七回分のキス

『一緒に住まない?』


当然、女の子からそんな風に誘われたのは初めてだった。


なんだこれ……夢?

そうだ、夢だよな。と、俺は自身の頬を引っ張ったが痛かった。


「痛い……」

「夢じゃないよ。ほら、えっと……もっと恋人らしくしたいからさ」

「で、でも一緒に住むって“同棲”じゃないですか」


「うん。恋人同士なら当然でしょ?」


言われてみれば同棲というものは、カップルがひとつ屋根の下で住む行為だ。先輩の言っていることは間違いではない。


「ですが、俺たちまだ高校生ですよ」

「身分は関係ないよ。したいか、したくないか――それだけ」

「金銭面はどうするんです? 俺、バイトとかしてないですよ」

「うちの学校はバイトしても問題ないし、それに愁くんは『冒険者ギルド』があるでしょ。わたしも働くよ」


「えっ……先輩が冒険者ギルドで?」

「うん、コスプレ好きだから。というかね、あれからツブヤイターのアカウント作ったんだけど、フォロワー数が伸びてるの。撮影依頼も来ているし、稼げるかも」


「マジっすか! でも、う~ん……」


先輩と同棲とか最高すぎる。

未知数で怖い部分もあるけど、絶対に楽しい。女の子と一緒に住むとか経験皆無ゼロだが、たまには新しい道を切り開くのも悪くないんじゃないか?


と、俺は結論に至った。


「どうする?」

「少し考えさせて下さい。親にも相談しなきゃですし……でも、実現できるよう努力します。いや、不可能でも可能にします! いっそダメなら、駆け落ちしましょ」


「か、駆け落ち……。それ、ロマティックだよね」


まんざらでもなさそうな表情で先輩は顔を赤くした。……まさか、割と有りなのか。

けど、周囲に迷惑は掛けられないし、最終手段だ。


それにしても、まさか同棲とはな。

今後どうしようかと悩んでいると、保健室の扉が開いた。


保健の担当であるほし先生が戻ってきた。



「秋永、屋上の件……牧田の話は聞いた。そろそろ警察も到着する頃だろうから、詳しく話すんだ」



相変わらずクールな表情で俺をえる。

そうか、牧田の件を対応しないとな。


今回屋上で起きた出来事は立派な事件。殺人未遂事件と言っても過言ではない。……まあ、学校も大事にはしたくないだろうから、たいした罪にはならないだろうけど。


「分かりました。先輩も来て貰った方がいいと思います」

「現場にいたのだろう。和泉は目撃者だから、秋永と牧田の間になにがあったのか話した方がいい」


先生は淡々と先輩に話す。


「そうします。ありがとうございます、干場先生」

「ああ、気をつけて。まずは職員室へ」


俺と先輩は保健室を出て、職員室へ向かった。



* * *



――事情聴取は終わった。


牧田は傷害の容疑で逮捕、パトカーに乗せられ連行されていった。最後まで意味不明な言動を繰り返し、泣きわめいていたそうだが……哀れアホとしかいいようがない。




「ふぅ、帰りましょうか」

「そうだね。付き添ってくれた先生も帰っていいって言ってくれたし、行こっか」



現在時刻は十六時。

午後の大半を警察対応に追われ、大変だった。


親の迎えを勧められたが、俺は断った。親父はお店の方で忙しいだろうからな。それに、俺がいなくなったら先輩を誰が守るんだ。


だから、俺は先輩といる方を選んだ。後悔はない。



学校を出て帰路につく。

七月前半ということもあって、空はまだ明るい。



「今日はすみませんでした」

「なんで謝るの? 愁くんは何も悪くないよ。わたしを守ってくれたし、カッコ良かったよ」


「でも……」

「気にしない気にしない。わたしの方こそ謝らないと……ごめんね」



やっぱり、先輩は責任を強く感じているんだ。そんな落ち込むような顔はして欲しくない。先輩には笑っていて欲しい。



「もう謝るの禁止です! これ以上、俺のことで悩んだら罰ゲームですよ」

「ば、罰ゲームかぁ。内容にもよるかな?」


「責任を感じるごとにキスです」


「じゃあ、七回はキスしなきゃだね」

「そ、そんなに感じてくれていたんです!?」

「うん。いっぱい責任感じてた。……する?」


「――ッ!」



な、七回か……これは嬉しいやら、嬉しいやら……うん、嬉しい。手を負傷した甲斐かいはあった。



「今日で七回分はもったいないと思うから、好きなタイミングでいいよ~」

「分かりました。先輩が良いというのならお言葉に甘えます」


「うん、じゃあ……愁くん、ちょっと頭下げて」

「はい?」


俺は先輩の方へ顔を近づけた。



「まず一回分ね」



先輩はいきなりキスしてきた。

唇と唇が触れ合って――俺は一瞬にして脳がとろけた。



……先輩からもアリだったか。

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