第15話「試練」

”科学は必ず打ち止めになる。人が空を飛んだところで何にもならないし、宇宙に行くなど資源の無駄遣い。技術屋の馬鹿共はそれを分かっていない。


 人類は進歩を捨て、昔のまま慎ましく暮らすべきなのだ”


とある舞台作家の手記より




 最初に反発したのは、やはりリッキーであった。

 話も聞かずに切り捨てるような言い方に、声を荒げた。


「古代竜は卵を求める者を拒まないと聞きました!」

『昔はそうであった。今はそうではない』

「何故です!?」

『子供に教えてやる義理はない』


 目の前にある筈の希望が、理由すら告げずに彼を拒んだ。

 それが苛立ちは激高に変える。


「冗談じゃない! ぼくは貴方に卵を貰いに来たんだ! だから密猟者とも戦った! あんただってぼくらがいなければ……」


 白竜はぶつけられた感情をも冷笑した。


『我が貴様らに助けられたと? 眠ったふりをしていたのは、あ奴らが我を狩るに値するか見極めていただけだ。期待外れであったがな』


 これにはマリアも、いや全員が唇を噛んだ。

 お前たちは無駄な事をした。命をかけたのは道化だった。

 そう言われたに等しいからだ。


『さあ帰れ。そして二度と来るな』

「……嫌です」


 言いぐさがムカついた。

 ただそれだけの理由だったが、マリアはそう口にしていた。


「理由くらい話してくれてもいいじゃないですか! 私たちが貴方のために命をかけた事は事実なんですから!」

『これだから人間は嫌なのだ。押しつけがましいにもほどがある。石にして送り返しても良いのだぞ?』

「どうぞ、その代わり帰ったら『白竜を助けてやったのに追い返された』と言いふらします。人間に嫌われても気にしないでしょうが、それを聞いた他の古代竜はなんと言うでしょうかねぇ」


 この時、古代竜は初めて無関心以外の感情を表に出した。

 交渉のテーブルには着かせたとほくそ笑む。何故こんな危ない橋を渡っているかを疑問に思いながら。


『貴様……、この場で八つ裂きにしても構わんのだぞ?』

「それこそどうぞ、その場合も悪評は避けられませんよ? 襲ってきた相手に慈悲をかけて、友好を求めてやって来た子供に手をかけたわけですから」


 どうでしょう?

 不敵に笑って、駄目押しにウィンクしてやった。

 白竜は、ふんと鼻を鳴らし、ゆっくり地上に下りてゆく。


『確かに貴様らであれば、喜んで卵を託したであろう。だがもう人間に希望を持つのは止めた。卵を産む事も止めてしまった』

「何故です? 何故そこまで!?」


 問い詰める様なリッキーの前で、白竜は静かに首を振る。


『それは、我が聞きたい』




 竜神とライズ人の間には、悲しい結末が存在する。


 魔法を教わり、作物やウシクジラの育て方を学んだ人々は、格段に豊かになっていた。

 豊かになれば格差も生まれる。魔法の力を巡り戦いが始まった。

 ついには鍵の民を拉致し、技術を独占しようとする者まで現れる。


 竜神は大いに嘆き、同行を望む鍵の民を引き連れ、方舟と共に異界へと旅立った。

 神の恵みを失ったと知った人々は、その加護を永遠に失ったと思い知った。


 人々は何年も祈りを捧げ続けたが、竜神が再び降り立つ日が来ることは無かった。


 これが、ライズ人にとっての「原罪」である。


『我は真に人々が変わることが出来れば、竜神様にまたお会いできる。その一念で多くの勇者に力を授けてきた。それがどうだ! 1000年近く経っても殺し合いを続け、何も学ぶことは無い!』

「でも、大勢の命を救った勇者だってたくさんいます!」


 白竜は再び頭を振った。

 もう希望など無いとでも言うように。


『だが貴様らは異世界にまで戦争をしに行った。地球へ続く門は竜神様が下さった最後のお慈悲だ。貴様らはそれを使って戦火を広げた』


 欧州大戦。

 人類史に爪痕を残す厄災。

 ライズ人義勇兵の活躍は、戦争終結を早めたと言う。だがそれは戦場で多くの人命を奪ったことと同義だ。

 信義のために戦ったが、裏を返せば金のためだ。


『もし自分たちが悪いと言う自覚があるのなら、余計な事はするな。他者を傷つける事を恐れて、停滞の中で滅びを先延ばしにする生き方をしろ。我が言いたいのは、それだけだ』


 それをメローラから聞かされていたから、マリアは何も言えなかった。

 反論など出来ないではないか。高位の存在から、自分達の悪行を突きつけられてしまったら。


「でも、俺は飛びたい! 貴方みたいに飛びたいんだ!」


 一見脈略のない啖呵に、さしもの白竜も鼻白んだ。

 南部隼人は、白竜の眼前に駆け出し、その巨体に向けて掌をかざした。


「停滞なんて嫌だ! 確かに殺し合いは嫌だけど、飛行機があれば色んな国に行ける! 色んな人に会える! 父さんを殺した甲蟲から救い出してくれたのも飛行機だった! 止められないんだ! 空へ行きたいんだ! だから……」

『もういい!』


 独白は、怒気を込めた一喝で遮られた。

 隼人がぶつけたのはエゴそのものだったからだ。それは、正しくない・・・・・

 だけど、正しいってなに・・・・・・・


 そうだ、正しくなくたって良いじゃないか!

 それが真実であるのなら!


「未来の事なんて良くわからないよ! ぼくはただ愛して欲しい。抱きしめて欲しいんだ! それすらも余計な事なのか!」


 2人の言葉を、子供の開き直りと考えたようだ。

 白竜は話にならんと拒絶する。


『人間の信頼などすぐに壊れるではないか! あの日のように!』


 リッキーの目がかっと開かれた。

 いけない。これは言ってはいけない事を言ってしまう!


「そんな事を言ってるから、あんたは竜神に連れて行って貰えなかったんだ!」


 白竜の眼がカッと見開かれる。

 怒りに任せて身を乗り出し、鉤爪の並べられた剛腕を振り下ろした。


 手を伸ばした時、滑り込んできた隼人が、彼を突き飛ばす。

 さっきまで居た場所に、白竜の爪が走り抜けた。


 跳ね飛ばされる体と連動するように、引いてゆく視界。

 吹き飛ぶ隼人の顔から、鮮血が噴き出すのが見えた。

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