番外編◆蓮さんの親友達①◆

その日。

私は朝からソワソワと落ち着かなかった。

私は今日、蓮さんのお友達に会う事になっている。

その人達は蓮さんの聖鈴時代のお友達。

そして、B-BLANDの創設メンバーらしい。

颯太さん

琥珀さん

樹さん

そして蓮さんとケンさん。

蓮さんはこの人達の事を“親友”だと私に教えてくれた。

ケンさんは別として私が颯太さん達と会うのは初めて。

先週、私は蓮さんに尋ねられた。

『今度の週末、俺の友達と会ってみるか?』

……蓮さんのお友達?

その言葉ですぐに私の頭に浮かんだのはケンさんだった。

繁華街を含めて、この街で蓮さんはとてつもなく有名人だったりする。繁華街のメインストリートを歩けば、一斉に注目を浴びるような存在。

私達よりも年上の人だったり……。

年下の子だったり……。

同じくらいの年代だったり……。

男の人も女の人も性別不詳の人も……。

多くの視線を蓮さんは集める。

羨望の視線。

尊敬の視線。

興味の視線。

そして、憎悪や憎しみの視線も……。

いろいろな視線が交差するその先にある存在は誰もが認めるモノ。

……っていうか、私は蓮さんの存在を知らなかったんだけど……。

そんな私はかなり珍しいらしく麗奈や海斗達には珍獣を見るような目で見られてしまった。

とにかく蓮さんはそのくらい有名人だ。

だけど蓮さんに視線を向ける人達を蓮さんが知ってるかと言えばそうでもない。

蓮さんが特定の人意外に感心を持つことは殆どと言っていいくらいになかったりする。

蓮さんが感心を持つ人って事は簡単に言えば、蓮さんが自分から言葉を交わす人。

それを基準に考えると蓮さんの知り合いはかなり限られてしまう。

ケンさんのチーム関係の人。

蓮さんの組関係の人。

それだけでも私からしたらたくさんの人なんだけど……。

その中でも特に蓮さんと親しいのは

ケンさん

マサトさん

ヒカル

それから旅行の時に会ったヤマトさん。

そのくらいしか私は知らない。

多分、蓮さんは人と“広く、浅く”付き合う人じゃなくて“狭く、深く”付き合う人なんだと私は思う。

そんな蓮さんが“親友”と呼ぶ人達。

それだけでも私の興味を引くには十分だった。

私は人見知りがとてつもなく激しいから、初対面の人と会うのは苦手だったりする。

それでも颯太さん達には会ってみたいと心の底から思った。

だから、私は蓮さんの提案に速攻で答えた。

『会いたい!!』

そんな私に蓮さんはとても驚いていた。

蓮さんが驚いてしまうのは仕方がない。

だって蓮さんは私が極度の人見知りだって知ってるから……。

今回のこの提案だって蓮さんは私が嫌がるって分かってるから恐る恐るしたんだと思う。

もし、私が『会いたくない』って言っても、蓮さんは決して無理強いしなかったに違いない。

もしかしたら、私に話す時点で蓮さんは半分諦めていたのかもしれない。

だから蓮さんは私が颯太さん達に会いたいと言った時、とっても嬉しそうな表情を浮べたんだと思う。

蓮さんのあんな表情を見れるなら……。

私は初対面の人と会う時に感じる緊張感なんて全然我慢できる……そう思った。

◆◆◆◆◆


「……美桜……」

「……」

「……美桜?」

「……」

「美桜!!」

「……えっ?」

「どうした?ボンヤリして……」

「は?私が?」

「あぁ、何度呼んでも気付かなかっただろ?」

「えっ!?そうだった?」

「あぁ」

「ごめんなさい!!」

「別に謝らなくてもいいけど……」

「……?」

「体調でも悪いのか?」

蓮さんが私の顔を覗き込んだ。

「ううん、全然大丈夫!!」

「そうか?」

心配そうに私の顔を見つめる漆黒の瞳。

「うん、大丈夫」

「……なら、いいけど」

その漆黒の瞳はいつも私に大きな安心感を与えてくれる。

「うん、ちょっと考え事をしてただけ」

「考え事?」

「そう、今日何を着て行こうかなって……」

緊張してるって正直に言うとまた蓮さんに心配をかけてしまうかもしれない……。

そう思った私は誤魔化し気味にそう言った。

「……別になんでもいいんじゃねぇーか?」

……は?

なんでもいい?

今、蓮さんなんでもいいって言った?

「……ダメだよ!!」

思わず大きな声を出してしまった私に

「は?」

不思議そうな表情の蓮さん。

「だって今日は颯太さん達に初めて会うんだよ」

「あぁ」

「そんな重要な日にふざけた格好で行くわけにはいかないでしょ!!」

「……ふざけた格好って……一体、どんな格好だ?」

「……」

「……?」

「……どんな格好だろ?」

「……いや……俺が聞いてんだけど……」

「……」

「……」

「と……とにかく今日は気合を入れないとダメなの!!」

力説する私を蓮さんはジッと見つめていた。

瞬きすらせずに……。

な……なに!?

なんで私はこんなに見つめられてんの!?

「れ……蓮さん?」

「……」

……あれ?なんでシカト?

「あの……蓮さん……瞬きを忘れてますけど……」

「……」

「れ……蓮さん?」

「……お前は……」

「え?」

「颯太の為に気合を入れるのか?」

「は?」

……なんか……。

蓮さんはご機嫌斜めな感じじゃない?

私……またなんかやらかした!?

……。

……。

ううん、そんな事ないよね?

「……別に颯太さんの為じゃないんだけど……」

「じゃあ、一体誰の為だ?琥珀か?それとも樹か?」

ひぃぃぃ!!!

閻魔大王様降臨!!

にっこりと微笑んでらっしゃるけど……目が怒っていらっしゃる!!

なんで!?

どうして!?

「……いや……その……」

蓮さんの突然の変身に驚いた私はしろどもどろになりながら、

閻魔大王様から少しでも離れようとソファに座ったまま、ズリズリと後退しようとしたけど……。

「……ひぃっ!!」

「美桜、どこに行くつもりだ?」

私の腕をガッチリと掴んだ閻魔大王様が、それはそれは美しい微笑を浮べた。

「ど……どこにも行きません!!」

「だよな?」

「は……はい!!」

「まだ、話の途中だもんな?」

「そ……そうですよね」

「……で?」

「へ?」

「お前は誰の為に気合を入れようと思ってるんだ?」

……だから、その笑顔が怖いんだってば!!

「……」

「美桜」

「……」

「俺が聞いてんだ」

「……」

「答えろ」

「……」

「美桜」

「……」

……やばい!!

これは間違いなくお怒りモードだ。

なんで蓮さんがご立腹なのかは分からないけど……。

これは一刻も早くなんとかしないと……。

私は、頭をフル稼働して考えた。

……閻魔大王様の怒りを鎮める方法……。

……閻魔大王様の怒りを鎮める方法……。

……あっ!!そうだ!!

あの方法があった。

私がとっておきの方法を実行しようとした瞬間、蓮さんが口を開いた。

「笑って誤魔化そうとか考えるなよ?」

「……」

私の作戦は実行する暇もなく失敗に終わってしまった。

私の口からは大きな溜息が洩れた。

……仕方がない。

正直に話そう。

そう観念した私は口を開いた。

「……誰の為って蓮さんの為に決まってるじゃん」

「俺の為?」

私の言葉に蓮さんはようやく人間に戻ってくれた。

「うん、私が気合を入れるのは蓮さんが恥ずかしい思いをしない為だよ。」

「それはどういう意味だ?」

「……だって蓮さんのお友達に会うのに私がふざけた格好だったら蓮さんが恥ずかしい思いをするでしょ?……あれ?」

「どうした?」

「……」

「美桜?」

「……もしかしたら、蓮さんの為じゃなくて自分の為なのかもしれない」

「自分の為?」

「……うん、蓮さんのお友達に会うんだから気合を入れようと思ったんだけど……それがなんでかって考えたら、私が颯太さん達にいいイメージを持って欲しいからなのかもしれない……」

「いいイメージ?」

「うん、なんて言ったらいいのか分からないし、上手く言えないんだけど……」

「ゆっくりでいい。思った事を言ってみろ」

蓮さんの優しい言葉に私は自分の頭の中にある想いを素直に口にした。

「……多分、私は蓮さんのお友達に少しでも認めて欲しいんだと思う」

「認める?」

「うん、蓮さんの彼女として……本当はそういうのって外見とかじゃなくて内面的なもので勝負しないといけないんだろうけど……私は自信がないから……だからせめて外見だけは気合を入れようとしたんだと思う……っていうか、私は何を言いたいんだろ?なんか自分でも分からなくなってきた」

頭の中がグチャグチャのパニック状態になってしまった私は、自分でも何が言いたいのかが分からなくなってしまっていた。

自分でも分からないのに、それが蓮さんに伝わる訳がない。

現に蓮さんは何かを考え込んでるし……。

多分、蓮さんは私が言いたい事を必死で理解しようとしてくれているんだと思う。

でも、これ以上説明が出来ないと悟った私は諦めモード全開で言葉を発した。

「蓮さん、この話はもう終わりに……」

「……別にいいんじゃねぇーか?」

そんな私の言葉を蓮さんが遮った。

「……?」

「お前はお前のままでいいんだ」

「えっ?」

「無理に着飾ったり、自分を偽【いつわ】る必要なんてねぇーよ」

「……」

私をまっすぐに見つめる漆黒の瞳。

「美桜、お前はありのままのお前でいいんだ」

「……」

優しく包み込む漆黒の瞳。

「それに、颯太達がお前を認めないわけねぇーだろ?」

「……?」

その瞳は私の不安を取り除き、大きな安心感を与えてくれる。

「お前を選んだのは他の誰でもない、俺なんだ」

「……」

「だからお前は、俺の横で堂々としてろ」

その漆黒の瞳は今日も自信に満ち溢れていた。

「分かったな?」

「……うん」

「それでいい」

私が小さく頷くと、蓮さんが嬉しそうに笑った。

◆◆◆◆◆

「……美桜、もういい加減にしろよ」

蓮さんの呆れ果てた声。

その声に動じる事無く私は答えた。

「もうちょっとだけ待ってよ」

「……その言葉、何回目だ?」

ソファに座りタバコを吸っていた蓮さんが大きな溜息を吐いた。

蓮さんのウンザリしたような声を軽くスルーして、私は目の前の鏡に再び視線を向けた。

私は全身が映る鏡の前に立っていた。

蓮さんが呆れ果ててる理由もウンザリしちゃってる理由も私にはわかってる。

それは、私がこの鏡の前に1時間以上もいるからで……。

そんな私を蓮さんは出掛ける準備万端でソファに座って30分以上も待っていたりする。

『ありのままでいい』

蓮さんはそう言ってくれたけど……。

自分に自信のない私はどうしても鏡の前から離れる事が出来なくなっていた。

「……なぁ、美桜」

「うん?」

「もう、行こうぜ」

「う~ん、ちょっと待って……もう少し髪を巻いた方がいいかな……」

「……」

「……あれ?なんか眉の形がおかしくない?」

「……」

「やっぱりワンピースの方がいいかな……」

鏡を見れば見るほど気になってしまう。

「蓮さん!!やっぱり着替え……」

振り返ると、そこにはさっきまでソファに座っていたはずの蓮さんが私の真後ろに立っていた。

「……!?」

「美桜、残念だけどタイムオーバーだ」

「タ……タイムオーバー!?」

蓮さんは私の肩に腕を廻すと私の身体を自分の方に引き寄せた。

「行くぞ」

「はっ!?」

蓮さんはそう言い放つと私の肩を抱いたままズカズカと玄関に向かって歩き出した。

「ちょっ!!……蓮さん!?」

「ん?」

「も……もう少しだけ待って……」

「もう待てねぇ」

「……いや……まだ、準備の途中だし……」

「準備なら完璧に出来てんじゃねーか」

「で……でも、まだ最終チェックが……」

「心配すんな」

「……はい!?」

「お前はどこからどう見ても完璧だ。おかしいとこなんて1つもねぇ」

「……」

自信満々のその言葉に私はこれ以上反論しても一緒だと悟り、抵抗する事を諦めた。

抵抗を止めた私はあっという間に玄関まで連行された。

その時、私は気付いた。

……あっ……バッグ……

洋服に合わせて準備していたバッグをソファに放置してきてしまった。

慌てて取りに行こうとしたけど、私の身体は蓮さんの腕によって拘束されていて……。

「蓮さん」

「うん?」

「ちょっと忘れ物……」

「これの事か?」

私の身体を拘束している腕とは反対の腕を上に掲げた蓮さん。

その手にはしっかりと私のバッグが握られていた。

◆◆◆◆◆

週末の繁華街。

時間帯のせいもあって、いつにも増して多い人に私は圧倒されそうになっていた。

最近、ようやくこの人混みにも慣れてはきたけど、苦手なものには変わりない。

もし今日の目的が買い物とか暇潰しみたいなものだったら、間違いなく私は蓮さんに『帰ろう』とか『もっと人が少ない時に出直そう』って提案していたに違いない。

だけど今日出掛ける目的は“蓮さんの親友に会うこと”だからそんな事を言っている場合じゃない。

「……よし!!」

私は小さな声で気合いを入れてみた。

「それは何の気合いだ?」

その小さな声は隣で私の肩を抱いている蓮さんにもしっかり聞こえていたらしく苦笑されてしまった。

「何時に約束してるの?」

私は歩きながら蓮さんの顔を見上げた。

「確か19時に予約したってケンが言ってたな」

「19時?」

「あぁ」

私の肩に置いてある蓮さんの手首の腕時計を覗き込むと針は18時40分を指していた。

あと20分か……。

20分後には颯太さん達に会えるんだ。

そう考えると私は緊張感と期待感に包まれた。

「……そう言えば……」

「どうした?」

「今日ってみんなでご飯を食べるんだよね?」

「あぁ」

「何を食べるの?」

私は颯太さん達に会うという事に頭がいっぱいで今日どこに行くのかさえ聞いていなかった。

「なんだと思う?」

蓮さんの口から出てきた言葉は質問の答えじゃなくて問題だった。

「……はっ!?」

「……」

……いやいや、蓮さん……。

それが分からないから質問したんですけど……。

でも、蓮さんは私に答えを教えるつもりはないらしく

にっこりと笑みを浮かべながら私の顔を見下ろしている。

なんだろう?この展開は……。

……。

……まさか、仕返し!?

さっき私が30分以上も待たせたからその仕返しとかじゃないでしょうね!?

そんな疑惑を抱きながら、恐る恐る蓮さんの顔に視線を向けると

「……」

蓮さんは意味ありげな笑みを浮べていた。

……。

やっぱり教える気はないのね?

……っていうか、私に分かる訳ないじゃん。

私が予想できるのは、今日行くお店が繁華街のどこかにあるという事ぐらい。

それは分かるんだけど……。

この繁華街にある飲食店は1、2件なんかじゃないし……。

待ち合わせの時間までは20分。

蓮さんは約束の時間をきっちり守る人だから……多分そのお店には約束の5分前には着くように計算してるはず……。

タクシーに乗る様子もないし……。

……ってことは、今日行くお店はここから歩いて15分で行ける場所にあるお店に違いない。

歩いて15分で行けるお店。

……。

……。

……ってそれだけで分かる訳ないし!!

う~ん。

私がお店を断定するにはもっと情報が必要だ。

「……ねぇ、蓮さん」

「うん?」

「今から行くお店って私は行った事ある?」

「あぁ、何度もな」

「えっ?何度も?」

「あぁ」

蓮さんはやっぱり意味ありげに頷いた。

……私が何度も行った事があるお店って……。

……。

……。

ん?ちょっと待ってよ。

「そのお店を予約したのってケンさんなの?」

「あぁ」

私が何度も行った事があって、ケンさんが予約したお店。

「……ってことは……もしかして」

「ん?」

「焼肉屋さん!?」

「大正解」

……やっぱり……。

「よく分かったな」

感心したような様子の蓮さん。

「ケンさんが予約するお店って言ったら焼肉屋さんしかないじゃん」

「だな」

蓮さんは楽しそうに笑っていた。

◆◆◆◆◆

予約時間の5分前に私達は焼肉屋さんに到着した。

ケンさんと知り合ってから行きつけとなったこのお店。

最低でも1月に1~2回は訪れるから、私もこのお店の常連さんになりつつある。

このお店に来たら一番奥の個室に入るのが定番。

それは今日も同じらしい。

お店に入った蓮さんは、店員さんの案内を待つこともなくいつもの個室へと向かう。

靴を脱いだ蓮さんは慣れた手付きで襖に手を掛けようとした。

それを見た私は

「蓮さん、待って!!」

慌ててその手を掴んだ。

「どうした?」

怪訝そうな視線を向ける蓮さん。

「ま……まだ心の準備ができてないの!!」

「心の準備?」

「うん」

私が大きく頷くと蓮さんは大きな溜息を吐いた。

「……美桜」

「うん?」

「そんなモンは必要ねぇって言っただろ?」

「で……でも!!」

「そんなに緊張してんのか?」

「……うん……」

「それなら、また緊張が解けるまじないでもするか?」

「緊張が解けるおまじない?」

「あぁ」

「……それって……」

「うん?」

「“旅行”の時の……“アレ”の事?」

「あぁ」

「今、ここで?」

「いや、もちろんこの中に入ってからだけど」

蓮さんが襖を指差した。

「だ……大丈夫!!それは全然必要ないから!!」

「そうか?」

「うん!!」

「残念だな」

「は?残念?なにが?」

「いや、独り言だ。気にすんな」

「……えっ!?」

「そんなことより早く入るぞ」

「あっ!!ちょっと……」

“ちょっと待って”って言おうとしたのに……。

蓮さんは聞く耳すら持たず、その大きな手で襖を開けた。

襖が開いた瞬間、こちらに向けられる2つの視線。

その視線に私は蓮さんの手を掴んだまま固まってしまった。

こちらに向けられる2つの視線。

1つは見慣れた人懐っこい瞳。

そして、もう1つは……。

初めて見る瞳だった。

こちらに向けられた瞬間、鋭く見えたその瞳が私の隣に向けられた途端、嬉しそうに細められた。

「蓮!!」

その瞳と同じように嬉しそうな声。

「颯太、久しぶりだな」

蓮さんのその言葉で私はその男の人が颯太さんだと分かった。

ケンさんの向かいの席に座っていた颯太さんは素早く立ち上がると入り口に立っている私達に近付いてきた。

夏を思わせる褐色に焼けた肌。

見上げないと顔が見えないぐらいに高い身長。

ふんわりと香る香水は……多分、マリン系の香り。

羽織ってる白いシャツが焼けた褐色の肌にとても似合っている。

そして、何よりも印象的だったのがその髪型。

ケンさんのお家で見せてもらったあの写真と同じ髪型。

“ドレット”と呼ばれる太い毛糸みたいな束状のものがたくさんぶら下がってるようなヘアースタイル。

それを無造作に後ろで1つに束ねてて……。

その髪型は颯太さんの彫りの深い日本人離れした顔立ちにとても似合っていた。

蓮さんの前で足を止めた颯太さんは拳を作った右手を差し出した。

その拳に蓮さんは自分の拳を軽くぶつける。

そして固く交わされる握手。

その行為を私は何度か見たことがあった。

蓮さんとケンさんがよくやっているのを……。

繁華街で会った時や一緒に遊んで別れる時。

だから私はその行為を挨拶みたいなものだと認識していた。

でも、蓮さんがその“あいさつ”をケンさん以外の人と交わす事に私は小さな違和感を感じてしまった。

小さな違和感を抱いて蓮さんと颯太さんの手をボンヤリと眺めていた私は気付かなかった。

颯太さんの視線が私に向いたことに……。

「美桜ちゃん?」

自分の名前を呼ばれた私はハッと我に返った。

「……え?」

慌てて視線を上げると蓮さんと颯太さんが私を見ていた。「……!?」

突然の注目に私は必要以上に焦ってしまった。

「初めまして」

ニッコリと笑顔で話しかけてくれる颯太さん。

……一方、私はと言えば……。

少しの間忘れていた緊張感が再び襲ってきたうえに突然話しかけられた動揺から

「は……初めましてでございますっ!!」

……不自然すぎる日本語を発してしまった。

ひぃぃぃ!!!!

しまった!!

またヤラかしてしまった!!

……別にボケようとか笑いを取ってみようとか思ったわけじゃない。

緊張感と焦りが最高潮に達した時にたまたま出てきた言葉がこれだったってだけ。

「……」

「……」

だから無言は止めて欲しい。

蓮さんも颯太さんも……。

そんなに驚いた表情で見つめられても……。

私も、すっごく困るんですけど!!

……そうは思っても小心者の私が2人にそんな事を言える訳もなく……。

……かと言って、完全にパニック状態の頭ではこの場をどうやって乗り切ろうかなんて考える事もできず……。

ただ2人の顔を見つめ返すことしかできなかった。

気まずい沈黙が流れる。

そんな沈黙を破って私を助けてくれたのは

「ぎゃははは!!美桜ちん、今日も最高だね!!」

楽しそうに爆笑する聞き慣れた声だった。

この声は……。

爆笑する声の方に視線を向けると、そこにはお腹を抱えて笑い転げてるお猿のケンさんの姿があった。

「……ケンさん……」

「ぎゃははは!!」

私は笑い転げるケンさんをただ呆然と眺めていた。


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