目指すは同棲生活

プールへ向かい、俺は状況を伺いながら接近した。……まさか、ケンカとかじゃないだろうな。


恐る恐る近づくと、先輩と蜜柑先輩の会話が聞こえてきた。


「――蜜柑、水泳部なんだけど辞めるね」

「ちょ、もう大会が近いんだよ。なんで今……」

「特に理由はないよ。別に辞めたいから辞めるだけ」

「そんな勝手な」

「それはどっちかな」


「…………っ」


「これ以上、友達とケンカしたくない。もういいでしょ」

「柚……」


先輩は、吹っ切れた顔をしてプールを後にする。……部活、辞めたのか。この隙に俺は校門前へ向かった。


ラインで連絡を入れると、先輩はそのまま校門に向かってきた。しばらくして姿を現す先輩。


「お待たせ、愁くん」

「いえ、俺もさっき来たばかりなので」

「そう、良かった」


先輩と共に学校を後にする。

このまま『冒険者ギルド』まで向かい……それから、どうしよう。


「今日、バイトしていきます? シフトは自由ですけど」

「んー、そうだね。今日少しだけ働いていこうかな」

「マジっすか。いいんです?」

「構わないよ。少しでも稼がないとだから」

「そうですね、貯金していつか同棲生活をしたいです」

「そうだね、それが今の当面の目標。でも、この分なら直ぐ叶うかもね」


「え? どういうことです?」


「部活辞めたから……時間が多く取れるようになったの。と、言っても最近はもう通ってなかったけどね」


……例のアレか。本当に辞めちゃったんだな。でも、先輩は大会で優勝を狙っているわけでもなく、ほぼ未練はないようだった。


だが、俺は一応聞いた。


「蜜柑先輩に止められたでしょう」

「うん、少しね。この前いろいろあったから、ちょっと気まずかったけど」

「俺のせいですよね」

「そんなことはない。それにね、蜜柑は前々から愁くんに気があったみたいだよ」


「う、うそでしょ。俺なんかに?」

「詳しくは聞いてないけど、愁くんが一年の時に助けられたとか何とか」


一年の時?

覚えていないな。

蜜柑先輩とは初対面だったと思うけど……あんな美人ギャルと話していたのなら、絶対忘れないと思う。


一年の時ねえ、なにがあったっけ。


「そうでしたか。そういう先輩は、俺のどこがいいんですか。どうして俺を恋人役に抜擢ばってきしてくれたんです?」


「そ、それは……」


先輩は頬を赤く染めていた。

視線も泳いでいるし、なんか想定以上に照れていらっしゃる。これは聞かない方が良かったか? けど、気になるし……タイミングも今かなと思ったんだ。


「教えてください」

「そんなに気になる?」

「気になります。とっても気になります」


「……全部かな」


「え……全部?」

「うん、全部。全部が良かったから……愁くんにしたの」

「そ、そうでしたか」


めちゃめちゃ反応に困る!

どう感じればいいんだ、ソレ!


でも、全部ってことは……全部良かったんだよな。うん、別にマイナスではない。寧ろ、全てが良かったということに他ならない。


「いつの間にか……す、好きになっていたんだもん、仕方ないでしょ!!」


なんか怒られた。

そうか、先輩は俺を好きに――って、えぇッ!?


今初めて、先輩から“好き”と言われた気が。まてまて、これ“ふり”の方だよな? 事実確認を急げ。


「せ、先輩……その言葉に嘘偽りはないんですよね」

「この気持ちに嘘はないよ。好きだから、ふりをしてもらってるの!」

「でも、それでは……もうふりではないのでは?」


「違う、違う! ふりなの! 恋人のふりなの!!」


照れ隠しだろうか、とにかく否定する先輩。顔が真っ赤だし、涙目だった。まさかのツンデレ?


どうやら、先輩はあくまで恋人のふりを貫き通したいらしい。けど俺は……先輩と本当の恋人になりたいんだけどな。


俺だって先輩が好きだ。

今すぐに告白したい。


けれど。


「分かりました。ふりでいいんですね」

「……そ、それは。……うん。もう少しだけ我慢してくれる? 今はまだ、ドキドキしていたいから……」


「先輩はスリルを求めるタイプなんですね。俺もですけど」

「そ、そうなんだ。わたし、冒険が大好きだから」


それなら仕方ない。

そんな話をしていれば『冒険者ギルド』に到着。


バイトの時間だ。

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