第25話 彫り上げる

これも上から印に合わせて斜めに鑿を入れる。すると2回程でぽろりと切り落ち、頭から嘴までの大まかな輪郭ができた。

 さて、喉元。

 今度は 木材を横に倒して、印をつけた喉の辺りにノコギリで切れ目を入れる。


 ギコギコギコ。


 ノコギリから平鑿に持ち帰ると、嘴から先ほど切れ目を入れた喉元の辺りを何度もスッスッと彫り削る。

 やがておぼろげながらも嘴と喉元が現れていく。


 懐かしい。


 思わず顔が綻ぶ。

 一つ一つ鑿を進める度、ふわりと木の香りに包まれる。

 削りかすを手に取り、鼻先に持っていく。

 うん、いい香りだ。


 命の匂いだ。


 師は言っていた。


「いいか、木は生きておる。切り倒されても、こんなに小さい破片となっても生きている。命だ、生きているのだ。だから細部まで一瞬まで気を抜くな。気を抜けばすぐに飲み込まれるぞ」


 その言葉を胸に刻み、俺は仏師として過ごしていた。


 兄弟弟子には大胆な鑿使いで、荒々しく、力強くその命を彫り進める者もいた。

 まるで馬を手懐け、操るかのように。


 だが、俺にはそれはできなかった。

 そうすると線は乱れ、思わぬところに亀裂が入る。

 俺は主にはなれなかった。その代わり、ひたすらに木と向き合った。

 

 細部まで彫り進め、木の持つ一等美しい姿を俺は彫った。

 一部の隙もないと言われるまでに。


 おっと、ついつい昔の思い出に浸ってしまった。

 目を離してはならぬ。

 お前の美しい姿を必ず彫りだして見せよう。

 そう語りかけると、俺は再び鑿をもった。



ふー。

 木材についた木屑を息を吹いてはらう。

 

 木屑に視界が鈍る。

 だが。俺は動きを止めない。

 彫る、彫る、ひたすらに彫る。

 身体が、魂が、覚えている。

 

 目の前の彫刻以外、視界に入らない。


 大まかな身体の輪郭を彫り上げると、細部を三角鑿や平鑿で仕上げていく。

 いつも目は最後だった。

 目を彫り、そして彫刻は完成する。

 羽の一枚一枚の毛並みまで彫り、やがて目を彫った。

 

 うむ、悪くない。

 渾身の出来だ!とまでは言えないが。


 木材はノコギリで切ったり彫ったりするには体力がいるのだ。

 力の弱いオーロラの身体では思った様に力が入らない事もあったが、焦らずゆっくり進めることでなんとか完成させられた。


 細部の荒さや、鳥の構図なんかを思うと改善点は多い。 

 ただ有り合わせの材料と道具で下絵なしで作ったにしては上出来だ。



 コン!

 窓の外から音がした。


 いつの間にか空はすっかり茜色になっていた。門の外で夕日に照らされたグナシが石を片手でポンポンとさせている。

「おーい、元聖女さんよ。いつまでナイフ使ってんだ。そろそろ返してくれ」

「ごめんなさい」


 そろそろ帰宅の時間か。

 夜の見張りは毎日ではなく、数日に一度だけだった。夕方になるとグナシは森を後にする。

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