HP五兆だけじゃ勝てない


「すまない……っ! 俺が……俺がちゃんと守れていれば……!」


「タクトのせいじゃねぇ……! ガンターロだって、こうなることは覚悟してたんだ……っ!」


「ガンターロ……。ごめん……ごめんね……っ」


 俺はあの日のことを絶対に忘れたりしない。


 あの日……〝HP五兆の男〟として勇者パーティーに迎えられた俺は、大切な仲間を守れなかった……。


 世界では、今も俺達人間と大魔王の戦いが続いてる。

 戦いになれば人がガンガン死ぬ。マジでガンガン死ぬ。


 なんでかって……そりゃみんな〝HP1〟だから。


 三十年前――世界を襲った恐怖の大魔王は、俺達人間や世界を守るドラゴンの力を恐れて、俺達に〝HPが1になる呪い〟をかけたんだ。


 それ以来、俺達人間はずっと劣勢だ。


 なんたって、みんなちょっとでも攻撃が当たれば一発で死ぬ。

 流れ弾に当たれば死に、ゴブリンが投げてきた石ころに当たっても死ぬ。


 もちろん、みんなだって死にたくない。

 大魔王に負けたくなんてない。

 だから俺達冒険者は一生懸命修行して、勉強して強くなった。


 俺達を率いる伝説の勇者ディライズはマジで強い。

 光と同じスピードで動ける。

 そもそも敵の攻撃とか当たらないし、ほぼ確実に敵の方が先に死ぬ。


 大魔法使いのハルートも、見た目は小さな子供だが無茶苦茶だ。

 少し手をかざせば街一つ、軍隊一つ消し飛ばせる。

 大陸の端から端まで届く雷を撃つこともできるんだ。


 聖女でヒーラーのピヨリも……後ろで祈ったり、皆の麻痺とか石化とか混乱とかを治したりしてくれる。HP回復の魔法は……まあ、今のこの世界じゃな……。


「もう絶対に、二度と油断したりしない……っ! 絶対に、誰一人だって死なせたりしないから……っ! すまない、ガンターロ……! 約束、するから……っ!」


「タクトさん……」


 ガンターロは気の良いアーチャーだった。

 一番最後にパーティーに加わった俺にも、真っ先に優しくしてくれた。

 本当に、優しい奴だったんだ……。


 呪いがかけられたはずの世界で、どうして俺だけHP五兆なのかは分からない。


 とにかく毎日鍛えてて……気付いたらいつのまにかHP五兆になっていた俺は、ガンターロを失うまでいい気になってた。


 俺は大丈夫だって。

 俺はみんなと違ってそう簡単には死なないぞって……調子に乗ってたんだ。


 馬鹿だった……。


 俺のHP五兆は、そんなくだらない事のためにあるものじゃなかった。

 どんなに怖くても、平和のために戦うみんなのために。

 こんな酷い世界になっても、頑張って生きるみんなを守るためにあったんだ。


 だから――!


 

 ――――――

 ――――

 ――



「俺はもう絶対に、誰も傷つけさせないって決めたん――ぐわあああああああ!?」


「た、タクトーーーー!?」


 山のようなモンスターの群れ。

 俺達はその中で背中合わせに集まり、必死で戦いを続けていた。

 

 俺は全身ホコリだらけになりながらも、次々と襲いかかってくるモンスターの突撃や魔法、弓矢や毒液とかをくらい続ける。


 今回の攻撃はヤバイ。

 今までとは数も、敵の強さも桁違いだ。

 大魔王もいよいよ後がなくなってきたって感じだな。


「フハハハハ! 見事だ勇者パーティーよ! ならば、魔王軍最強と謳われる我が必殺の剣を受けてみるがいい!」


「ついに四天王も最後の一人が出てきやがったか! 面白ぇ……この勇者様が相手になってやるぜ!」


 そしてそんなモンスターの群れの上。

 とんでもないオーラを放ちながら戦いの様子を伺っていた、強そうなおっさんが一気に俺達めがけて迫ってきた。


「死ねぃ! 必殺――天上雷鳴剣!」


「必殺技ですか!? そんなもの、この僕が撃たせるわけないでしょう!」


「ハハハハ! ならば止めて見よ!」


「くっ!? 僕の魔法が通じない!?」


「どけハルート! こいつは俺が――!」


「いや! 俺が止める!」


「タクト!?」


 それはマジでとんでもない攻撃だった。

 本当の雷を百本くらい纏めて落としたような、そういう攻撃だった。


 けど、だからこそ俺がやらなくちゃいけない。


 勇者ディライズの強みは〝速度〟と〝攻撃力〟だ。

 HPは普通に1だし、防御力だって常識の範囲内。

 この攻撃をディライズが受け止めたら、きっとその衝撃だけでディライズは死ぬ。


 だから……ここは俺がやらなくちゃいけないんだ!


「ぐぎ……!? ぐわああああああああああああああああ!?」


「な、なんだと!? 神竜すら両断する我が必殺剣を、正面からまともに受けただと!? き、貴様は一体……ッ!?」


 クソ強そうなおっさんの攻撃を、俺はまともにくらった。

 おっさんの剣が俺の体に食い込んで、とんでもない雷が俺とおっさんを中心にバチバチ渦巻いた。


 けどやっぱりだ。

 俺に当たった攻撃は、俺に叩き込まれた時点で威力が消えた。

 おっさんのまわりにあった雷が、一気に薄くなる。


 これなら――!


「俺は……っ! 俺は……HP五兆だあああああああああああああッ!」


「HP……五兆!?」


「そして、俺達の最高の仲間だ――!」


「――そういうことですッ!」


 瞬間。空中で動きの止まったおっさんの体に、ディライズとハルートの渾身の一撃が叩き込まれる。

 

 確かに俺はHP五兆だ。

 でも……ただ〝それだけ〟だ。


 ディライズみたいに、どんな相手でも倒せる力も技もない。

 ハルートみたいに、沢山のモンスターを吹き飛ばすような魔力も頭の良さもない。

 ピヨリみたいに、病気の人や石になった人を治すこともできない。


 だから守る。

 どんなに痛くても……HPが五兆からちょっぴり減っても頑張って守る。


 俺だけじゃ、世界を平和にすることはできないから。


「ぎゃああああああああ!? そんな……まさか、この私が敗れるとは……! 大魔王様……お許し下さい……っ!」


「大丈夫かタクト!? しっかりしろっ!」


「すぐに私が手当てするからね……! ああ……五兆もあったタクトのHPが、4999999991822にまで減って……っ!」


「いや……実はもなにも、まだ全然余裕だからな? そんなに心配しなくても……」


「ダメですよタクトさん。タクトさんは大切な僕達の仲間なんですから。仲間が傷つけば、心配するのは当然のことです。たとえ貴方のHPが五兆あったとしても……です」


 敵のボスを倒したっていうのに、みんなは喜ぶどころかすぐに俺を心配して集まってきてくれた。


 まったく……みんなだって疲れてるだろうに。

 やっぱりこいつらは絶対に守らないとな。


 死ぬほど辛い戦いを乗り越えた俺達は、ひとまずお互いの無事を噛みしめた――。

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