第5話 束の間の休憩

 完全に太陽が真上まで昇り、『疲労度』が40%を超えた頃には『疲労補正』によるステータス減少が20%になっていた。

 それに段々と『疲労度』の上昇が早くなってきただけで無く、50%を超えた辺りから時間経過でダメージを受け始めたので何処か安全そうな場所を見付けて休憩することを決めた。

 幸い、休憩を決めて直ぐに水場(結構大きな湖)を見付け、鑑定の結果飲み水として問題無い事が分かったため水分補給は直ぐに出来たのだが、その湖の対岸に大きな狼型の魔獣(私の身長が1mちょっとである事を考えると、一番小さい個体でも倍の2mは有りそうだった)の群れを見かけたため、水分補給を済ませた私は早々に湖を立ち去ることになった。


(絶対あれって強いやつだ。と言うか、最初のファニーラビットで思ったけど今の私じゃ物理タイプの敵で同レベル帯どころか少し下でも絶対勝てないよね)


 本当は解析技巧アナライズでステータスを確認出来るのが一番良いのだが、発動圏内に入れば先ず間違い無く前回のファイアフラワーの時のように戦闘に突入してしまうだろう。

 そうなれば、1匹でも対処が難しそうなのに遠目で確認出来るだけで少なくとも5匹以上いる群れの相手など死亡フラグ以外の何物でも無い。


(そう言えば、倒すと消えちゃうから魔獣って生物じゃない何かだと思ってたけど、水を飲みに来るって事はやっぱり生物なの? そもそも、私が倒した2体は確かに消えちゃったけど、最初にファイアフラワーにやられてた鳥みたいな魔獣は消えて無かったよね……。それともあの鳥は魔獣じゃ無くてただの野生動物?)


 色々と頭に浮かぶ疑問は尽きないが、今はそれどころでは無いのでとりあえず安全に休憩出来そうな場所を求めて彷徨い歩く。

 その道中、今まで全く魔獣に出会さなかったのが嘘のように1mの大きさがありそうな蜂や飛行機みたいに大きい鳥、大型トラックほどの大きさをした8本足のよく分からない化物などを見かけ、その度に進路を変更しながら進んだことでやがて私はより木々が鬱蒼と生い茂り霧の出ている薄暗い場所に辿り着いていた。


(うん、絶対にこれって私みたいな子供が1人で来て良い場所じゃ無いよね。そもそも、人家が有るとこから少し入った先の森に何でこんな不気味な場所が有るの!?)


 一瞬、今来た道を引き返すべきかと後ろを振り返るが、先程こちらのルートを選択する切掛となった3m程の毒々しい色をしたスライムを思い出して諦める。


(まあ、こうなれば自棄だよ! 進めるとこまで進んでやろうじゃない!)


 そう決意を固めて5分ほど進んだところ、遠くに見える山の麓に2m程の高さがある洞窟の入り口を発見した。


(あそこで休憩出来るかな? 魔獣の巣とかだったら……まあ、あの大きさだったらそこまで大型の魔獣はいなさそうだし、近付いてみてヤバそうだったら入るの止めとけば大丈夫でしょ)


 一刻も早く休憩を取りたかった、と言うよりそろそろ休まないと体力が尽きそうな私は早足に洞窟へと近付いていく。

 そして、周囲の地面に足跡などが無いのを確認し、恐る恐る洞窟の中を探ってみる。

 すると、そこは3畳ほどの比較的地面も平らなスペースが広がっており、しばらく体を休めるには丁度良さそうな雰囲気の場所だった。


「やった! やっと…やっと休める!」


 疲労が限界だった私は直ぐに洞窟へと飛び込むと、そのまま仰向けに大の字になって倒れ込む。

 直後、今までの疲れと休める場所を見付けた安心感で一気に眠気が襲ってくる。


(ああ、ダメ。こんなとこで…寝ちゃ。でも、限界……)


 そうして私は知らず夢の世界へと落ちて行く。

 なぜか、ドアも何も無いただの洞窟が最初に私が治療を受けていた家のように妙に温かかった事にも、霧に隠れてよく分からなかったが周辺の木々が妙に青々としていた事にも、そしてこの霧が濃い地点に立ち入った時点で鳥の鳴き声どころか風に揺れる木々の音すら止んでいる事に気付かないまま。


―――――――――――――――


 目覚めの時は唐突に訪れる。

 突然、体がガクンと落下するような衝撃に襲われた後、何か堅い物に背中を打ち付けた事で私は飛び起きることになったのだ。


「な、何!? 何が起きたの!??」


 目を覚ました私を待っていた風景は先程までの洞窟で無く、ずっと奥の闇へと繋がる明らかに人の手で作られたらしい石畳の通路、そこに設置された半径2m程の円形の魔方陣が画かれた奇妙な台座の上だった。


「え? ええっ!!?」


 予想外の事態に私は『これは夢?』と頬をつねってみるが当然の如く痛みが返って来る。

 そもそも、先程背中を打ち付けた時に痛みを感じているのだからこの確認は余計な痛みを感じるだけの行為でしか無かったような気もするが、今はそんな事を気にしている場合では無い。


「そもそも、私はいったいどうやってここに来たの?」


 真っ先に思い付いたのは上から落ちてきたパターンだが、見上げる先には何処までも続く闇が広がっているだけで全然天井が見えない。

 そして私の背後、祭壇の端から大体1m程の位置で通路は途切れており、そこから先は下が見えないほどの切り立った崖になっていた。


(流石にこんな何メートルあるかも解らない程の高さから落ちたら死んじゃうはずだよね。だったら、この祭壇に画かれている魔方陣が転移魔法で、さっきの洞窟から飛ばされて来た、って可能性の方が高いかな? それにしても、いったいどう言う理由で飛ばされたのかはさっぱりだけど……)


 とりあえず、いつまでも分からない事項について考察しても仕方ないとステータス画面で『疲労度』が12%まで下がった事で『疲労補正』が無くなっているのを確認し、他に自分のステータスに変わった所が無いのを確認したところで私は目の前に続く石畳の通路を進むことにした。


「正直あんまり進みたくは無いけど、ここでじっとしててもどうにもならないし、今はこの選択ししか無いよね」


 そう自分に言い聞かせながら私は重たい足取りで通路を進む。

 不思議な事に周りには一切光源らしき物が無いにも関わらず、常に私を中心に5m程の範囲はしっかりと視認する事が出来た。

 だが、その範囲を外れるとまるでそこに何も存在していないかのような漆黒の闇が風景を覆い隠していた。


(これって絶対物語終盤に出て来るようなダンジョンっぽい雰囲気だよね。こんな隠れる場所も何も無い空間で強力な魔獣に襲われたらどうしようも無いじゃん……。ああ、でも異世界転生物のアニメとかではこんな高レベルダンジョンに序盤放り込まれて、死にかけながらチート能力を手に入れるのもお約束だっけ? ……嫌だな、出来れば死にかけるほど痛い目に遭うのは勘弁して欲しいなぁ)


 次々に浮かぶ不吉な予感に涙目になりながらも30分ほど歩き続ける。

 すると、やがて私の視界に天まで届くような大きさの豪華な装飾が施された物々しい扉が姿を現した。


(絶対この先にボスがいるパターンだよね。今の私の攻撃手段って殴るとか蹴るだけだよ? そんな貧弱な状態じゃ、絶対に勝てないよ……)


 絶望的な状況に私が立ち尽くしていると、まるで私を誘うように巨大な扉が開く。

 そして、その先には100m四方の何も無い部屋が用意されていた。


(うん、間違い無くボス戦だ! よし! 戻ろう!!)


 部屋の中を確認し、一瞬でそう判断を下した私は迷うこと無く後ろを振り返り、一歩を踏み出そうとしたところでその動きを止めた。


「……嘘。なんで!?」


 私の数歩後ろにはいつの間にかその距離を詰めていた闇が迫っており、今まで歩いてきた石畳の通路は跡形も無くなっていた。


(見えないだけ、って事は――)


 そう考えながらゆっくりと地面があるはずの地点に足を伸ばすが、残念ながら私の足先に地面の感覚が返って来る事は無かった。

 そのため、そっと私は伸ばしていた足を戻し、そのままその場にしゃがみ込んで頭を抱えながらガタガタと震え始めた。


(ちょっと待って……ちょっと待ってよ! 無理! 無理無理無理、ムリムリムリムリ!! 積んだ! 絶・対・に積んだ!! どうしてこうなったの!? 私、何か間違ったのかな!?? まあ、確かによく知りもしないのに勢いでスキルレベルを上げたり、勢いで土地勘も全く無いまま1人で部屋を飛び出したり、よく分からない森の中をウロウロしたり……あれ? 良く考えると全部自業自得?)


 足下に落としていた視線を上げ、恐る恐る背後を振り返りながら扉の先に広がる広場に視線を向ける。

 だが、先程見た時と同じように現時点でそこには何も無く、奥の方に更に奥へと進むためだと思われる扉が1つ確認出来るだけだった。


「進むしか、無いよね」


 ハアと大きく息を吐き出し、とりあえず心を落ち着けた私はノロノロと立ち上がり、真っ直ぐに扉の方へ体を向ける。

 そして、しばらくの躊躇いの後に『どうせこの世界に転生してるってことは一度死んでるんだろうし、こうなればなるようになれ、だよ!』と半ば自棄になって扉の先へと一歩を踏み出したのだった。

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