◆久々の再会◆

朝からバタバタと仕事をこなし、ようやく一段落着いた午後。

俺は事務所で一服していた。

美桜は今日も学校。

美桜が高等部に進学して一年半が経とうとしている。

テストの前にはテンションがガタ落ちでアタフタと勉強するところは中等部の頃から変わらないけど……。

それでも、毎朝、楽しそうに学校に通い、夜にはその日の出来事を嬉しそうに話してくれる。

今となっては美桜の大親友となった麗奈。

葵の弟である海斗。

麗奈の彼氏であるアユム。

2回のクラス替えでも離れる事無く

いつも4人一緒で毎日楽しそうに過ごしている。

そんな当たり前のような日常が俺はとてつもなく嬉しくて……そして楽しかったりもする。

『今日麗奈がね……』

嬉しそうに……。

『海斗ったらまた……』

呆れ気味に……。

『アユムってばすごいんだよ。』

尊敬したように……。

表情をコロコロと変える美桜の話を聞きながら酒を飲む時間が俺にとって癒される時間になっていたりする。

……あの頃に比べたら……。

美桜はかなり変わったと思う。

夜の繁華街に1人で佇んでいた美桜。

あの頃は笑う事はおろかずっと無表情だった。

人の波を映すその瞳に悲しみだけを称えて。

美桜は感情を押し殺す事で、傷つき過ぎた自分自身を守ろうとしていたんだ。

だから今、美桜が色々な表情を見せてくれるって事は決して当たり前の事なんかじゃない。

そう思うから……俺はそれが嬉しくて堪らないんだ。

そんな事を考えながらふと視線を向けた窓の外。

生い茂る木々が紅や黄に染まりかけていた。

……もう秋だな……。

タバコの煙をゆっくりと吐き出した俺はある事を思い出した。

『秋ってなんか寂しい感じがするんだよね』

数年前の夏の終わりに美桜がポツンと呟いた言葉。

その時はあまり気にも留めなかった言葉。

……だけど改めて考えると、何となくその言葉の意味が分かるような気がする。

夏の開放感と賑やかさ。

それが薄れていくこの季節。

多少の喪失感がある。

……今週の週末は賑やかに過ごすか……。

……賑やかに……。

……賑やかに……。

……ケン達と飯でも喰いに行くか……。

俺は机の上にあったケイタイに手を伸ばした。

その瞬間、そのケイタイが音を発した。

液晶を見ると“颯太【そうた】”の文字。

その名前に懐かしさを感じながら俺はケイタイを耳に当てた。

「はい」

『蓮?』

「あぁ、颯太。久しぶりだな」

『おう、元気か?』

「あぁ、お前は?」

『俺も元気だ』

「そうか、良かった。で?なんかあったのか」

『あぁ、実はちょっと問題が発生してな』

颯太のその言葉に俺は緊迫感を感じた。

「どうした?どこかの組とモメてんのか?」

『ん?そういうんじゃねぇーんだけどな』

「じゃあ、どうしたんだ?」

『実はな……』

「あぁ」

俺はケイタイ越しに聞こえる颯太の声に神経を集中していた。

『……紹介してくれねぇーんだよ』

「紹介?」

『あぁ、俺の親友【ダチ】に初めて彼女が出来たらしいんだけどな、そいつがいつまで待ってもその彼女を紹介してくれねぇーんだよ』

「……」

『ヒドイと思わねぇーか?』

「……」

『俺的には付き合いだしてすぐに報告があると思ってたんだけど』

「……」

『何年待っても報告すらねぇーんだよ』

「……」

『……って事で俺は勇気を振り絞って報告の催促の連絡をしてみたんだ』

「……なぁ、颯太」

『ん?』

「そのヒドイ親友【ダチ】って……」

『あぁ』

「もしかして俺の事か?」

そう尋ねた瞬間、ケイタイの向こう側からは盛大に吹き出すような声が聞こえた後

『蓮、大正解!!』

楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

……一方、俺はと言えば微妙な気まずさを感じつつ

「……」

言葉を発する事が出来なかった。

別に隠そうとしていた訳じゃない。

ただ、いいタイミングが見つからなかっただけ……。

……でも、今更そう口にしたところで、それはただのいい訳にしか聞こえないような気がする。

そう思った俺は弁解すら出来なかった。

『なぁ、蓮。』

「うん?」

『“桜ちゃん”を紹介してくれるんだろ?』

……ちょっと待てよ……。

今、コイツ……。

“桜ちゃん”って言ったよな?

「……おい、颯太……」

『なんだ?』

「……お前、なんでそのあだ名を知ってるんだ?」

『あだ名?あぁ“桜ちゃん”のことか?』

「あぁ」

『お前が秘密主義だから、俺も“そっち”に情報を流してくれる人脈を確保してるんだ』

得意気な颯太。

「人脈?」

俺は嫌な予感を感じていた。

『そう、人脈』

「その人脈って……一体、誰の事だ?」

颯太に情報を流している人間が誰なのか何となく予想はできる。

“桜ちゃん”

美桜のそのあだ名を知っている人間は限られている。

俺の身近にいる人間。

それもかなり身近な……。

『誰ってケンに決まってるじゃん』

「やっぱりな」

……あのサルが……。

俺の口からは大きな溜息が洩れた。

『それからマサトにヒカルだろ』

「は?マサトとヒカルもなのか?」

『あぁ、まぁヒカルは話したって言うより無理矢理聞きだしたって言った方が正しいけどな』

「無理矢理?」

『そう、俺の先輩としての権力をフルに活用させて貰った』

楽しくて堪らないって感じの颯太。

……気の毒に……ヒカル……。

「……お前……」

俺は呆れ果てた声を出したけど、それすらも耳に入っていないらしい颯太は

『で?』

相変わらず楽しそうな声を出す。

「……?」

『“桜ちゃん”を紹介してくれるんだろ?』

「あぁ、でも……」

『うん?』

「お前も忙しいんじゃねぇーのか?」

颯太には、美桜の中等部の修学旅行の時、車を借りた事があった。

俺はその車を返す時に、颯太に美桜を紹介しようと思っていた。

……結局、颯太は仕事が忙しく俺が颯太と会う事も、颯太に美桜を紹介する事も叶わなかったけど……。

『まぁ……忙しいって言えば忙しいんだけど、今週の金曜日から仕事でそっちに行くから週末の夜にでも一緒に飯でも喰わねぇーか?』

「あぁ、分かった」

『それから、久しぶりにみんなにも会いてぇーんだけど……』

「そうだな。俺からみんなに連絡してみる」

『助かるわ。・・んじゃ、週末を楽しみにしてる』

「あぁ、じゃあ週末な」

俺は通話が切れたのを確認してから終話ボタンを押した。

「……懐かしいな……」

俺は無意識のうちにそう呟いていた。

颯太は、俺の聖鈴時代の友達だ。

それにB-BLANDの創設メンバーでもある。

颯太と琥珀【こはく】と樹【いつき】。

颯太は沖縄が地元だった。

ドレッド頭がトレードマークでダンスをこよなく愛する男。

童顔で赤に近い綺麗なオレンジの髪の琥珀。

黒髪にお洒落なメガネで知的な雰囲気の樹。

そして、俺とケン。

俺達は5人でいつもツルんでいた。

毎日、学校でもそれ以外でもいつも一緒にバカ騒ぎして、大笑いしていた。

……結局、それだけでは飽き足らずストリートギャングのチームまで立ち上げて……。

“繁華街の統一”という目標を掲げた俺達は、毎日ケンカ三昧の日々。

三ヶ月で目標を達成出来た俺達は拡大したチームの事で更に多忙になった。

毎日のように発生する問題とモメ事。

トップとして。

幹部として。

俺達にはするべき事が山のようにあった。

それでも相変わらず俺達は顔を合わせてはバカみたいに大騒ぎしていた。

そんな毎日がただ単純に楽しかった。

高校生だった俺達には、もちろん今みたいに“責任”や“義務”なんてもんはなく、ただ好きな事だけをやっていれば良かった。

毎日顔を見飽きるくらいにツルんでいた俺達も、大学を卒業するとそれぞれが自分の道を歩む為に離れることを余儀なくされた。

俺は、親父の跡を継ぐ為にチームを抜け組に入った。

ケンは俺の代わりにB-BLANDの2代目トップに就き親父さんの手伝いを始めた。

颯太は俺の家と同業の家業を継ぐ為に地元である沖縄に帰った。

そして、琥珀や樹も家業を継ぐという親との約束を果たす為にそれぞれが実家に戻った。

聖鈴に通う生徒の親は経営者が多い。

だから、学生時代は好きな事をしていても卒業したら、親の跡を継ぐ奴も少なくはない。

それは俺達も例外ではなかった。

今ではみんなが揃って会える事も少なくなった。

一年に一回会えればいい方。

今回だってケンは別としても颯太や琥珀や樹と会うのは数年ぶり。

……久々に大騒ぎするか……。

俺はみんなとの再会を心から楽しみにしていた。

◆◆◆◆◆

颯太から連絡があった日の夜。

早速、俺は美桜に尋ねてみた。

「今度の週末、俺の友達と会ってみるか?」

俺の言葉に宿題だと言って難しい表情で数学の教科書を見つめていた美桜が

「えっ?蓮さんのお友達?」

顔を上げた。

「あぁ」

「……それってケンさんと一緒にって事?」

「まぁ、ケンも来るんだけどな」

「……他にも誰か来るの?」

「あぁ」

「その人って私は会った事がある人?」

「いや、ねぇーな」

「……」

美桜の顔は微妙に引きつっていた。

美桜は人見知りが激しい。

初対面の奴と話す時はかなり緊張するらしく、本人曰【い】わく慣れるまでは頭の中が真っ白になり心臓が口から飛び出しそうになるらしい。

……まぁ、俺と付き合うまでは自ら人と接する事を避けていたんだから仕方がないと言えば仕方がない。

それでも美桜はかなり頑張っている。

親父も

綾さんも

ケンも

ヒカルも

葵やアユも

マサトだって

当然だけど最初は初対面だったんだ。

それでも美桜はみんなと仲良くしようと努力してくれている。

今ではみんなと笑顔で話せるようになったけど

人見知りが激しい美桜にとってそれは苦痛と緊張の連続だったに違いない。

だから美桜が顔を引きつらせている理由だって俺には痛いくらいに分かる。

「俺の学生時代の親友【ダチ】なんだ。」

「それって……」

「ん?」

「この前、ケンさんのお家で見せてもらった写真の人達?」

「そうだ」

「会えるの?」

「あぁ、あの写真のドレッド頭の奴覚えてるか?」

「……ドレッド……あっ!!うん、覚えてる!!」

「あいつは颯太っていうんだけど地元が沖縄なんだよ」

「うん」

「そいつが週末に仕事でこっちに来るんだ」

「うん」

「んで、その時に久々にみんなで食事でもしようって事になったんだけど」

「行く!!」

俺の言葉を美桜が遮り叫んだ。

興味津々って感じの瞳。

そんな美桜に俺は驚いた。

人見知りが激しい美桜が積極的に初対面の奴に会いたがるのはかなり珍しい。

「そ……そうか?」

「うん!!会いたい!!」

「そ……そんなに会いたいのか?」

「うん!!」

俺の質問に美桜は力強く頷いた。

「……珍しいな。」

「なにが?」

「お前が初対面の奴に会いたいだなんて」

「だって……」

「ん?」

「蓮さんの親友なんでしょ?」

「あぁ」

「学生時代の蓮さんを知ってるんでしょ?」

「あぁ」

「だから会いたいの!!」

美桜の瞳がキラキラと輝いていた。

それと同時に微妙に鼻の穴も膨らんでいるような……。

「そうか」

俺は苦笑しながら、美桜の頭に手を伸ばし頭を撫でた。

◆◆◆◆◆

美桜が『会いたい!!』と断言した翌日、俺は琥珀や樹にも久々に連絡をした。

颯太に比べれば近くにいる2人。

それでもたまに電話で話す程度で会う機会は少ない。

週末に颯太がこっちに来る事を告げ、みんなで食事をしようと提案すると2人は快諾してくれた。

……あとはケンだな……。

俺は着信履歴からケンの番号を検索して発信ボタンを押した。

呼び出し音が1回……。

2回……。

3回……。

『もっしも~し、蓮。どうした?なんか用か?』

ケンは相変わらずテンションが高かった。

そのテンションの高さに俺は苦笑した。

「……お前、いつも元気だな」

『おう、それだけが取り柄だからな』

「……」

それだけって……普通、自分で言うか?

『それより、何かあったか?』

そう尋ねるケンの声が微妙に低くなった。

それはチームのトップの声だった。

「いや、そういうんじゃねぇーよ。颯太が仕事でこっちに来るらしいんだ」

『颯太が?』

「あぁ、それで久しぶりにみんなにも会いたいっていうから食事もって……」

『うおっ!!それってすげぇナイスな提案だな!!いつだ?』

俺の言葉を遮ったケンが嬉しそうな声をあげた。

「今週末の夜だ」

『みんなって事は琥珀や樹もくるんだよな』

「あぁ」

『了解。あいつ等に会うのも久しぶりだな』

「そうだな」

『なんかすげぇ楽しみなんだけど!!あっ!!そうそう店とか決めたのか?』

「いや、まだだ」

『んじゃ、俺に任せろ!!』

「……」

『俺が美味くて雰囲気のいい店をバッチリ押さえて……』

「……どうせ焼き肉屋だろ?」

『……えっ?』

「お前に頼んだら100%焼き肉屋になる気がする」

『……』

「……」

『……バレた?』

「残念ながらな」

『……ムフ……』

「……気持ちの悪ぃ声を出して誤魔化そうとすんな」

『……』

俺には電話の向こう側にいるケンの姿が容易に想像できた。

ガックリと肩を落としている姿が……。

「……まぁ、いいんじゃねぇーか?」

『えっ?』

「お前の焼き肉好きはあいつ等だって知ってんだから焼き肉でもいいんじゃねぇーか?」

『だよな!!』

再び嬉しそうな声をあげたケン。

……本当に分かりやすい奴だな。

俺は呆れつつも笑ってしまった。

「それじゃケン、店の方は頼んだぞ」

『了解、任せとけ!!』

自信満々のケンの声を聞いてから俺はケイタイを切った。

「……久々に大騒ぎすっか……」

思わず呟きふと視線向けた窓の外。

紅や黄に色付いた木々の葉が、陽の光を浴び輝きを放っていた。


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