第26話 俺は仏師

「遅くなってごめんなさい」

「たっく、林檎切るだけじゃなかったんかよ。ナイフなんて幽閉者に貸す俺の立場も考えてくれつーの」


 彫刻に夢中になってしまい、ついつい時間を忘れていた。

 グナシがじっと俺の顔を見る。


「何か?」

「いや、なんか妙に嬉しそうな顔してるからさ。今までそんな顔見たことなかったから。嬉しそうというか、穏やかそうつーか」


 そんな顔してたのか。

 だが、久しぶりに体が軽いような気がする。身体じゃなくて心か。

 オーロラの体を借りた俺ではなく、俺が生きている、そんな感じだった。


 なんの前触れもなく突然、グナシがハッと驚いた様に俺の腕を掴む。


 なっ、何をする。


 こいつもマルク達同様に、美しい俺に欲情してるんか!

 ええーい、お前も成敗してくれるわ!!と振り払おうとした時。

 グナシが俺が持っていた鳥の彫刻をじっと見つめていた。


「ちょっといいか」というより早く俺の手からサラリと鳥の彫刻を抜き取る。

 しげしげと物珍しそうに見入った後、感嘆な声を上げた。


「見事な彫刻だな!!!これどこで手に入れた?この屋敷に残ってたんか?」


 元は貴族の隠れ家だもんなと、彫刻を360度あらゆる角度からぐるりと見渡す。


 その彫刻。

 どうしたって、何も。


「私が彫りました」


 そう言うと、グナシがピックっと反応する。


「へ?」とだるそうな見張り中よりもずっと間抜けな顔をして声を出す。


 聞こえなかっただろうか。


「私が彫りました」


 と、二度目の宣言をした。

 グナシは黙りこくった。

 切長の目を目一杯広げて、俺と鳥の彫刻を交互に何度か見た後。


「うおーーーーすげーーー!!」


 なんかすごく興奮している。

 ん?

 これは褒められている・・・のか。


「マジで聖女さんが彫ったんか。どうやって?」

「薪を彫ったの」


「え?薪を使ったのか」

「たまたまひのきだったから。けやきであったら重く固すぎるし、杉はやわらかいが縦に割れやすくく彫刻には不向きだ」


「器用なもんだな。まるで生きているようだ」

 

 間に合わせの材料と道具で作ったのだ。褒めすぎだよ。


「いや、生きた鳥よりも美しい。この羽の緻密さ、目の涼やかさ。見事だよ」


 くすっ。

 いつも見張りで欠伸ばかりしているグナシが美しいやら、涼やかさとか言うのが面白かった。


「元聖女さんよ。いいもん見せてもらったな。じゃ俺はもう帰えらないと」


 足早に屋敷を後にしようとしたグナシを呼び止める。

 ピタッと止まって振り返った彼を手招きする。


「これ、もし気に入ってくれたのなら受け取ってくれないかしら」

「えっ・・・いやでもこれはあんたが作ったんだろ。受け取れねえよ」

「迷惑ならすまなかった。ただ遠慮しているだけなら受け取って欲しい」 


 グナシは少し考えて、遠慮がちに言った。


「本当にもらっていいんか」


 もちろん!と笑顔で頷く。


「よっしゃ!!!聖女さんありがとう」

「そんなに喜んで貰えたら上げたかいがあったわ」


 好いた女子と良い仲になった男のように、グナシはひとしきり喜んだ後走っていった。


 この感じ。

 懐かしい。恋しい。

 俺が作った仏像を見た依頼主の感嘆とした声。

 単純に依頼された仕事を無事こなせたという安堵感。そして何よりも職人としての喜び。

 私は生まれ変わっても仏師の様だな。


 どこからかいい匂いが漂ってきた。

 ラベンダーが夕飯の準備をしている様だった。今日はトマトのスープのようだ。

 飲食を忘れ夢中で彫っていたので、腹の虫が鳴いた。

 さて、俺も食事にしよう。

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