いいよ」

「雇い主たちは?」

「話し合ったら君を俺に預けるって。契約書ももらったから、その場で破り捨てた」

「本当ですか、それ」

「本当本当」

「でも、なんか悲鳴が聞こえるような」

「気のせいだよ。幽霊ゴーストでも出たんじゃないかな?」

「そう、ですか。なら、そういう事にします」


 ダンジョンから出る二人。ゲイザーと聞きつけてやってきた高レベル帯の冒険者たちがいたが、片手で引きずるアルザを見て絶句している。

 アルザは何人かから話しかけられたが無視した。彼が恥ずかしがり屋というのもあるのだが、あんな外道たちを見た手前、近寄ってくる人に嫌でも疑いの目を向けてしまうもの。生まれてからずっと気にしていたその氷の目は、下心のある者たちを跳ね除けるには十分役に立っていた。

 

「リンネはお腹空いてないか? ゲイザーを売って金に変えたら、ご飯食べよう」

「タダのご飯ならいくらでも。ご主人様」

「ご主人様はやめてくれ。俺の名はアルザ。アルザ=イザヨイだよ」

「これでも誠意を見せています。アルザ様」

「様もやめて。主従関係じゃない。雇用関係だから」

「じゃ旦那様」

「う、うーん、ま、まあギリ?」

「お兄ちゃんにする?」

「君ハートが強いのか弱いのかわからないね。てか、下手するとハーフエルフの君の方が年上だよね?」

「それ異種族ハラスメントなんですけど」

「ごめんなさい」

「冗談です。旦那様――ありがとう」


 アルザの背の中で微笑むリンネ。

 抱きつくその腕が、少しだけ強くなった。

 何があったのか、彼女もある程度は察したのだろう。

 そうしてハーフエルフの少女を背に、ズリズリとゲイザーの死骸を引きずるアルザの姿は嫌でも目立つというもの。

 この一夜にして、二人の存在は王都アイングラード中の冒険者たちに一気に広まることになった。



――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます!

★や♥、コメントの応援本当に感謝です。執筆の励みになっています!


力はあるのに自己肯定感が低く、そこをつけ込まれたニンジャのアルザ。

無能と己を断じて捨て鉢になっていた荷運び師ポーターのリンネ。

爪弾きにされた者が出会った時、世知辛いダンジョン街に何かが起こる!?


二人の活躍を皆さんで見守っていただけると幸いです。

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