第39話魔法か

「わかりました」


 ラベンダーは丁寧に手を合わせて拝んだ。

 薬壺を開けようとしたが、開かない。


「開きません」

「本当ね」


 そもそも開くように彫った訳ではないので、当たり前と言えば当たり前なのだけど。


「もしかしたら明日にならないとダメなのかしらね」


 翌朝、薬壺を開こうとしたが蓋は固く閉ざされ開く気配はなかった。


「ラベンダー、怪我の具合は?」


 サラリと包帯を外すと、出血もなく傷口はうっすらと塞がっているが完治したとは言えない。

 というか、このぐらいの傷なら翌日には普通にしてても塞がっているだろう。

 はて、なぜ薬壺は開かず、傷も治っていないのだ。


「悪化してないのですから、いいじゃありませんか」とラベンダー。


 まあもっともな話ではあるけども、一体なぜ何も起きなかったのだろうか。

 仏様は昨日と変わらず穏やかな微笑みを浮かべていた。

 仏像を引き取りにきたグナシに薬壺に薬が現れなかったことを伝える。

 グナシは腕を組みうんうんとうなづいていた。


「じゃ次仏像の依頼があっても、断っておくよ。仏像以外ならOKってね」

「ええそうして頂けると助かる。変に期待させても悪いから」


 仏像を求める者の依頼を受け、仏像を製作するのが我ら仏師だ。 

 求めがある限り、この手が動く限りその声に応えたいと思っていた。

 でも今この仏像の騒動を思うと、パニックにでもなってしまったら大変だ。


「でも見た目は全く同じようなんだけどな。何がおかしいんだろな」

「わからないわ」


 そもそもなぜあの薬師如来像の薬壺から薬が出てきたのか。

 誰かが仏像に魔法をかけたのか。

 だが、なんの為に?その者になんの得もない。


 まさか俺が魔法を込めたのかーーー?

 力のない聖女の俺が?

 だとしたら、なぜこの薬師如来には魔法がかかっていないのだろう。

 わからない。

 ただ俺の彫った仏様が救いの手を差し伸べる人々を全て救ってくれたと言うことが嬉しい。

 



 俺たちの不安をよそに、仏像の薬は盛り上がる一方だった。

 最近では近所の人に留まらず、城下町の外からも貴族や金のある商人達が評判を聞きつけやってくるといった有り様だ。

 当然ながら、そういった方達からも仏像の依頼がグナシの元に後を立たないようだ。

 それも法外な値段なり。


「なあ元聖女さんよ。すげー大金だぜ。なあ一回だけ、もう一回だけでも仏像彫ってくれないか」


 グナシよりその話を聞かされたとき、てっきりそう言われるのかと思っていた。

 そうではなく、さすがのグナシも騒ぎが大きくなり一概の兵士が関わっていると噂になるのを恐れて、彫刻の依頼もしぼっているようだった。

 賄賂はみんなやっていることとは言え、バレれば処罰の対象になるので、恐れているのだ。


「聖女さんたちもこの騒動が収まるまではさ、彫刻も控えた方がいいかもねえ?」


 4人でお茶を囲んでいるが、いつも以上に空気が重い。

 あの和やかな女子会のような雰囲気ではなく、戦の戦況を話し合っているかのような。

それもかなり苦戦を強いられている戦い。


「そうですわ、オーロラ様。ハラヘリーナさんの言う通りです。あまり彫刻のことが評判になればこちらにまで調査がくるかも」

「うん。幽閉中に私服を肥やしているなんて王子の耳に入ったらそれこそ大変だからさ」


「そうですね、二人のお話通り今は大人しくしてる方がいいですね」

「俺もちょっと気をつけねーとな」

「そうだよ。バレたらグナシだってただじゃすまないよ。聖女さんたちもしばらくは節約生活になるかもしれないけど、足りないものがあれば言って。新鮮なフルーツならチョコチョコ持ってくるしさ」


 ハラヘリーナさん、ありがとう。

 最初は怪しいご近所さんって思ってたけど。

 すまない、ラベンダー。またしばらくひもじい思いをさせるかもしれない。

 だが、この一見が確かに王子や宮殿の者の耳にでも入ったとしよう。牢獄に投獄でもなったらそれこそ申し訳ない。 

 ハラヘリーナさんの家で取れたレモンを入れたレモンティー。

 この紅茶もしばらくは飲み納めか。心を落ち着かせるいい香りだった。

 この味を舌に焼き付けるかのように、ゆっくりと味わう。



「聖女様の仏像で金儲けしているですってーーーー!!!」


 ラベンダーが悲鳴にも似た声で叫ぶ。

 グナシが素早い動きで耳を塞ぐ。慣れたものだ。


「あーもう、あいっかわらずうるせー奴だな」


 ラベンダーはそんな小言は全く意に返さず、グナシに詰め寄る。


「聖女様のご好意をお金にするなんて、なんて恩知らずなの!!」


 怒りでメラメラと瞳が燃え出しそうな勢いだ。また仁王の様になってしまう。

 まずは落ち着かせねば。


「ラベンダー、そんなに怒らないで」

「でも聖女様!!」


 ちなみに今日のラベンダーは藤色の美しい髪を三つ編みで一つにまとめている。

 一つにまとめることで顔まわりがスッキリして、愛らしい顔のラインが強調される。服装もあって、いかにも町娘といった感じが出ている。

 なぜわざわざそんなことを伝えたかというと、先ほど「聖女様!」と勢いよく俺の方を振り返ったラベンダーの三つ編みが鞭の様にしなり、見事にグナシの顔を直撃したからだ。


「あだっ」


 グナシの顔が苦悶の表情に歪んだ。

 痛そうだ。

 なお、興奮しているラベンダーの瞳にグナシは映っていない。

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