第13話「最後の悪戯」

”部屋に籠ってる恥ずかしがり屋さんから、いくつか発言を引き出しましたよ? 読み上げますね。


 『”発想力”においては今までの人生で南部隼人を上回る者は居なかった。”最後の悪戯”の成功もそれが無ければ成し得なかった。

 『また、マリア・オールディンの立ち回りと観察力も当時から非凡なものがあり~』


 (苦笑しながら)この人は何を他人行儀に言ってるんでしょうかねぇ? 私たちが助かったのは誰かさんの猪突猛進のおかげって、まだ自覚してないんですかね?”


マリア・オールディントンのインタビューより




 唾を吐きかけてやりたい。

 中尉は衝動的にそれを実行しようとして、取り巻きのに止められた。


 魔法も竜もくそくらえだ。


 目の前には、家屋ほどの体躯を洞窟に投げ出し、白竜が丸くなって眠っている。

 こいつの情報を手に入れるまで、随分と金を使わされた。


 竜神教徒は祟りを恐れて古代竜には手を出さない。

 そう嘯くやつは時代から取り残された石頭だ。


 この国でも最近は他教徒なら竜神の祟りを恐れない者も多いし、在ライズの地球人はそもそも竜神信仰とは関係ない。

 地球には存在しない古代竜の剥製を欲しがる金持ちだっているのだ。


 おかげで彼らは、祖国を引っ掻き回してくれた異世界人に復讐が出来、遊んで暮らせる大金を手に出来るわけだ。


「しかし、これだけデカいのに首だけしか持っていけないなんて、少々勿体ないですね」


 副官の曹長が残念そうに指で四角形を作り、眠る白竜を見つめている。

 全身を運び出せたら、報酬は何倍にもなっただろう。だが物は考えようだ。


「俺たちが去って、レンジャーの奴らが駆け付けた時を想像してみろ。首を落とされた信仰の対象が転がってるのを発見するんだ」

「そいつは見ものです。直接見られないのが残念でありますな」


 曹長は嗜虐的に笑って敬礼し、切り札の用意を急かしに行く。


「それにしても伍長も上等兵も帰って来やがらねえ。楽しみ・・・に興じてやがるな」


 帰ってきたら分け前を減額してやる。自業自得ってやつだ。


「準備できました!」

「爆薬の方は?」

「そちらも設置済であります!」


 よかろう、と。

 全員に下がって白竜が起きないよう警戒するように伝える。

 選ばれた射手たちが秘密兵器に弾丸を装填してゆく。

 ただの弾丸ではない。稀少なレアメタルを芯にした特殊徹甲弾である。

 

 巨大なライフル――戦車を狩るために開発された対戦車ライフルは、欧州大戦で英国戦車相手に猛威を振るった。

 厚さ25mmの鉄板を貫通する弾丸なのだ。古代竜の障壁魔法を貫通し、外皮であろうと防げるものではない。


 万一通じなかった場合、洞窟に仕掛けた爆薬で吹き飛ばしてしまう。

 頭が残らない恐れもあるが、その時は手なり足なり持ち帰るしかない。


 だが、欧州帰りの兵隊としては完全に迂闊だった。

 部下全員を白竜の警戒に回し、周囲への備えを疎かにしたことを……。


 中尉が発射を命じるべく、右手を振り上げる。



 最初に異変を感じたのは、背後の森から大量に飛び出してきた竜鳩りゅうばとの群れである。


「馬鹿野郎! 武器を構えろ!」


 叱責は間に合わなかった。

 竜鳩を追うように猪突してきた地竜が、対戦車ライフルを置いて立ち上がった部下の1人に激突した。被害者は悲鳴を上げ、のた打ち回る。


 地竜を撃ち殺すべく、ライフルを取り上げた時。

 周囲から発砲を受け、刻み込まれた軍人の習性で地面に身を投げ出す。その上で周囲を確認し、耳を澄ませる。


 銃声はライフルと拳銃が1つずつ。こちらを狙っているのはおそらく2人。

 距離は近い。射線を回避して回り込めば始末できるだろう。


 戦い方は素人だ。プロの仕事ではない。

 ガキか! 伍長め、しくじったな!


 まだ見ぬ邪魔者に殺意を向けつつ、ライフルを掴む。

 部下たちに指示を与えようとした時……。


 密猟者たちの中央に、焔の塊が放り込まれた。

 それは拳大で、地面に落ちた後もメラメラ燃え続けている。


「爆発するぞぉ!」


 誰かが叫んだ。こんな声は聞いた事が無かった・・・・・・・・・

 部下たちは頭を抱えて伏せた場所から1mmも動かない。


 そうか! それが狙いか!


「馬鹿共がっ! ブラフだ! 全員持ち場に……」


 言葉は続かなかった。

 茂みの中から2つの影が駆け出し、眠る白竜に向けて一直線に駆け出したのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「まず、ぼくの使役魔法で地竜を暴れさせて、その辺の動物たちを密猟者にけしかける」


 最初のアイデアは使役魔法によるかく乱だった。


「地竜を? 残りの魔力で大丈夫なのか?」


 昼間に地竜に襲われた時、リッキーは使役魔法を使う暇を与えられなかったが、もし時間があったとしてもあのような乱暴な生き物を上手く制御できるのだろうか? しかも、魔力はもうほとんど残っていない。


「ずっとは無理だ。でも混乱させて一定方向に追い立てるならなんとか。それから密猟者を突破して、白竜を起こす」


 彼らが白竜の巣に到着した時、既に密猟者たちが洞窟の入口を占拠して、爆薬を取り付けていた。

 大いに慌てるマリアに、隼人は一時的に後退する決断をした。敵の数は12人。それも武器を持った大勢の大人である。何の作戦も無く挑むのは、無謀を通り越して自殺でしかない。


「多分それだけじゃ無理だな。何か使えるものは……」


 荷物を確認した隼人が、また悪い顔で笑った。

 そして、おもむろにライフルを持ち上げる。


「使うのかい? いよいよぼくが……」

「いや、マリアにやってもらおうか」

「私ですか!?」


 ライフルなんて撃ったことは無い。当てる自信どころか、構え方すら知らない。

 ふとリッキーを見れば、不満そうに口を尖らせている。そんなにライフルが撃ちたかったのか。この脳筋め。


「敵を狙わなくていい。と言うか危ないから狙っちゃ駄目。寝そべって引鉄だけ引いてればいいから。幸い弾は一杯あるし、適当な間隔で撃って、密猟者が近づいてきたら何処かに隠れれば良いから」

「なるほど、地竜と連動して敵を混乱させるわけだね」


 それなら何とかなるか。

 昼に射殺されたレンジャーを思うと不安しかないが、跳んだり走ったりで自分が2人に及ぶとは思えない。それが最善ならやるべきだろう。


「あと、パフの面倒も頼む。俺たちが捕まったら確実に狙われるから、上手く助けてやってくれ」


 そう言う話は聞きたくは無いが、実際問題それを想定しないといけないのは分かる。

 不承不承引き受ける。


「きゅぅー!」


 パフも不満そうではあったが。


「で、リッキーは反対側に隠れて拳銃をぶっ放してくれ。で、俺はこれを使う」


 隼人がことりと置いたのは。空になった水筒だった。


「こんなものどうするのさ?」


 持ち上げたリッキーが、驚いて振って見せた。

 ちゃぷちゃぷと水音がする。


「飲んじゃ駄目だぞ? ランタンの灯油をこっちに移してきたんだ。目くらましか何かに使えると思ってな」

「どうするんですか?」


 この油を布にしみこませて水筒に巻く。で、投げつければ爆発物と勘違いしてくれるんじゃないかって。


「それ、いいね!」


 リッキーが親指を立てる。彼の好みに合ったらしい。確かに冒険小説にありそうな奇策だ。


「じゃあ、投げ込んだ後、大声で叫ぶのはどうでしょう? 『爆発するぞ!』って」

「いいな! それ!」


 多分マリアも相当に悪い顔している。

 一歩間違えたら死ぬのに、さっきから楽しくてしょうがない。


「相手が混乱しきったら、俺とリッキーで突っ込む。その時弾は撃ち尽くしてるだろうけど、拳銃は捨てないでくれ。ブラフになるし、最悪投げつければ鈍器になる」

「……出来ればそんな使い方はしたくないけどね」


 「鈍器」と言う表現が気に入らなかったのか、リッキーは眉にしわを作る。本当に面倒くさいやつらだ。


「じゃあ、やりましょうか」


 特に気負いも無しに、マリアは右手を掲げて見せた。

 2人もにやりと笑って、その手を合わせる。


「皆は1人のために! 1人は皆の為に!」

「きゅーきゅー!」


 合わせた掌に、大はしゃぎで加わろうとしたパフがどっかり着地し、彼らは重さで姿勢を崩した。勢い余って激突した額を抑えながら、4人の小銃士リトル・マスケティアンは笑いあった。

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