第二十四話 感謝したい! 2

「こっちだ」

 僕らの暮らす町、『クリミナ・セレス』の路地をルヴィンさんについて歩いて行く。

「……うん」

 ルヴィンさんとふたりなんてはじめてで気後れするけど、今はお姉ちゃんとふたりでも気まずかったから、ちょっとだけありがたい……。

 ことん、ことん、とルヴィンさんが進んでいく。

 僕とお姉ちゃんがいつも日暮に見回りをするくらいでしか通らないような路地に入っていく。

 僕たちは昼間に来たことはない。

 ゆえの『陽暮ひぐらし』なんだろうけど。


「ここだ」

 と、ルヴィンさんは小さな扉の前で足を止めた。

 ここは、お店……?

 coffeeと書かれたおしゃれな看板がぶら下がっている。

 扉や窓は木で組まれていて、建物はレンガで造られているような瀟洒な見た目の場所。

「喫茶?」

「ああ」

 ルヴィンさんが扉を開くと、カラン、カランと、軽い鐘の音が響いた。

「いらっしゃい——ああ、ルヴィン」

 お店に入ると、カウンターの先で、女性がひとり、コーヒーミルを挽いていた。

 シャツに黒のエプロン、毛先が梳かれたボブの小柄な女性。

 その人以外に人はいない。

「あれ? その子は?」

 女性は僕に目を向けて訊いた。

 吊り目ぎみで、第一印象はクールって感じの綺麗な人。

「ああ、何ていうか、まぁ、友だちだよ」

 そう言ってルヴィンさんは、僕を奥にあった丸テーブルに案内した。

 友だち……、ルヴィンさんにとって僕って友だちなのかな。


「うんしょ……」

 そこそこの高さのあるテーブルにそこそこの高さの丸椅子。

 ぐっと、腰をあげて座ると僕じゃ足が地面につかなかった。

 椅子の足掛けに載せている。

「ルヴィンはコーヒーね。ぼくは?」

 ぼく……。

 店員さんにぼくって言われた。

 まだそんなに幼くみえるかな。

「えっと、じゃあ、カフェオレで……」

 それを聞いて、僕らが入ってきてから今まで表情を崩さなかった店員さんが、ふっ、と柔らかく笑った。


 ことん、とカップとソーサーがふたつずつ置かれる。

「あ、そういえばルヴィン」

 女性が砂糖とミルクを僕の前に置きながら訊いた。

「あ?」

「ふふっ。うちの旦那にやられたんだって?」

 女性が目を細くして言うと、ちっ、とルヴィンさんは舌打ちをして、コーヒーを啜った。

 ?

「旦那さん? ルヴィンさん、何の話?」

「お前、訊くか普通?」

「ぼく、もしかして、耳に入ってない? 『クリティカルガンマン』が『マッスルウィズダム』に負けたって話」

 あ、その話か。

 耳に入るどころか、この目でみてるけど。

「うん。知ってるよ。スティードさん強かったね」

 以前、『クリティカルガンマン』ルヴィンさんと『マッスルウィズダム』スティードさんが名前とプライドをかけて戦った。

 戦うっていうよりは、お手合わせって感じかな。

 ——って、うちの旦那?

 マッスルウィズダム?

 え、

「え……? 今、旦那って言った……?」

 僕が言うと、店員さんは、目を少しだけ開いて、ちょんと首を傾いだ。

「じゃ、じゃあ、スティードさんのおよ、お嫁さん……?」

「ああ、そうだよ」

 ルヴィンさんがさらっと、応えた。

「ええ———っ!」

 『マッスルウィズダム』って、結婚してたんだ。

 それにあの筋肉むきむきスティードさんのお嫁さんが、こんな小柄ですらっとした人なんて……。

「ふふっ」

 女性はふわっと、優しい笑みを浮かべている。

「この町最強の狩人はうちの旦那で決まりね」

「おい、ビート。俺だけじゃなくて、こいつもスティードにボコされてるぞ」

「あら? そうなの?」

 女性は少し驚いたように、目を開いて、僕の方をみた。

「そんな年にはみえないけど」

「こうみえて立派な狩人だよ。ほら、『陽暮』の……」

 あっ、と、女性はぴんときたのか、ぱん、と両手を合わせた。

「きみがうわさの『陽暮』の弟くんか。私はビート。よろしくね。旦那がお世話になってます」

「あ、うん。僕、ランです」

 女性——ビートさんがふわっと笑った。

「そういえば旦那が『陽暮』にも勝ったって言ってたから、もしかしてその時に」

「うん。痛かったけど……」

「狩人である以上、旦那は女性でも子どもでも容赦しないから。ごめんね。代わりに、守られる立場の人たちには優しいんだけどね」

 テューから男の子を守ったときに、スティードさんが同じこと言ってた。

「うんん。大丈夫だよ」

「そう。よかった」

 ビートさんが僕の頭にぽん、と手のひらを載せた。

 お盆を持って、カウンターの方へ向かって行く。

 窓からちょうど優しい陽が入ってくる、小さくておしゃれな喫茶。

 ルヴィンさん普段ギルドにあんまりいないけど、ここが行きつけの喫茶なのかな。

 ——って、

「あ、そうだ。ねね、ルヴィンさん。そういえば僕に何の用事があったの?」

 さっき、ヒイロお姉ちゃんに、僕を借りたいって言ってたと思うんだけど。

「ああ。や、別に。コーヒーでもと思ってだな」

「へ?」

「この前、お前が止めてくれただろ。ヒイロを」

「え、うん……」

 そう言って、ルヴィンさんがカップを口に運んだ。

 ?

 どういうこと?

「ありがとうって、そう言ってるの。ルヴィンは」

 食器を拭きながら、カウンターからビートさんが、そう言った。



——————————


ラン   US〈相手の攻撃スキルの命中率が少し減少〉

     SS〈ローリング・オーバー〉……味方の攻撃力と防御力を反転させる。もう一度使用すると元に戻る。

     AS〈ソード・アタック〉……低威力技。



ヒイロ  『陽暮』

     US〈相手と対峙した時、防御力がほんの少し上昇〉

     TS〈リフレクション〉……ジャストタイミングで使用することで、近接攻撃を無効にし、二倍の威力にして相手に返す。

     AS〈ソード・アタック〉……低威力技。



ルヴィン 『クリティカルガンマン』

     US〈クリティカルの発生率・クリティカル時の威力が上昇〉

     AS〈クイック・ショット〉……三連射。クリティカルしやすい。

     AS〈ライナー〉……必中。クリティカルしやすい。

     AS〈インストゥル・バースト〉……近距離で発動するほど威力上昇。

     EVS《イクスパンション・スターマイン》……〈クイック・ショット〉が進化。膨張する弾丸が相手を包み、爆ぜる。

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