先輩が企業から誘われている

帰宅してお店の様子を伺うと、お客さんが五名いた。先輩がいないだけで、こんな客足が遠のくのか。あれから、先輩のツブヤイターはフォロワー数を伸ばして三千人前後になったらしい。


悲しいかな、お店の公式ツブヤイターのフォロワー数は千も届いていない。


「今日も先輩の力を使って集客ですね」

「そうだね、平日でつぶやいても県外の人が来てくれるから、ありがたいよ~」

「へえ、それは凄いですね」

「うん、最近は動画サイトのヨーチューバーに誘われたり、VTuberの事務所からもスカウトが来たよ」


「え!? 企業からってマジっすか。それヤバいっすね。バイトより稼げると思いますよ。先輩、すでに多くの信者を抱えていますし、ワンチャンありそうです」

「う~ん、魅力的だけどねー。でも、愁くんとの付き合いがおろそかになるのはイヤだな……」


 せ、先輩ってば……嬉しいこと言ってくれる。俺も、先輩との時間が減るのは避けたい。となると、ヨーチューバーは編集とかもあるだろうし、却下だ。

 VTuberはアリかもな。一度バズれば多くの投げ銭とか期待できるし……俺も裏方としてサポートできるかな。でも、やっぱり先輩との時間は減る気がするけど、仕方ないかなあ。



「少し考えてみてもいいかもですね。同棲生活をするなら、仕事はしないとですし」

「そうだよね。うん、分かった。考えてみるね」



一旦、裏口の自宅の方へ戻り、玄関から入った。ちょうど親父がトイレから出てきた。



「おかえり、愁。それに、柚ちゃんも」



「ただいま、親父」

「お疲れ様です、オーナー」



俺はいつものように挨拶を。先輩は丁寧に頭を下げて挨拶を交わす。そういえば、先輩は親父のことを“オーナー”と呼ぶようになっていたな。



「二人とも今日はバイトしていくか?」

「ああ、そのつもりだ。今から客を集めるよ。先輩のパワーで」

「それは助かる。柚ちゃんがいないとイマイチでな。また少し給料も弾んでやるから、頑張って欲しい」


そう親父は、先輩に期待をかける。


「そういえば、この前は三万円も戴いちゃってありがとうございました、オーナー」

「当然の報酬さ。じゃ、頼んだよ」


背を向け、厨房キッチンへ向かう親父。

俺等も着替えよう。


更衣室へ入り、俺はいつもの執事服に着替えた。相変わらず、慣れないが――これが正装なので仕方ない。


さっそくお店のカウンターへ出ると、まだ先輩はいなかった。さすがに準備に時間が掛かるようだ。


とりあえず、店内には変わらず五人のお客様。


いつものTRPGトリオ。それと令嬢コスの人。それと古代エジプトのバステトみたいな衣装の人がいた。すげぇクオリティで思わず三度見した。


……な、なんだあの少女。褐色肌まで完璧じゃないか。


「ねえ、愁くん。今日もお仕事?」

「――え? はい、そうですけど……って、誰ですか?」


油断していると令嬢コスの人から話しかけられた。大人びていて綺麗な女性だ。ていうか、名前で呼ばれるほどの仲だっけ。初対面のはずだが。


「ちょっと酷くない。もうそろそろ気づいてもいいでしょ」

「はい? いや……覚えがまったくないのですが」


「も~、愁くん。ウィッグ取らないと分からない!?」


金髪のウィッグを取り外す令嬢の人。

その人はまさかの――。


「か、か、母さん!?」

「そうよ、母さんよ。気づかなかったの?」


「――――」



 マジカヨ。

 優雅に紅茶を楽しむ令嬢って……母さんだったの!? 全然気づかなかった。メイクもいつもと違うし、若々しすぎるだろう。いや、母さんは若い方だけど。


 というか、あの時も……あの時も……ずっと母さんに見られていたのかよっ! 



「驚いた?」

「驚いたってモンじゃない。別人レベルだったよ。変装の達人かよ。あまりに若々しいものだから、本当にどこかの令嬢かと思っていたけど――まさか母さんとはな」

「まあ、嬉しい。じゃあ、デートしましょうか」


「するかっ!」



ツッコんでいると、先輩がやっと現れた。



「お待たせ、愁くん……って、その人って常連さんだよね」

「あ、ああ……紹介するよ。うちの母さんだ」


「――へ」



先輩はポカンと口を開けた。

そりゃそうだよね。

いつもいる令嬢が俺の母さんだったなんて思わないよな。


「いつもありがとね、柚ちゃん。お父さん……正五しょうごさんのお手伝いをしてくれて」


「い、いえ……驚きました。まさか愁くんのお母さんだったなんて。お若いんですね」

「ありがとう。でも、柚ちゃんもすっごく美人ね。なのに愁と付き合ってくれるなんて……嬉しいわ」


「えっ……その、はい」



一瞬で顔を真っ赤にして照れる先輩。俺も恥ずかしいってーの。



母さんには驚かされたな。

ひとまずは引っ込んでくれるようだが……優雅に紅茶を飲んでいる場合なのだろうか。まあいいか、俺たちが頑張ればいい話。



「先輩、さっそく集客をお願いします」

「…………」

「あれ、先輩?」



顔を近づけると先輩は驚いて飛び跳ねた。



「ひゃう!?」

「ひゃうって……大丈夫です?」

「だ、だって……愁くんのお母さん、公認みたいな言い方してくれたから」

「な、なるほど。そう言われると照れますね……」

「これは頑張るしかないね」

「お、先輩やる気っすね」

「愁くんのお母さんに良いところ見せないと!」


先輩はなんだかやる気になっていた。さっそくツブヤイターを駆使してくれて、集客開始。夕方の時間帯だから、休日よりは来ないだろうけど。


お……さっそく客が来たっぽい。


あの執事服は……って、あの人はコスプレじゃねぇッ!



「お嬢様、大至急でお迎えに参りました」

「ジークフリート!」


そう、ガチ・・の執事がやってきた。先輩の専属執事・ジークフリートさんだ。彼はドイツ人とのハーフらしく――そこはどうでもいいな。


大至急で迎えに来た?

先輩を?


いったい……何があった。

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