第40話 魔の囁き

「まずはグナシからきちんと話を聞きましょう。何か誤解かもしれないし。ねえグナシ」


 はいと返事をしたグナシは痛いと顔をさすっている。


「サワートさんが私が彫った仏像を使って商売をしているとはどういう意味なの?」

「俺も直接見てた訳じゃないから詳しくは知らない。だが、今朝納品にきた肉屋のおっちゃんに聞いたんだよ」


 グナシが調子はどうだと尋ねると、妙なことになっていると答えた。

 あの仏像かと聞くと、肉屋の店主はそうだと返す。


 仏像のご利益にあやかろうと、様々な人がサワートさんの元を訪れる。最初は近所の人、そして城下町の人々だった。身内に病人がいると聞けばサワートさんはその力を快く分け与えていた。


 サワートさんの家には多くの人が列を成し、訪れた。


 あらゆる病を治す薬があるという噂は瞬く間に広がり、やがて貴族や裕福な商人達もサワートさんの家を訪れる様になっていく。


 サワートさんの家を訪れ、列に並び順番を待つ。天からこの家に使わされた物だと、金銭のやり取りはなかった。ただあまりにも多くの者が訪れるので、サワートさんが仕事に行けなくなり、代わりにその日生活できる程度の僅か金銭を受けとる様になった。

 といってもその金額は銀貨3枚とか、金のない者であれば余っているパンや小麦といった具合にできる範囲内だった。


 するとある変化が起こる。

 金に余裕のある貴族達が「多く払うから先に通してくれ」という様になっていた。


 あまりに人数が多く、数日待つことも多くなっていた。それを金に物を言わせて、優先的に見るように要求したのだった。


 最初は断っていたサワートさんだったが、彼らが提示した金額はあまりにも高額だった。

 善良な人の心を狂わせるには十分な金額だったのだ。


「金を積んだものから通してるそうだぜ」

「つまり今は金持ちを優先的に見ているという事ですか」


「ああ、おまけにその儲けた金ででっかい豪邸を買って贅沢な生活をしてるんだとよ」


 薬壺の薬の効果は翌日に現れる。  

 翌日にならないと効果がわからないのに大金を出すのはと疑う者もいたので、今は薬で建てた豪邸に客を一泊させる。そして翌朝効果を実感して、支払いをするというなんとも画期的な構造になっている。

 彼が真っ当な経営者であれば、なかなかの手腕だ。


 一泊させるという事もあり、今では更に人数を絞り、金額を上げているとか。グナシが昔言っていた数を減らしてプレミア感とはまさにこれのことだろうか。


「ではお金がない人たちはどうしているの?」

「当然後回し。というか、もはや見向きもしてねーぜ。金額が高すぎて庶民じゃ手が届かなくなっている」


 あの仏のお力はポーションなど買えぬ弱き者たちを救っていたのではないか。

 それが金持ちしか見ないだと・・・。

 そもそも貴族や金持ちならポーションがあるではないか。わざわざ仏のお力に縋らなくても。


「これが仏像の力が万能すぎるんだとよ。なんでも子宝に恵まれない夫婦や年取って目が悪くなった爺さんとかまで治してくれるんだとよ」


「ポーションではその様な症状に向けた薬は希少ですからね、貴族といえどなかなか手に入らないんでしょう。ポーションも全ての病を治せる訳ではないですから」


「金のない者は見てもらえない。すこし前のアルベルトや弟と同じだよ。安価な薬でその命を紡ぎ、その時を待つ。全くそういう者の為の薬だろうに」


 グナシが悔しそうに言ってテーブルを叩く。

 ドンッ!!

 湯呑みに入れていた水が振動でピシャッと跳ね私の手の甲を濡らす。


 仏様が泣いておられる。

 あぁ、この水は仏様の涙だ。


 力のある者達が僅かな希望に縋る者たちを蹴散らしていく。非力な者達は結局虐げられているだけではないか。

 俺はそんな為に仏をこの世界に下ろした訳ではない。

 仏様が泣いておられる。

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