第14話「覚醒」

”きゅーきゅー! きゅー! きゅきゅー! きゅっきゅ! きゅー!”


”ええと、「自分も活躍したんだからインタビューしろ」って言ってますね”


パフのインタビューより 解説はマリア・オールディントン





 白竜にむけて一心不乱に駆ける仲間を、祈るように眺めた。


 これ以上自分に出来る事は無い。

 あまりやりすぎれば、狙わずに撃っている露呈するからだ。


 パフを危険に晒すわけにもいかない。


 リッキーは追いすがる密猟者に振り返ると、迷わず拳銃を投げつけた。

 相手は体を逸らして回避するが、その隙にぐんぐん進んでいる。


 彼曰く、ライフルの重量は約4kg前後。槍のように長く、マリアの身長と同じくらい。

 そんなものを抱えてちょろちょろ動く子供を追いかけるには無理がある。


 たまらずライフルを放り出そうとした時、マリアは再び引鉄を絞った。

 2人を追っていた密猟者の注意が逸れる。


「どけ!」


 ライフルを構えた中尉が、部下が左右に散るのを待たず発砲。

 弾丸は命中しなかったが、隼人の足元で火花をあげ、撃たれたと誤認した彼はつんのめって地面に倒れ込んだ。


 ライフルを再装填し、再び射撃体勢に入る。

 次の目標は、リッキーだ。


「危ない!」


 ほとんど反射的な行動だった。

 身を起こしたマリアは、すかさずライフルを肩に担ぎ・・・・、トリガーに指をかける。

 どこをどう狙ったらいいかなんて分からない。


 ただ中尉にライフルを向けて、雑にトリガーを引き切った。

 発砲の反動がマリアの体を支え切れず、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。


 起き上がって見たものは、肩を押さえてうずくまる中尉の姿。


「……ちょ、ちょろいもんです」


 自分自身に余裕を見せようと吐いた一言だったが、上擦った声にまったく余裕がない事を教えられた。


「あそこだ! 撃て!」


 誰かがこちらを指さした。

 反射的に地面にへばりつくように身を伏せた。


 ひゅん、ひゅんと言う風切り音が頭上を通り過ぎてゆく。

 少しでも頭を上げたら自分は死ぬ。


 やがて銃声が止む。

 このままでいれば、密猟者たちが近づいてきて捕まる。手探りでライフルを探すが、反動で吹き飛んだのか何処にあるか分からない。


「きゅうぅぅ」


 代わりにパフが寄ってきて左手に縋りついてきた。

 このままでは一緒に捕まる。


「……逃げなさい」


 何度も命じるが、大声を出せないので伝わらない。

 がさがさと近くの茂みを探す音がした。

 目の前の雑草がぱっとひらけて、ランタンの光が覗ける。そして男と目が合った。怒りと憎悪に燃える目を。


「このガキッ!」


 ライフルの銃床が振り上げられる。

 詰んだとは思ったが、もう恐怖は無かった。

 正確にはそれを感じる余裕すら無い。

 最後に約束を果たさねばならないからだ。


「パフ! 逃げなさい!」


 やっと叫べた。感慨は衝撃に打ち消された。




 意識を混濁から取り戻した時、自分が生きている事を知った。

 皮肉なことに銃声と発砲炎が、竜神の御許に召されたわけではないと教えてくれた。


 彼らは何と戦っている?


 四つん這いで茂みから抜け出し、絶句した。


「撃てっ! 殺せ!」


 左手をぶらぶらさせた中尉が、空に向けてがなり立てていた。

 その指の先には、唸り声を上げながら威嚇する白い巨体があった。


 広げた翼は、旅客機よりも大きい。

 その姿を見て確信した。彼は殺せない。人を殺すための兵器では。

 本当に殺したければ、人では無く軍隊・・を殺す兵器――巨大な大砲や爆弾が必要だ。


 皆は……!


 立ち上がって見回すと、同じように立ち尽くす隼人とリッキーがいた。

 どうやら彼らが白竜を起こしてくれたらしい。


 マリアは2人に駆け寄った。ふらふらと飛び上がってきたパフに手招きして。

 2人は手を振ってくれた。


 飛び交う銃火は、まったく意味を為さなかった。

 ただでさえ当たらないのに、命中しても効果が無いのだ。

 どうやら、強力な障壁魔法を纏っているらしい。


「今だ! 撃てっ!」


 巨大なライフルが、2人がかりで抱えるように固定され、発射された。

 先ほど捕えた2人組から聞いた。古代竜の鱗を貫通する切り札だと言う。


 特別あつらえの弾丸は、白竜の障壁を確かに突破した。

 そして鱗を何枚か剥がし、出血に至らしめた。だが、それだけ・・・・である。


 白竜はこれ以上、攻撃の暇を与えなかった。

 大気を肺に流し込むのが見えた。


「退ひ……」


 もう遅い、吐き出された魔法のブレスは、絵の具が画用紙を塗りつぶすように、周囲の有機物を石に変えてゆく。ある者は恐怖を、ある者は憤怒をその顔に刻んだまま、密猟者たちは次々石化してゆく。


「くそっ! くそっ! これだから魔法は! 異世界のクソ共は! 俺たちがどんな想いで……」


 中尉は悲鳴のように叫び続け、やがて動かなくなった。


 目の前の光景を、頭の中でどう処理するべきか。

 答えは見つらないまま、マリアは呆然と立ち尽くした。


「あの、この人たちは死んだんでしょうか?」


 口を開いた隼人が、最初に尋ねたのはそれだった。

 お人良しも大概だが、確かにこのまま死なれては後味は良くない。


『我の棲みかを荒らした罪は許しがたいが、巻き込んだ草木や生き物まで命を奪うのは忍びない。里の者がやってくるなら、石化を解いて処遇を委ねても良い』


 少しだけ安心した。

 自分の場合はお人よし云々ではなく、人死にはもう十分だったからだが。


「助けて頂いてありがとうございました。ぼくらは……」


 リッキーの言葉に、白竜が耳を貸す事は無かった。

 代わりに、マリアたちを不快そうに見下ろし、言い渡した。


『石にされたくなければ、貴様らも帰るがよい』

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