第4話 積み重なるやらかし

 部屋を飛び出して早4時間、現在、中身はいい歳をした大人の私は涙目になりながら鬱蒼と木々が生い茂る森の中をひたすら彷徨い歩いていた。


「どうして、こんな事に……」


 ボソリと1人呟いてみるものの、当然ながら私の嘆く声に答えを返す者など誰もいない。


「なんか、転生してからこれまでやることなすこと全てがろくな事になってない気がするよぉ」


 それでも、不安と寂しさ、それとどうしようも無い惨めさを紛らわすために1人愚痴を漏らしながらも私はひたすら歩き続けた。

 もう日がかなり高い位置まで来ているので時刻は正午近くまで来ているのだろう。

 今まで歩きっぱなしである事も合わせてかなりお腹が空いてきた気がするし、先程ステータス画面を開いた時に『疲労度』が38%まで上がって『疲労補正』により10%のステータス減少が確認出来た。

 それに、周りに雪が積もってはいないものの11月中旬という冬に入り始めた季節であるのに加え、そもそも反射的に出て来ただけなので下着と防寒用の上下インナー、それに少し厚手のワンピースタイプの服という軽装であるためかなり寒い。


(そもそも、『ちょっと辺りを探してみよう』程度の気持ちで出て来ただけなのに、何でこんな事に?)


 黙々と歩き続けることに精神を削れられていた私は、気を紛らわすために4時間前、部屋を飛び出した直後に思考を向ける。


―――――――――――――――


 最初、何処に何が有るのか全く分からない私は、『とりあえず外に出て今私がどんなところにいるのかを把握しよう』と玄関へ向かうことにした。

 この世界、基本的に日本式の文化で有るためか家の中でもきちんと靴を脱ぐ習慣があるのだが、基本床はフローリングタイプで畳などは無く、スリッパのような物を履いて生活するのが一般的らしい。

 そのため、室内履きから外履きに履き替えるための玄関がきちんと設置されており、そこで私はサイズの合うスニーカーに履き替えて外へと足を踏み出すことになったのだ。

 そして、外へと踏み出した私は今生活しているのが教会の横に建っている一軒家である事や、少し離れた所に集落らしきものが見えること、そして家の裏側が鬱蒼と木々が生い茂る森へと続いてる事に気付いた。

 ただ、家と森の間には簡単に人が入り込まないようにするためか、はたまた動物が入って来ないようにするためかは分からないが頑丈そうな柵が設置されていた。


(何だろ? 何か違和感があるような……ああ、そうか! もう11月で寒いはずなのにここら辺って妙に暖かいんだ。それに、森の奥はだいぶ木々が色付いてるのに家の近くになるほど異常に青々としてる気がする)


 そんな事を考えながら、もう少ししっかりと調べてみようと家の裏手に回る。

 するとそこには、家から柵までのスペース、二反(約20a)程度に結構な規模の畑が整備されていた。


(あれはカボチャかな? それににんじんやカブなんかも植えてあるんだ)


 この時、私は完全に畑に気を取られていたので周りへの警戒が疎かになっていた。


「あんた! 何してんだい!?」


 そのため、突如後ろから聞こえた大きな声に死ぬほどビックリして、気付いた時には全力で走り出していた。


「あっ! ちょっと、待ち――」


 背後から慌てたような声と、ガシャンとかバサバサと何かが倒れたり落ちたりする音を聞きながら、私はただ力一杯走り抜ける。

 そして、目の前に見えた柵の一部が壊れ、子供1人がやっと通れるような隙間を見付けると迷うこと無くそこに体を滑り込ませ、服が汚れるのも気にせず走り続けた。


 正直、何故こんな行動を取ってしまったのか今でもさっぱり分からないのだが、割と本気で肉体年齢に精神が引っ張られて子供のような突拍子も無い行動を取ってしまったのでは無いかと疑っている。

 ただ、どんな理由にせよ私は後先考えずに感情のまま走り続け、息を切らしながら足を止めた頃には既に自分が何処にいるのかが分からなくなっていた、と言う事実に変わりが無かった。


(やっぱり、ここら辺の草木が色付いている付近は結構寒いなぁ。……私、どっちの方向から走ってきたんだっけ? 一応草木が青い方に進んで行けば良いんだろうけど……ここから見える範囲だと全然分かんないなぁ)


 一応、太陽の位置から大体の方角は分かるものの、無我夢中で走って来たせいでそもそも私がどちらの方角から来たのかなど分からない。


(とりあえず、今向いている方向の逆側に進めば戻れる、かな?)


 そう考えて振り返ろうとした直後、突然近くの茂みがガサリと揺れ、そこからデフォルメした一頭身キャラのような見た目をした可愛らしいウサギのような動物が姿を現した。


「わぁ、可愛い。この世界にいる野生動物かな」


 そう呟きながら、そのモフモフしたウサギを撫でようと距離を詰める。


「キュッ!!」


 直後、そのウサギが鋭い鳴き声を発したかと思えば私の腹部目掛けて全力で跳躍した。


「ゴフッ!!?」


 そして、無防備な腹部に突進を受けた私は情けない声を上げながら派手に吹き飛ばされ、視界の端に映る体力ゲージの3分の1が消滅するのを確認した。


「ケホッ、ゴホッ・・・。まさか、これが魔獣!?」


 何とか呼吸を整えつつも距離を取り、集中力を高めて解析技巧アナライズを発動する。


ファニーラビット Lv.3

 属性:無・獣

 体力:20/20  魔力:50/50

 攻撃力:32  魔法力:0

 防御力:18  俊敏力:35

 ドロップアイテム:幸運の指輪ラッキーリング


 すると、直ぐさま私の視界に敵のステータスを現す半透明のウィンドウが浮かび上がった。


(この子、レベルは私より下なのにステータス値がほとんど上だ! どう言う事!? もしかして私、雑魚敵より弱い!?)


 予想外の事実に動揺していると、再び目の前のウサギ、ファニーラビットが突進の構えを見せる。

 そのため、私は慌てて思考を中断して攻撃を躱そうと動くが、私より俊敏力の高いファニーラビットの突進を避ける事が出来るはずも無く、気付いた時にはモフモフの塊が目の前に迫っていた。


(ダメだ! やられちゃう!!)


 まともな戦闘経験も無く、武器も防具も持たない私は混乱のあまりつい右手を振りかぶる。

 すると、たまたま振りかぶったタイミングが良かったのか、ファニーラビットの横面に渾身のグーパンが突き刺さった。


「プギュッ!?」


 奇妙な鳴き声を発しながらファニーラビットの小さな体は吹き飛び、そのまま数度地面をバウンドしてその動きを止める。

 直後、一瞬だけファニーラビットの頭上に現れたオレンジ色のゲージが急速に縮み、そのまま完全にゲージが消滅したかと思うとポンと軽い音を発してファニーラビットの姿は消え、代わりにそこに何か小さい物が2つ転がり落ちた。


「…倒した、って事?」


 突然の事態について行けずそう呟いた直後、突然頭の中に『経験値:1を獲得しました』と言う声が響いてきたことでようやく私は勝利を確信する。

 そして、恐る恐る何かが落ちた地点まで近付くとそこには小さいながらもキラキラと光る綺麗な石と指輪が落ちていた。


「何だろう、これ? とりあえず鑑定してみよ」


 結果、綺麗な石は『魔石(極小)』、指輪は『幸運の指輪ラッキーリング』と言うアイテムで、それぞれ『レア度1 魔獣の核となる魔力を秘めた石。魔道具を動かす原動力として使用される。』『レア度5 装備者に幸運をもたらす。』と言う鑑定結果が出た。


(この魔石は換金アイテムかな? それで、指輪の効果はよく分かんないけど、レア度5って出てるしとりあえず装備しとこうかな……大きすぎてぶかぶかだろうけど)


 そんな事を考えながら私は試しに右人差し指を指輪に通してみる。

 すると不思議な事に指輪は私の小さな指にピッタリと填まる大きさまで小さくなったのだった。


(便利だなぁ。そう言えば、指輪って付ける指によって意味があった気がするけどはっきりと分かるのって左薬指だけなんだよね。確か、右薬指でも婚約とかだっけ? あとどっちの手かは忘れたけど小指も恋愛関係だった気が……まあ、面倒臭いしこのまま右人差し指に付けとこ)


 この時、私は初めての戦闘で少しハイになっていたのに加え、レアそうなアイテムを拾った喜びから完全に今私がどういった状態に陥っているかを失念していた。

 そのため、何も考えずに歩き出した方向が先程私が進もうとしていた道とは異なる事に一切気付いていなかった。


(この調子なら、元いた場所に戻るまでにレベルが上がっちゃったりして!)


 完全に調子に乗った私はるんるん気分でしばらく歩き、ふと『そう言えば私、何処に向かって歩いてんだろ?』と言う問題に気付いて足を止めた。


(……どうしよう。さっき引き返そうとしてたのこっち、だったよね? もしかして、下手に動くよりここに留まった方が正解? でも、誰かが探しに来てくれる保証も無いし……)


 しばらく悩んだ後、『流石にそこまで遠くまでは来て無いだろうし、しばらく進んでそれっぽい景色が見えなければ引き返せば良い』と言う結論に達した私は今向いている方向に進んでみることにした。

 そして、5分ほど真っ直ぐ進んで『そろそろ戻るか?』と思いだした頃、風に乗って何かが焦げたような臭いが漂ってくるのに気付いた。


(まさか、誰かが近くで焚き火でもしてるの? じゃあ、そこまで行けば戻り道を教えてくれるかも)


 一応、ゲームなどではお馴染みの山賊パターンもあるため、少し慎重になりながら臭いがする方へ歩みを進めて行く。

 そして、2,3分ほど歩いたところで少し開けた広場に辿り着いた。


(人は……いないなぁ。と言うか、臭いの原因はあれかな?)


 広場の中央、妙に焦げたような痕が目立つ箇所にポツンと禍々しい赤色をした花が一輪咲いており、その横には黒焦げになった鳥の死骸が横たわっていた。


(何故かあの花から伸びた蔓が鳥の死体に巻き付いてるし、明らかに魔獣だよね。まあ、植物系も魔獣で良いのかは分かんないけど)


 そんな感想を覚えながらも花に向かって解析技巧アナライズを発動しよと試みるが、距離が遠すぎるのか上手くスキルが発動しなかった。


(もっと近付かないとダメか。まあ、植物系がいきなり近付いて来たりはしないだろうし、足下から蔓が伸びてきたりしないかだけ注意しとこ)


 そう判断を下し、私は恐る恐るその花へと近付いていく。

 そして、『そろそろ大丈夫かな?』と思える位置まで辿り着いた地点で突如、口のような形をした花弁こちらを向き、プルプルと震えたかと思うと次の瞬間凄まじい速度で火球を吐き出した。


(!!? 避けられ――)


 咄嗟に顔を庇うように手を上げ、襲い来るであろう肉を炙られる痛みに身構える。


 だが、予想に反して私の体に触れた火球は『バシュッ』と派手な音を上げて霧散してしまった。


「? 熱く、無い?」


 試しに私は視界端に表示されている体力ゲージに視線を送る。

 そこには、先程ファニーラビットによって3分の2程まで削られた体力が時間経過で回復したのか5分の4程まで回復しているのを確認出来ただけだ。

 更に、その確認の最中にも更なる火球が私を襲うが、結局私には傷1つ付かないどころか体力ゲージが減少することも無く終わる。


(もしかして、この花って凄く弱い?)


 そう考えながら私は解析技巧アナライズを発動する。


ファイアフラワー Lv.12

 属性:火・?

 体力:?/25  魔力:280/300

 攻撃力13  魔法力:78

 防御力:44  俊敏力:5

(習得魔法)

 火球ファイアボール 熟練度?/10 MP10

 ドロップアイテム:?


 相手の方がレベルが上のため、所々不明な部分が有るもののそこまで弱いステータスでは無いように思う。

 ただ、違いが有るとすれば先程のファニーラビットが物理タイプの敵で有るのに対し、このファイアフラワーは魔法型の敵だと言う事だろうか。


(魔法力の数値はさっきのファニーラビットの攻撃力より圧倒的に上なのに私がダメージを受けないのは何でだろ? もしかして、魔法力って魔法の攻撃力だけじゃ無くて防御力も兼ねてるって事? だったら辻褄が合うのかな)


 そんな事を考えながら私は慎重にファイアフラワーとの距離を詰める。

 その間、懲りずにファイアフラワーは火球を放ってくるのだが、当然の如く私にダメージは無かった。


(とりあえず、殴ってみよう)


 完全に距離を詰めた私はとりあえず思いっ切り右の拳を振り切る。

 そして、その右腕は正確にファイアフラワーの花弁を殴りつけたものの、少し体力が削れただけで大したダメージを与えることは出来なかった。


(やっぱり、私の攻撃力が低い上に相手の防御力が高いからかな)


 どうせダメージは無いからと油断していると、不意にファイアフラワーが黒焦げの鳥に絡ませていた蔓を持ち上げて私に振り下ろす。

 そして、それは完全に油断していた私の頭に直撃し、私の残り体力の10分の1程を削り取った。

 更に、突然予想外の攻撃が来たことで思わずバランスを崩した私は派手に転んでしまう。

 その際、咄嗟に近くにあったファイアフラワーの花柄を掴んでしまったため、私が転んだ勢いのままファイアフラワーを地面から引き抜いてしまった。


「あっ」


 直後、ファイアフラワーの体力ゲージが尽きると共にその姿が弾け、私の足下に先程のファニーラビット同様に魔石が転がり落ちた。


『経験値:80を獲得しました。レベルが11に上がりました』


 そのアナウンスを聞いた私は直ぐさまステータスを確認する。

 そして表示されている『体力:28/40、魔力:300/300、攻撃力:25、魔法力:704、防御力:26、俊敏力:30』の表示と、視界の端に青色のゲージが戻って来たことで舞い上がり、完全に『元いた場所に帰る』と言う大切な目標を失念してしまう。


(やった! やっぱりレベルさえ上がれば魔力も戻って来る! さっきの敵、弱かったのに経験値が80と多かったし、この調子で行けば直ぐに最初の失敗を帳消しに出来るかも!!)


 こうして、ファイアフラワーを求めてあちこちウロウロしたことで完全に私は元来た道へ戻る術を失い、結局それから3時間以上ただの1匹たりとも魔獣に遭遇する事が出来ないままに未知なる森を彷徨う事になるのだった。

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