第16話「再会」

”そういえば、最初はたった3人だったな。

 それがどんどん増えて行って……今じゃもう数えきれないよ。


 ……ありがとな”


南部隼人のインタビューより




 何故そこまで無謀をしたか。自分でも良くわからない。


 飛び起きたマリアは戦場・・を見回し、無事なライフルを見つけて肩に担ぎ、白竜に向けた。


「2人から離れて下さい!」


 憤怒は鳴りを潜め、苛立ちに代わっていた。

 なぜそんな些細な事・・・・に拘るのかとでも言いたげに。


『止めておけ。我を傷つける事は出来ぬ。そもそも当たらぬ』


 マリアは頭を振る。

 分からない。自分が何をやっているのか。


 だけど、2人が殺されるのは嫌だ!


「私はどちらの言い分も良くわかりません。でも2人は大切ぶほっ!」


 急に毛玉の塊を顔に押し付けられ、マリアは再び尻もちをついた。


「しゃー!」


 パフは両手と翼を動かして、白竜を威嚇した。

 その眼が見開かれる。


 そう言えば、白竜は卵を産んでいないと言った。

 それではこの子は、何なのだろうか?


「駄目です! 逃げなさい!」


 パフを抱えて走ろうとした時、ずどんと鈍い音がした。

 白竜が両手を突き、巨大な頭を地面に押し付けたからだ。


『……竜神様、お会いしとうございました』


 一瞬何を言っているか分からなかった。

 背中越しに振り返ったパフは、自慢げにきゅーと胸を張った。




『済まなかった。君たちとこの子・・・、我が僕の三者が揃った時、私の思念がこの子に繋がる事になっていたのだ。まさかこのような事になるとは……』


 竜神を名乗ったパフは、隼人の頭にちょこんと座り、頭を下げた。

 隼人の傷は機嫌を直した白竜がさくっと治してくれた。釈然としないものを感じはするが。


「パフ、結局お前は何なんだ?」

『おのれ! 竜神様に何と言う……』


 また空気の読めない発言をする白竜に、良いから良いからを手をひらひらさせるパフ。

 白竜は待てを命じられたわんこのように頭を地面に押し付ける。ちょっとだけ気分が良い。


『君たちがパフと呼ぶこの子は、私のアバター、分身のようなものだ。条件が満たされる事で、私の意識を受信できるようになる。普段は別人格だが』


 何故か少し自慢げに語る仕草は、いつものパフそのものであるが、どうやら今は別の存在に乗っ取られているらしい。


「貴方は竜神様なんでしょうか?」


 彼は、答えの代わりに中空に手をかざす。

 巨大な球体が現れ、夜の闇を照らした。


「これは……」


 尋ねようとしたリッキーが、言葉を呑み込んだ。

 球体に映し出されたおぞましいものに目を奪われたのだ。


 それは骨の山だった。

 街に散らばる骨の山を、野犬たちが咥えてがりがりとかじっている。

 動物の骨ではない。転がっているのは人間のしゃれこうべだった。


 普通動物が死ねば、骨は他の動物が持ち去ると理科教師が話していた。

 マリアはそうならない理由に思い当たり、身震いした。

 骨が多すぎて動物でも持ち去れないのだ。


『今から10年先か20年先か、この星の人類は滅び去る』

「!!」


 3人は文字通り口を開けたまま固まった。

 自分達は夏のちょっとした冒険にやってきた小学生。そんな話を聞かされるのは、いささか場違いだと感じた。


『それは、人間を粛清されるという事でしょうか? いくら御身を裏切った者の子孫とは言え、それはあまりにも……』


 さしもの白竜も人間が消える事は望んでいないようだ。

 要は彼は置いてきぼりに拗ねていたわけだから、竜神に会えた今、わざわざ人間に噛みつく必要も無いのだろう。


『そうではないよ。私は人間を恨んではいない。ただ不用意に全てを教えようとしたことを悔いているだけだ。私は人のありようを好いている。例え殺し合いをしたとしてもね』


 白竜は時代劇映画の下っ端が如く頭を地面に擦り付ける。

 本当に犬っころみたいだと思う。


『この世界と私の繋がりが途絶えたのは、50年ほど前の事だ。原因を探るうち、私は”世界に起きる禍い”を予知した』

「それは、確実なものなんでしょうか?」

『分からない。しかしその可能性は高いだろう。予知はそれだけではない。破滅を防ぎうる人間を示してくれた。それが君だ。シュン・・・


 シュン、誰に向かって言っている?

 白竜の名前だろうか?


「竜神様、もうあの時・・・と……ちが……今のおれ、は……」

「隼人? どうした!? しっかり!」


 突然、隼人が何事かをつぶやきだした。

 頭痛を堪えているのか、頭を押さえながらぶつぶつと言葉を吐き出す姿から、それが冗談ではないと感じさせた。


 パフ――竜神が人差し指をくるくる回すと、隼人は崩れ落ちる。失速した紙飛行機のように。


「いてて、今のはなんです?」


 顔を上げた時浮かんでいたのは、いつもの緊張感のない表情だった。


『シュン、いや隼人。君は私が魔法を教えた”鍵の民”の生まれ変わりなのだ』


 隼人はぴんとこない様子で、「はぁ」とだけ返した。

 当たり前だ、当事者でないマリアだって理解できない。


『厄災は、空からやって来る。君は転生を繰り返すうち、高い航空技術を持った時代を生きた。君が受け入れてくれるなら、その記憶を使ってライズを救ってはくれないか?』


 マリアは竜神と隼人の間に割って入った。リッキーもそれに続く。

 彼がどんな選択をするか、容易に想像が出来たからだ。


「待ってください! 隼人はまだ子供なんです! そんな選択を強いるのは卑怯です!」

「せめて、せめて時間をください!」


 自分達だって子供だが、ここで止めなければ隼人は間違いなく受け入れる。

 前世の知識とやらは隼人を夢に近づける。だがそれ以上に、共に飛びたいと望む竜神に頼まれたら。危機にある人々を救えと言われたら。

 きっと断る選択肢なんて無くなる。


 遠い昔の記憶など植え付けられたら、隼人が隼人でなくなるのではないか。


『済まない。もうすぐこの子――パフとの繋がりが断たれる。次に会えるのは何時になるか分からない。残酷な願いなのは分かっている。だがどうか……」


 隼人はマリアとリッキーの間を分け入って、竜神を見つめた。

 そして答える。予想外の回答を。


「悪いですが、俺だけでは出来ません。俺たちは”四銃士”ですので」


 彼が猪突しなかった事に安堵しつつ、ひでえ事言いやがると内心で悪態をついた。

 奴が問うているのは、「一緒に巻き込まれてくれないか?」という事だった。自分たちが受けるであろう事をちゃっかり確信して。


 ムカつく!


「分かりました。ぼくは彼と共に使命を受けます」」

「……一応聞いておきます。本気ですか?」


 快諾するリッキーの顔つきは、妙にすっきりしていた。

 世界を揺るがす厄介事を押し付けられたと言うのに。


「だってさ、同じ”義務”を果たすなら、わくわくする方が良いだろ?」


 それを言われたら黙るしかない。

 怖くて疲れてイラついたけど、今日体験した出来事は、本当に楽しかったから。

 大人になっても、こいつらと別れたくないと感じてしまったから。


「竜神様に貸しを作れるなら、しょうがないですね。脳筋2人に引っ張られる形なのが癪に障りますが」


 竜神は申し訳なさそうに、だが満足そうに頷いた。


『私の中のパフも賛成だと言っている。シュン、いや隼人。君の周りにはどんな時代でもどんな世界でも、素晴らしい人たちが集ってくる。それが君の武器――ざざ……ざ』


 紡いでいた言葉にノイズが入る。

 竜神との通信はいよいよ終わりらしい。


「ひとつ、頼みがあります。全てが終わったら、一緒に飛んでください」


 竜神は頷いて、顎を開く。ブレスと一緒に吐かれたのは、小さな球体。

 蒼い光は、少年の額に吸い込まれていった。


『ありが……シュン。いや……隼人。君の……未来に幸多から――』


 隼人は微笑むと、そのまま崩れ落ちた。




「きゅーきゅー!」


 人工呼吸のつもりか、パフに戻った幼竜が隼人の腹の上で飛び跳ねている。

 何度も頬を叩いて呼び掛けた。


 いっそグーで殴って……と思った時、隼人はゆっくりと薄目をあけた。


「……そうだ、CDを買ってもらったのは12歳の誕生日だった。早死にしちまって、父さん母さんに悪いことしたなぁ」


 訳の分からない事を言い始めたので、マリアの顔から血の気が引いた。

 手近な石を持ち上げ、振り上げたところでリッキーに羽交い絞めにされた。


「ちょっと! 君までおかしくなってどうするのさ!?」

「放してください! 衝撃を与えれば、余計な記憶を消せるかも知れませんっ!」


 手が滑ってごろりと落ちた石が、隼人の耳元に落下した。

 どすんと言う重い音に、再び血の気が引いた。


「何するんだ! 殺す気かマリア・・・!?」


 はっと、息を呑む。

 リッキーは駆け寄って両肩を掴み、ぐいぐい揺らした。


「隼人! ぼくの事は分かるか!?」

「……分かってるよリッキー。俺が受け継いだのは”俺”だ。多少頭が混乱してるけど、何かが壊れたわけじゃない」


 どっこいしょと立ち上がり。埃を払う。

 一通り体の様子を確かめると、にんまり笑った。いつもの・・・・駄目な笑いだ。


「ところで同志よ聞いてくれ。令和・・の航空技術は本当に凄いんだ! あっちの飛行機はジュラルミンじゃなくて炭素繊維で、ジェットエ……」


 どすっ、目の前でこれ見よがしにデカい石を落としてやった。

 ひいっと軽い悲鳴を上げて、隼人バカが飛び退く。


「まあ、その辺は再会した時ゆっくり聞くよ。とりあえずは……」

「きゅー!」


 帰ろっか。

 大冒険でくたくたになった3人と1匹は、ミッションを終了し、家路を急ぐことにしたのだった。


 そんな小銃士リトル・マスケティアたちを、あきれ顔の白竜が眺めていた。

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