第10話 開業前トラブルでござる

「看板もお客さんも来ませんね」


 カウンターに頬杖ほおづえを付くリンネがハァ、とため息をついた。


「待ってる間に薬を沢山作っちゃったな。工房にこんなに籠ったのは久しぶりだ」


 うーんと伸びをするアルザ。首をコキコキと鳴らして疲れ気味だが、充実はしていたのか顔はツヤツヤしている。


「初めて会った時のヤバいのは無いんですか?」

「ヤバいのとか言わない。気付け薬はれっきとした忍薬なんだからね」

「本当ですか? 正直クセになりそうなんですが」

「……君には二度と処方しないから安心していいよ」

「えーなんでですか! 気持ちよくなるおくしゅりくださいよぉ!」

「人聞きが悪い!」

 

 本気なのか冗談なのかわからないリンネはさておいて、アルザが陳列ちんれつ棚に並べるのは細かくラベリングされた薬たち。

 中には市販では見られないような丸薬が綺麗なケースに納められていたり、粉薬が薄い袋に詰められている。


「立派なブツですね。どれが気持ちいいヤツですか?」

「しつこいな君も。ああでも何個かスッキリするかもしれない」

「わざと怪我していいです? ちょっとダンジョン行ってきます」

「リンネ……」

「冗談ですよ旦那様。怒らないでください」


 リンネが頬杖ほおづえをつきながらニヨニヨしている。

 可愛いのだか小憎たらしいのか。アルザは未だ彼女を測りかねている。


「君がちょっと頬を赤らめて言うのはシャレにならないからね?」

「旦那様をイジってないと暇で死にそうですので。お手軽ニンジャスキルの指南もお腹いっぱいです」

「君、いよいよ俺を構い始めたね」

「恩から来る愛情表現です。それにせっかく旦那様に買ってもらった可愛い服が台無しなんですもん。ストレスも溜まります」

「……その短いスカート、やっぱりどうかと思うけど」

「ただでさえ墓場の前の薬局なんですから、見た目のヒキは大事ですよ」


 ふんす、と鼻息を荒くするリンネ。その格好はメイドともウエイトレスとも思える格好。

 フリフリのついたミニスカートは小さいリンネが着ているからまだ可愛らしいが、身長が高い女性が来たならばたちまちスケベなお店のそれである。

 ちなみにリンネに言われてアルザも服装が少しだけ変わった。今は薬局らしく白無地のローブを羽織っている。

 アルザとしては隠密ステルス性に欠陥がありなんの戦略的優位性タクティカルアドバンテージも無いと抗議したのだが、「旦那様、一体何と戦っているのです?」と言われて目が覚めた。


「これでは誰もここが薬局と気づきません。こないだなんかお客さん第一号かと思いきや、献花けんかの花を買いにきた人でしたから」

「流石に俺も何日もこもって薬作るのは飽きてきたな。鍛冶屋に顔出してみる?」

「ですね。納期はとっくに超えてるんで、これをネタに値切ってしまいましょう!」

「君、けっこうたくましいんだね……」


 

「あのー、すいません。シュリケン薬局ってここ……なんスかね?」



 カラン、とドアベルが鳴る。

 入ってきたのは作業エプロンを着た褐色肌のドワーフの娘だった。

 ようやくお客さんかと二人が目を輝かせるが、来客のドワーフ娘は「あ、違うんス!」と手を振る。


「君は?」

「オレは看板の注文貰ってた鍛冶屋のモンなんスけど……すいません、まだ看板ができなくて。そのお知らせとワビを入れに来たっス」

「えー! ちょっと困りますよアナタ! せっかく旦那様が始めた愛と癒やしと快楽のお店が!」

「言い方ァ!」


 流石にツッコミを入れざるを得ない。

 案の定ドワーフ娘はドン引きである。

 

「愛……快感……!? や、やっぱ薬ってそっちのクスリだったんスか!? こんなヘンピなトコにあるから変だと思ってたんスけど!?」


 ドワーフ娘はそう言うと、引き腰になってズリズリと静かに下がっていく。当然の反応ではある。


「誤解だから。ごめんな驚かせて。それよりお嬢さん、何かあったのか?」

「お、オレをお嬢さんだなんて! い、いやそう言うことじゃないや。あの、それが親方が怪我しちまって」


 その一言で「あー……」と肩を落とすアルザとリンネ。

 確かに鍛治師といえど、危険な仕事には変わらない。

 火を扱い、金槌を振るう。その最中の僅かな気の緩みが、商売道具であるその身を傷つけることなどカンタンに想像ができるというものだ。

 現に鍛治師から納品がとどこおるのはダマされたか、鍛治師が怪我をしたかのどちらかである。

 それを防ぐため、鍛治と言ったらドワーフの工房に頼んだのだが――


「看板はほとんどできてるッス。オーダー頂いた「薬瓶に手裏剣が刺さってるヤツ」って、とってもいいデザインだとおもいやした!」

「はは、そりゃどうも。ウチの従業員が考えたんだ」

「でも仕上げの細けェ作業は親方しか出来ないもんだから……すいません」


 ホウキのようなショートツインテールをしんなりさせて、頭を下げるドワーフ娘。

 どうやら誤魔化しでも吊り上げでもなく、ちゃんとびの品まで抱えている。


「料金は半額でいいんで。しばらく待ってくれませんか?」

「ああ、そう言うことなら――」

「ちょっと待った。その親方さんってどんな怪我なんですか?」

「リンネ?」

「え? 火傷っスけど酷くて。教会でもお手上げだったんスよ」

「そのくらいならなんとでもなります。なんせここは薬局ですからね!」

「ちょっとちょっと、リンネどういうつもりだ」


 ぐいーっと首根っこを引っ張るアルザ。

 リンネは「あー子猫みたいに扱わないでー」とジタバタしている。


「どういうつもりってもちろん、お客さまゲットですよ」

「俺の薬で治して恩を売っておくってことか?」

「そのとおりです。頑固だけど情に厚いドワーフです。傷を治してあげたら一気にお客さん増えますよ?」


 リンネの言葉になるほどと手を打つアルザ。

 というか、最近になってわかったが――リンネは散々辛酸しんさんを舐めたからか、かなり合理的な強かさを持つ。

 自分のことを使えないと言いながら、その実商売スキルが高いのかもしれない。

 もし道が違ったなら、彼女は荷運びスキルも相まって行商でもやっていたのだろう。


「旦那様、そのタラシスキルと上モノのブツでビジネスチャンスを掴むんです!」

「タラシスキルって何だよ……」


 ただ欠点を挙げるとするなら、ガラの悪い連中がたむろする環境にいたからか、端々の単語がとてもお下品で割と毒舌である。

 これを彼女の個性と見るかどうかはさておいて、アルザは興奮するリンネをなだめつつ、彼女をゆっくり下ろす。

 

「ささ、旦那様!」

「わかったわかった――あの、お嬢さん?」

「あうう、お嬢さんは小っ恥ずかしいッス。オレのことはナナって呼んでくださいっス」


 ブンブンと手を振るナナ。どうもお嬢さんと呼ばれるのが苦手なのか、首にかかっているゴーグルを手でもじもじいじっている。


「ナナ。ウチはこの通り薬局だ」

「……? あ、はい薬局でした」

「リンネのせいだぞ……コホン。だから、その親方さんの傷を治す薬を処方してあげるよ」

「え!? いいんスか!?」

「もちろん。すぐ職場に復帰できるようにしてあげるさ」

「ありがとうごぜえやす、旦那サン! ただちょーっと親方気難しい人で。怪我で参ってるんで、処方の前に色々とモメるかもですが……」


 それは織り込み済みだと頷くアルザ。

 ドワーフはもともと職人が多く頑固で排他的な性格だ。

 最初から覚悟していれば気後れはしないというもの。

 それに――


「大丈夫。お師匠様よりアレな人はいないから」

「?」

「何でもない。火傷だったな。ちょうどいい薬があるから持っていこう」

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