第24話 俺は仏師

 部屋に入るなり、道具を見渡す。

 錆はあるが使えないことはない。

 ノコギリはこの大きさの木材には大きすぎるか。

 のみは叩き鑿や先が平らな平鑿など数本揃っていた。

 だがこれだけでは足りない。

 ふと思い立ち、グナシに声をかける。


「え?ナイフ?何で?」

「リンゴの皮をむきたくて」

「まあ、いいけどよ。ちゃんと返せよ」


 ナイフの代わりに林檎をあげたので、深くは言ってこなかった。

 部屋へ戻る帰りに物置部屋に寄って、伽石を探した。運よく、隅の樽の上に漬物石のように置いてあった。


 よし、いいぞいいぞ。

 簡単に伽石で錆を落す。奈良の時の様にはいかないが、まあいいだろう。

 試しに木を足の裏で挟み鑿をあて、その肢の部分を勢いよく木槌で叩く。


 カンッ。


 小気味いい音がして、木に切れ目が入る。

 うん、悪くない。

 何よりもこの感じ。


 木の命と力強さ、そして削れた時に放つ檜の匂い。会話のような音。

 仏師時代の記憶がまざまざと蘇る。


 いい予感がした。


 まずは一つ作ってみるか。

 設計図となる下絵もない。炭もない。

 グナシに借りたナイフを炭がわりにして、木材に傷をつけ印をつける。


 と、手を止める。

 はて、何を彫ろうか。仏像でもいいが、何かもっと違う物を彫りたい。


「ピーピロロ・・・」

 鳥か、俺は新たな世界へ羽ばたくのだ、縁起がいい。

 さて、その前に。


 俺は座禅を組み、静かに瞑想する。

 呼吸を整え、意識を集中する。 

 いつもの儀式だ。


 これから彫る彫刻を頭の中で細密に思い描く。

 

 仏師の中には仕上げた仏像を大胆にもスパッと切り落とす者もいた。もう少し強調したい箇所があれば、切り落としてでも納得いくまで修正を加えた。

 時には仏の首さえも切り落とした。


 切り落とした箇所を修正するのは高度な技術が必要で、また人間の心情から言って仏の手足を切り落とすのはなかなかできない。

 覚悟と度胸が必要だった。

 

 だが俺は違った。

 修正箇所はないに等しかった。

 俺は作り上げる前に、細部まで緻密に全て作り上げてから取り掛かかる。

 一寸の狂いもなく、瞳の先、衣のひだまで全て計算していた。


 それはまるで闇の中に現れた一本の真っ白い線のよう。

 線はぐんぐんと伸びていき、やがて枝分かれし、さらにその先も分かれてして、大きな一本の大木となるように。

 

 そして瞳を開く。


 ーーーできた。


 では、いざっ。


 まず炭を筆代わりに毛彫の様に木材にナイフで線を入れる。毛彫とは銅などに細い線で模様などを彫ることだ。

 切り取るところに線を入れていく。

 

 机に木材を縦に置いて、その上から平たい叩き鑿を持ち、印をつけたところに垂直に鑿を当てる。

 そして勢いよく小槌で鑿を叩く。


 ここは迷ってはいけない。


 面白いことに、それだけで木の筋に沿って、亀裂がまっすぐに入る。

 時々木の癖で真っ直ぐいかない事や、進まないこともある。それを見極めるのもまた仏師である。


 途中まで亀裂が入ったので、さらに鑿を叩いて彫り進める。

 3度程叩いて、パックリと割れた。


 よし、これで片面ができた。さて、もう片面。


 同じ要領で反対も鑿で削ると、木材は3角形になった。

 これで大まかな形はできた。


 次は鳥の輪郭だ。

 

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