幕間 ロンドン警視庁狂詩曲(スコットランド・ヤード・ラプソディ)

 八月二十六日日曜日、ロンドン警視庁スコットランド・ヤード――。

 若干くたびれた背広を身にまとった四十代ぐらいの男が、部下を従え廊下を歩いていた。夜勤明けによる疲れの色も見えるが、なおもその眼光は鋭く、お世辞にも人相が良いとは言えない顔つきをしている。

 すると、廊下の脇でたむろする若い警官たちの姿があった。


「なあ、知っているか? 首相が女王陛下に呼び出されたらしいぞ」

「おいおい、嘘だろう?」


 若手警官たちの会話を聞いた男は、ピタッとその場で立ち止まった。彼らの会話に聞き耳を立てているようだ。これに合わせて部下も立ち止まる。

 それでもなお、警官たちの会話は止まらない。


「ひょっとして、例の連続切り裂き魔のせいか?」

「恐らくな」

「この分だと、総監のクビも危ういよな」

「おい、あんまりでかい声出すなよ。誰かに聞かれでもしたら……」


 だが、彼らが気付いた時にはもう遅かった。

 無言で腕を組み、警官たちの前に立つ男。これにはさすがの警官たちも顔面蒼白となる。


「総監が、何だって?」


 怒りのこもった眼差しに、警官たちの肩が震える。


「い、いえ、自分は何も……そんなことより警部、こんなものが」

 と、手に持っていた封書を差し出す。


 話題をすり替えようとする魂胆は丸見えではあるが、警部と呼ばれた男は仏頂面で受け取り、中身に目を通した。タイプライターで短く、こう書かれていた。


 七番目の月が最初に十二の鐘を刻むとき

 うたげは血の色に染まるだろう。


「何だ、これは?」


 封筒を見ても差出人の記載はない。

 部下の男も横からのぞき込む。


「連続殺人事件と何か関係があるのでしょうか? 確か、四人目の被害者の近くにあったメモが予告状じゃないかとか、言っていませんでしたっけ? 貴族の方で、名前は確か……」


 これを聞いた途端、警部は目を大きく見開いた。


「マイヤー」


 短く答えると、部下が頷く。


「そうでした! エドワード・マイヤー氏」

「優れた頭脳を持った大学教授。奴の力を借りられりゃ、もしや……だが、問題はどうやって奴を事件に引きずり込むかだ。この間もそこで止まった」

「ですが、彼は一般人ですから。さすがにそういうわけには……」

「クソ……」


 悔しそうに舌打ちをする警部。

 だが――。


「そうか、手がなくもない」


 不気味なほどに口角を上げると、途端に廊下を走り出す。


「警部、どちらへ?」


 部下の声に振り返るも、その足を止めることはない。


「上官の元へ行く!」


 そう言ったのも束の間、部下は呆れかえった様子で上司の背に語りかけた。


「今日は日曜日ですよ。お休みなのでは?」


 警部の足はピタリと止まった。被っていた帽子を床に投げ捨てる。


「あー、クソ!!」

「警部、ちょっと! 落ち着いてくださいよ」


 その様子を見た若手警官たちは嘆息する。


「あの人、ああなるとダメなんだよな。それに毎回振り回されるケリーさん。気の毒としか言いようがないな」

「人一倍、ここハートは熱いんだけどね」

 と、左胸に手を置き、くすくすと笑う。


 その間に戻って来た警部が不機嫌そうに睨みをきかせた。


「お前ら、何か言ったか?」

「い、いえ! 自分そろそろ昼休みが終わるので……」

「じ、自分もです! すぐ持ち場に戻ります」


 若手警官たちはそそくさとその場を離れていった。

 警部と、彼の部下――ケリーは、再び封筒の中身を見つめていた。


「警部、どうやってマイヤー氏を巻き込むつもりで?」

「事件の重要参考人としてだ。どんな手を使ってでも、犯人を監獄へぶちこんでやる」

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