第6話 いつだって最大の敵は己自身

 私が完全に扉をくぐり抜けた直後、まるで私の退路を断つかのように背後の扉が閉じる。

 そしてその直後、部屋の中心に突然闇が集結を始め、やがて私の身長と同じぐらいの直系約1m程度の闇の球体が浮かび上がった。


(あれがボス? ああ言うよく分からない物を殴っても大丈夫かな? なんか、見た感じ物理攻撃とか効かなそうだなぁ)


 そんな事を考えながらも、とりあえず解析技巧アナライズの範囲内まで近付こうと足を進める。

 そして、あと少しで解析技巧アナライズの射程距離に入るかと言ったところで球体に変化が訪れる。

 突然、真円だった球体の形がグニャグニャに形を歪め、やがてその姿が人型の物へと変わっていく。


(なに!? まさか、これから本来の戦闘形態になるって事!?)


 そう身構えていると、やがて球体は1人の少女の姿を取る。

 元々が闇が凝縮されたような漆黒の球体だったせいか、その少女は肌も髪も着ている服でさえまるで影のように薄い黒色をしていた。

 身長は私と同じ1mくらいで、その幼い風貌から私と同じ4,5歳と言った感じだろうか。

 肩の辺りで切りそろえられた髪にワンピースタイプの服とさほど特徴的な見た目では無いものの、その顔立ちは幼いながらに整っており、その可愛らしい見た目とは不釣り合いの感情の窺えない無表情を浮かべる少女は真っ直ぐな視線を私へ向けていた。


(と言うか、あれって今世の私、つまりアイリスちゃんだよね)


 転生してきて10日程度で見慣れたと言うほどでは無いものの、それでも流石の私も自分の顔が分からない程記憶力は悪くない。

 だが、私の瞳の色と異なる紅く輝く瞳で無感情に見つめられるとどうしてもあれが自分と同一人物であると言う実感が持てない。


(いったいこの子は何――)


 そう思考を巡らそうとした直後、突然目の前の少女が私に向かって走り出す。


「なっ!?」


 驚きの声を上げる私などお構いなしに少女は私との距離を詰めると、私の顔面目掛けて右の拳を振り上げる。

 咄嗟に私は体を左に逸らしてそのパンチを躱す事に成功するが、直後ドスンと左脇腹に痛みを感じてよろめく。

 そして、慌てて少女の体を突き飛ばそうと両手を突き出すが、少女が素早く後方に下がった事でその手は虚しく空を切っただけで終わった。


(今、パンチが外れたのを確認した瞬間に右足を蹴り上げて蹴ってきた! そこまで早くなかったから十分目で追えたしあんまり痛くは無かったけど、5分の1くらいは体力が削られたからダメージは1じゃ無いよね。だったら、相手の攻撃力が私の防御力よりは上って事!?)


 とりあえず考えても仕方ないので、少しでも情報を集めるべく私は少女に解析技巧アナライズを発動する。


アイリス・シャドー Lv.11

 属性:?・人

 体力:44/44  魔力:330/330

 攻撃力:27  魔法力:774

 防御力:28  俊敏力:33

(習得魔法)

 ??? 熟練度?/? MP???

 ??? 熟練度?/? MP???

 ドロップアイテム:戦神の祝福


 どうやら敵は私の影のような存在で、ステータスはご丁寧にも私のものを1割増しにした状態になっているようだ。


(これまで戦った2体の魔獣達のステータスから考えるとこっちの攻撃もある程度通るんだろうけど……なんか、動きが私と違いすぎない!?)


 先程距離を取った私の偽物(とりあえずシャドーと呼ぶことにしよう)は、私の出方を窺うように拳を構える。

 そして、何時までも私が動かないのを感じ取るとそのまま左右にフェイント入れながらこちらとの距離を詰めて来る。

 だが、私には正しい戦闘のスキルなど欠片も無いため、あまり動きの速さが変わらないことを幸いと背を向けて全力で逃げ出す。


(とりあえず走るスピードがあんまり変わらないからこれで時間が稼げる! でも、このまま追いかけっこを続けてもいずれ疲労で走れなくなるから追い付かれて終わる! だから、なんとかこちらの勝機を見付けないと!)


 そう頭をフル回転させるものの、そう都合よく妙案など浮かんでは来ない。

 そもそも、今まで森で迷い続けたおかげで分かった事なのだが、ある程度の時間全力で走ったりなどしていると『疲労度』が急激に上昇し、数値が高くなれば高くなるほど直ぐに息が上がってあまり走れなくなる。

 そして恐らく、『疲労度』が50%を超えると休憩前と同じく時間経過、もしくは走り続ける限り体力の減少が起こり、体力が尽きると動けなくなるか最悪死んでしまうのだろう。

 だから一刻も早く解決策を見付けないといけないのだ。


(相手も私と同じ条件だと良いんだけど……下手すると相手だけ人間じゃ無いから『疲労度』事態が無いって可能性もあるんだよね。だから、何でも良いから起死回生の一手を見付けないと!)


 いっその事、玉砕覚悟でノーガードの打ち合いをしてみるか?

 ダメだ、その場合先に力尽きるのは能力で劣る自分の方だろう。

 と言うか、素人同然の私と違って相手は明らかに武術に精通したかのような動きをしているので、恐らく打ち合おうと近付いただけで簡単に組み伏せられ、後は一方的にボコられて終りだろう。


 では、不明な魔法2つがこのピンチに解禁される奇跡に賭けるのは?

 それも可能性は低いだろう。

 それに、そもそも解析した相手の能力値にも2つの不明な習得魔法があったのだから、私が使えるようになった途端に相手も使えるようになる可能性だって0では無いのだ。


 あと私が持っている力と言えば、このよく分からない幸運の指輪ラッキーリングだが……これも見る限りシャドーの右人差し指に同じ指輪が装備されているので同じ条件になっているはずなのだ。

 そして、それ以外のアイテムなど魔獣を倒した時に手に入れた小さな魔石が2つだけのため、この状況を好転させ得る物など全く持ってはいなかった。


(ああ、もう! こう言う時に仲間がいたりもっと有用なスキルなんかが有れば!)


 心の中でそんな愚痴を漏らしていると、ふと私の脳裏に疑問が浮かぶ。


(そう言えば、さっきシャドーのステータスを見た時にスキルの表示が無かったような? と言うか、ファニーラビットはまだしもファイアフラワーは習得魔法は表示されるのにスキルは表示されてなかった……。もしかして、魔獣ってスキルが使えない?)


 果たして、人型をしているシャドーを魔獣と分類してよいのかは疑問が残るが、それでも『魔獣はスキルを使えない説』はかなり有用な説では無いだろうか?

 と言うか、もうそれ以外に逆転の一手に繋がる可能性は残されていない。


(よし! 一か八か習得可能スキルの中から使えそうなやつを習得しよう! 確か技名っぽい漢字のやつがいくつもあったし、そこら辺がきっと【戦技】のスキルだよね。だったら、どうせ今の私は魔法使えないんだし、300の魔力全部を使って3つ習得すればどれかは使えるはず!)


 そう決断した瞬間、直ぐさま私はステータス画面の『スキル』欄を開く。

 そして、走りながら大慌てで(習得可能スキル)欄を確認していく。


(あっ! 今気付いたけど右端にフィルター機能がある! これで表示を【習得可能のみ】にして……今のとこ、習得可能スキルで漢字2文字は『縮地』、『不屈』、『閃撃』、『流水』、『疾風』、『不動』、『分身』の7つ、か)


 問題はこの約2分の1の確率で全て使えない物を選んでしまうのでは無いか、と言う事だが、もはや今の状況を打開するためには賭けに打って出るしか生き残る道は無い。


(とりあえず、『縮地』って漫画とかでよく見る瞬間移動みたいに動くやつだよね? だったらこれは確定として……この『分身』ってのは自分の分身を作れるの? それとも残像を出して攻撃を避けたり? まあ、分かんないけどこれも使えそう! あとは……この『不屈』と『不動』ってどう違うの? 『不屈』が攻撃を受けなくなって『不動』が吹き飛ばされないとか? うーん、分かんないけど残りの3つは武器を使った攻撃っぽいイメージだし、取るなら『不屈』か『不動』かな……。よし! 何となく『不屈』の方が強そうだしこっち!)


 瞬時に考えを纏めた私は躊躇うこと無く表示されたスキルの内、『縮地』『不屈』『分身』の3つをタップする。


『スキル【縮地】【不屈】【分身わけみ】を習得しますか?』


 頭の中に響いた声に、『分身って『ぶんしん』じゃ無くて『わけみ』って読むんだ』とどうでもいい思考が浮かぶが、直ぐにそんな思考を振り払って「はい!」と肯定の返事を返す。

 直後、私の頭に3つのスキルの知識が流れ込んでくる。


【パッシブ】縮地 Lv.1/5 レベルに応じて移動速度が向上する。


【パッシブ】不屈 どのような攻撃を受けても必ず24時間に1度だけHP1で耐える。


【戦技】分身わけみ Lv.1/5 CP50 65%のステータスを持つ分身を作り出す(レベル上昇で能力値が上がる)。


 まさか、【戦技】だと予想して習得したスキルの内2つが【パッシブ】だとは予想外だった。

 だが、『縮地』で移動速度が向上した事で少しだけシャドーとの距離を開くことが出来たし、『不屈』が有れば不意打ちでやられる事も無さそうだ。


(それに『分身わけみ』、これは結構使える!)


 そう判断した私は直ぐさま集中力と高め、一気に技巧値を上げる。

 そして必要数貯まったところで走るのを止め、そのままシャドーの方へと振り返りスキルを発動する。


分身わけみ!」


 その言葉と同時、私の隣に私と全く同じ見た目をした少女が姿を現す。

 そして、私が分身体の方へ視線を向け、軽く視線を向けると了承の合図に首を縦に振り、私と分身体は同時にシャドーへ向かって駆け出す。


(そもそも私の能力値は凄く低いから65%の能力でもそこまで差が出るわけじゃ無い! それに、いくら私と分身の動きが素人同然でも2人がかりだったら勝機が有るはず!)


 その考えの下、私はただがむしゃらに突っ込んでいったのだがここで1つ想定外の事態が起こる。

 先ず、私の単調な攻撃は簡単にシャドーに受け流されそのままの勢いを利用してあっさりと投げられてしまった。

 そのせいで能力が劣る分身体と能力値が強化されたシャドーの一騎打ちと言う最悪の状態に陥ったのだが……なんと、分身体はフェイントを織り交ぜながら放たれたシャドーの一撃を見事に受け流し、そのままがら空きになったボディーに左腕で掌底を放つ。

 だが、流石は能力値で勝るシャドーと言うべきか、直ぐさま後ろに飛ぶことでその衝撃を最小限のダメージで抑えただけで無く、直ぐさま体勢を整えて右足で分身体を蹴りつけた。

 その攻撃を分身体は回避不可能と判断したのだろう。

 直ぐさま左腕を引いてガードの姿勢を取ると、蹴りを受けると同時に飛ぶことでお互いの距離を取り、再び仕切り直しの体勢に持ち直したのだ。


(あれ? 今この場で一番弱いのってオリジナルの私!?)


 受け入れがたい衝撃の事実に私は愕然とするが、このまま分身体1人に戦いを任せていては立場が無いと必死にシャドーの妨害に徹する事になり、やがて私の妨害で満足な動きが出来ないシャドーが少しずつ追い込まれて行く事で、最後は分身体の華麗な右ストレートを腹部に受けたことで体力が付き、そのままドロップアイテムと魔石を残してシャドーは姿を消したのだった。

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