うさぎ狩り

美木間

うさぎ狩り

うさぎ狩りの季節がやってきた。

村はすっぽり雪に埋もれている。


その日、ぼくは、にいさんに連れられて、うさぎ狩りに出かけた。


「どうしてうさぎを狩るの」

「うさぎは困ったやつだから」

「どうしてうさぎは困ったやつなの」

「うさぎはかじる。なんでもかんでも」

「どうしてかじるといけないの」

「そりゃあ、かじられたら、ものは傷むし、人は痛いだろ」

「うさぎは、人をかじるの」

「なんにも食べるものがなくなったら、かじるだろう」


かじられたらかなわんな、とぼくは身震いした。

なんとしてもうさぎを狩ってやろう、とぼくは思った。


今いる山のうさぎは、のがれうさぎ。

明治の御世にうさぎ景気で膨らんで、泡がはじけて飛び出して、山に棲み着いたんだ、とにいさんが話してくれた。


「元からいたうさぎは、どこへいったの」

「逃れうさぎの仲間になったか、山を越えて境を越えて、隣りの山かどこかへいったらしい」

「仲間になったの」

ざりうさぎになったんだ」

「白いうさぎは、どっちなの」

「白くて赤い目のうさぎは、逃れうさぎ。元からうさぎは野山の色に琥珀の目。雑ざりうさぎは、どっちもあるけど、真っ赤な目をしているのは、逃れうさぎだけなんだ」


冬のうさぎは、雪の色。

逃れうさぎも、雪の色。

赤い目だけが、目印だ。


「さあ、行こう。したくはいいか。《みの》蓑着けたか、かんじき履いたか。弁当と水筒持ったか」


ぼくとにいさんは、勇ましく、誇らしく、背丈よりも積もった雪の壁に囲まれた道を進んでいった。



山の学校は、全部で八人。

一年生が三人、二年生が一人、三年生はぼく、四年生と五年生がいなくて、六年生はにいさんといとこが二人。

にいさんたちが卒業してしまったら、ぼくは、上級生として一人で下級生の面倒を見なければならなくなる。

眉根を寄せてため息をつくと、にいさんが笑った。

中学校は、校庭をはさんで小学校の反対側にあるから、困ったらいつでもおいで、と言ってくれた。


うさぎ狩りの日は、みんな、そわそわしている。

小学校と中学校の合同行事だからだ。

にいさんは、からだの大きな中学生に混じっても、見劣りがしない立派な体格だ。


「見逃さんようにな、それ」


小学校の先生が、号令をかけた。


みんなで一列になって、うさぎを裏山へ追いたてた。


うさぎは、はねる。

あっちへ、こっちへ。

みんなは、どんどん、追いたてる。

しばらくして、うさぎは、裏山の裾においつめられた。


「それ、うさぎを、山の上へ追いたてろ」


 先生がまた号令をかけた。


「どうして、山の下から、おいたてるの」

「うさぎは、まえの足が短いから、坂をはやくのぼれないのさ」

「だったら、うさぎをつかまえるのは簡単だ」

「そうでもない」


 にいさんは、首をふって言った。


「なんで、そうでもないの」

「うさぎは、おまじないを使うんだ」

「うさぎのおまじない」

「そうだ。おそがいおまじないで、人を惑わすのさ。今度、うさぎに追いついたら、耳をすませて聞いてごらん」


 ぼくは、にいさんのいう通りに、うさぎに追いついたときに、耳をつかんで持ちあげて、うさぎの顔に、自分の耳を近づけた。

 すると、はっきり 聞こえた。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


ぼくは、うさぎがしゃべったので驚いて尻もちをついた。

それだけじゃない。

うさぎが、観音さんを知っているのにも、驚いた。


ぼくは、手をはなしてしまった。

うさぎは、一目散に跳んでいった。

跳んでいった先を見たら、山が割れて、うさぎがそこに吸い込まれていった。


「うさぎは、干支に選ばれてるから、観音さんのことも、知っとるんじゃよ」


いつだったか、ひいおじいちゃんから聞いたことがあった。

干支の話は、学校で習った。

でも、その時は、そんなのは昔話だと、面白がっただけだった。

ひいおじいちゃんは、まっ白な長いひげに埋もれた顔で、いつももごもご口を動かしていた。

入れ歯の調子が悪いのだ、と言っていた。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


その日から僕の耳鳴りが始まった。

朝から晩まで。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


なにをしていても。

夢の中までも。 


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


ぼくは、たまらなくなって、耳に指をつっこんだ。

そうしたら、指の先に、なにかが絡みついてきた。

慌てて指を抜いたら、うさぎの毛が、ごそっと出てきた。

うさぎの毛がとれたら、おまじないは聞こえなくなった。

ぼくは、指に絡みついたうさぎの毛に、ふっと息を吹きかけた。

うさがいの毛からは、草をむ禽獣の生温かいにおいがした。


やれやれと思って目を閉じると、また、聞こえてきた。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


ぼくの耳から、また、ごそっとうさぎの毛が出てきた。

朝から晩まで聞こえてきて、耳からどんどんうさぎの毛が出てきて、気がついたら、まっ白な毛に埋もれて、僕はうさぎになっていた。

鏡を見たら、顔は、ひいおじいちゃんそっくりになっていた。

人間の年寄りの顔をした白いうさぎ。


「ぼくは、うさぎじゃない」


はっきりと宣言したら、うさぎの毛がごっそり抜け落ちた。

ぼくは、怖くなって、にいさんに、うさぎの毛を見せた。

にいさんは、しばらく手のひらにのせて、眺めていた。

それから、にいさんは、うさぎの毛をいろりにくべた。

うさぎの毛は、ぶすぶす燃えて、全部灰になった。


「おまじないは、とけたよ」


にいさんが、言った。

にいさんは、灰を集めて、ひいおじいさんのお墓の地面にまいた。

そうしたら、今度こそ、うさぎのおまじないの声は、聞こえなくなった。



そうして、雪が積もってから、何度もうさぎ狩りが行われた。

狩りのたびに、ぼくの耳からうさぎの毛がごっそり溢れて、そのたびに、にいさんが、うさぎのおまじないをといてくれた。

といてくれたけれど、耳の奥では、忘れた頃に、かさかさっと音がした。

指を耳の奥に突っ込んでみたけれど、何も触れることはなかった。


「今年はあんまりとれないね」

「今年はうさぎが少ないからね」

「このままだと、かあさんの首に巻く毛皮が残らないね。かあさんは、寒がりなのにね」

「そうだね。今までとれた分は、みんな歩荷ぼっかが持っていってしまったからね」

「うさぎの団子汁にも、ありつけてないね」

「そうだね、かあさんの作る団子汁は美味しいのにね」


にいさんと話しているうちに、ぼくは、なんとしても、今年のうちに一度はかあさんにうさぎを届けたいと思うようになった。

それをにいさんに話すと、叶うといいね、と、にいさんはにっこりした。



年の瀬に、今年最後のうさぎ狩りが行われた。


その時、ぼくは、前の晩に夜ふかしをしていたので、頭がぼうっとしていた。

そんなぼくの足元を、ぴゅんっとうさぎが駆け抜けた。

足を払われ、尻もちをついて、ぼくはごろんとひっくり返った。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


からだを起こして、駆けてくうさぎを目をこらして見た。

雪がちらほらいつの間にか、ぼくのまつ毛に積もってた。

まつ毛のつららの隙間から、逃げてくうさぎが見えた。

山が割れて、うさぎが、割れた山の間を、一目散に駆けていくのが見えた。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


うさぎのおまじないは、鳴り止まない。


「観音 頼む 観音 頼む」


ぼくは、人の言葉で、おまじないを唱えた。


一瞬、山が動きを止めた。

うさぎも、ぴたり、と動きを止めた。

ぼくは、息が詰まって、苦しくなって、転がった。

雪がまぶしくて目を閉じた。

息が楽になって目を開けたら、ぼくはうさぎになっていた。

うさぎになって、にいさんの腕の中で、震えていた。


「うさぎ狩りは終わったよ。今年の冬は、おなかもからだも、あったまることができるよ、ねえ、かあさん」


にいさんは、うさぎになったぼくの耳をつかんで掲げて、うれしそうに言った。


「かんのん たのむ かんのん たのむ」


どれだけおまじないを唱えても、ぼくは、うさぎのままだった。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うさぎ狩り 美木間 @mikoma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ