第38話 世界でいちばん愛してる

「ちょちょちょっ!? こんなところで――」


 慌てて制止しようとしたのだが、開かれたダッフルコートの下から赤いビロードの光沢が現れる。


 確か出発する時にはそんな生地の服など着ていなかったはずだ。


 そのまま注視していると、美海はダッフルコートを全て脱ぎ、買ったばかりと思しき服を露わにしていた。


「あ……」


「……ど、どうかな、お父さん?」


 美海の見せて来た服は、チャイナドレスと言われる形をしている、金糸や銀糸による精緻な刺繍が施されたナイトドレスだった。


 体の線がハッキリと出てしまう位に薄く、白い肩を露出するような造りになっている。


 また、両側面のスリットはとても大胆に入れられており、下着の横紐が見えてしまうくらいに深い。


 スカート丈は膝頭を隠すほどはあるのだが、スリットのせいで細長いタオルのような形の布が美海の前後に垂れ下がっているような感じになってしまっていた。


「…………っ」


 総じて綺麗な顔立ちと長い黒髪、メリハリのあるボディを持っている美海にとても似合っており、非常にが十個くらいついても足りないくらいには魅力的だ。


 その為、あまりの美しさに言葉を忘れて見惚れてしまうのも仕方がないのではないだろうか。


「に、似合ってない?」


「い、い……え……あ……」


 あまりの衝撃で言葉を紡ぐことが出来なかっただけなのに、それを否定と取ったのか、美海は顔を悲哀に歪める。


「そ、そうだよね。ごめんね、お父さん。私がこんな格好してもダメだよね」


「――――っ」


「私、おしゃれのこととかあんまり分かってなくて、初海に教えてもらってるんだけど……その、他の男の人じゃなくて、お父さんに喜んで欲しくて……だから……だから……」


 普通の恰好だって出来ただろう。


 けれど美海は敢えてこの恰好を選んだのだ。


 私だけに見せ、私だけを喜ばせたくて、普段できないようなドレス姿になってみせてくれたのだ。


 こんなの、嬉しくないはずがない!


「――綺麗だ」


「ふぇっ!?」


「今までで一番ドキドキした」


「え? え?」


 一度理性の壁が決壊したら、後は称賛の言葉が溢れ出るだけだ。


 だいたい美海は歩いているだけで誘蛾灯の如く男の視線を集めてしまうほどの美少女である。


 それがおめかしをして、かつ私の好みに合わせた格好をしたのだから最高以外になにがあるのだろう。


「私のためにドレスを着てくれたことが、嬉しくないはずがないだろっ」


「で、でもさっきまで嫌そうに……」


「してるはずがないっ! あまりにも美海が美人すぎて言葉を失ってたんだっ!!」


 ドレスの赤に負けないくらい美海の顔が耳まで真っ赤に染まる。


 恥ずかしさではなく、嬉しさで。


「軽い言葉を使うのが嫌なのは知ってる。でも言わせてくれ」


 言葉が止まらないのだから当然行動だって止まらない。


 私は感情のままに美海の背中と腰に手を回して引き寄せ、抱きしめる。


「美海は最高の女性だと常々思っていた。でも、今の美海を見て更に確信したよ」


 腕を緩めてそっとひとつ、美海の額をついばむ。


「君は世界一美しい女性だ。絶対、誰がなんと言おうと私はそう確信してる」


「…………い、言いすぎだよぉ…………」


 私の腕の中で美海が小さくうめく。


 けれど、いくら美海だろうとこの事実を否定することだけは許さない。


「言い過ぎじゃない」


 もう一度額に口づけし。


「厳然たる事実だ」


 頬にキスを落として。


「愛してる」


 唇を奪った。


「…………っ」


「――――んっ」


 たっぷり十秒は唇を重ねていただろうか。


 美海の体から力が抜けて、私に体を預けてくる。


 そうなってからようやく私は口づけをやめた。


「……信じてくれないのか?」


「うぅ、お父さんがテレビで見るみたいな悪い人になっちゃったよぅ」


「まだ言うか、このっ」


 軽口を叩いて来る美海を懲らしめようとすると、それよりも先に美海が私の唇を唇で塞いだ。


「…………」


「…………」


 たっぷりと想いを伝えあってから唇を離す。


 熱いまなざしで互いの瞳を見つめたまま、キスの余韻を味わう。


「……あのね、お父さん」


「うん」


「お父さんが助けてくれてよかった」


 美海を自殺から助けられてよかった。


 なによりも大切な娘を失わずにすんだから。


「お父さんが私を慰めてくれてよかった」


 娘だと知る前に抱けてよかった。


 でなければ、こんな幸せは手に入らなかったから。


「お父さんが私を救い出してくれてよかった」


 それは私も同じだ。


 心臓が動いているだけの毎日同じ行動をくり返すだけの死体。それが私だった。


 けれどもそんな私を救い出してくれたのが美海だ。


 美海こそ私を救い出してくれたのだ。


「ねえ、お父さん。世界一大好きだよ」


 私は美海が好きだ。愛している。


 美海も私のことを想ってくれている。


 こうして世界の片隅でこそこそと隠れなければならない関係だけれど、きっとどんな愛よりも強い。


 美海がしてくれたように、私も腕の中の宝物に精一杯の言葉を贈り返す。


 でも、足りない。


 言葉だけでは届かない。


 だから私はこれから先、命ある限り何度でも娘に口づける。


 そう、決めた。



※こちらはカクヨム規制版になるため、一部表現を変更してあります

この後は18歳未満は御断りの描写が行われますので、未公開となります

えっちな描写込みがご覧になりたい方は、ミッドナイトに連載されている同タイトルの作品をご覧ください

URLは↓です

https://novel18.syosetu.com/n2045hv/

なお、18歳未満はご遠慮ください

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自殺から救った少女は実の娘で、私は彼女を抱いてしまった。堕ちていく娘を、私はただ抱き止めることしかできない 駆威命『かけい みこと』(元・駆逐ライフ @helpme

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