第9話 王子の心

 翌朝、ラベンダーが声を弾ませて「オーロラ様、素敵な贈り物でございます」

 ずいぶんと上機嫌だな。

 手には持っていた小箱を俺に渡す。


 ぱかっと開けると中に入っていたのは小鹿のガラス細工だった。

 太陽の光を受け、神の使いかのようにキラキラと輝いていた。

 繊細な彫りに、俺も同じ職人として作者の高い技術に息を飲んだ。


「また見事な・・・。これを私に?誰が?」

「リース王子からですわ」


「王子が?」

「はい、遠征から戻られるといつも珍しいお土産を用意してくれるんです。この前は珍しい宝石があしらわれたブレスレットでした」


 棚の上の宝石箱に置いてありますわと指差す。

 言葉の端々に、オーロラは特別扱いをされているというのが伝わってくる。


「王子はどんな方なの?」

「とても素敵な方ですよ。知的で民や家臣にもとても親切なんですよ。ただ・・・」


「ただ?」

「えっと、まあ、なんていうかちょっと時々子供っぽいところがあって、気分屋さんなところがあるんです。内緒ですがお天気王子なんて呼ばれてます」


 機嫌が山の天気のようにコロコロ変わるんかい。


 まだお若いですからねと言うが、聞くと王子の年齢は24歳。ラベンダーよりも年上だった。

 まあ、16でもキビキビ働いているラベンダーからしたら、苦労知らずのお坊ちゃんなんて子供だな。

 そう言いながらラベンダーはどこか夢見心地な様子でスッと頬を朱に染めた。

 どうやらリース王子とやらは、気分屋なだけでなく、若い女性を魅了する色男のようでもあった。


「色々とやんちゃもされてましたが、半年前に先帝が崩御されてからは国王代理として立派に責務を果たされてます」


 王がいないのか。

 ではなぜ、リース王子は王に就任しない?


「エルダットでは王が亡くなってから2年は喪に服すのが伝統です。喪が明けると華々しく戴冠式を行い無事リース王子が国王に就任されるのです」


「んん??じゃあ今エルダットの王は不在なの?」 


「王妃様がおりますし、皇太子のリース王子が全ての実権を持っています。あくまでも建前上の話で有事の際は王としてリース王子が指揮を取ります」


 なるほど、24歳にして一国一城の主、それはそれはご多忙だろう。


「うふふ、それでもリース王子は政務の合間をぬっては何かとオーロラ様を気にかけられておりましたよ」

 

 ズキンッ。また痛む。


 胸が、胸の奥がグッと押し潰されるように痛い。


「うっ・・・」

「お嬢様!!!どうなさったのですか?涙が・・・ああそんなに痛むのに私めは気づかずに・・・」


 ぽたっ。

 雫が青い服に小さなシミを作った。

 俺は涙を流していた。


 この涙。

 これは俺の涙ではない。オーロラの涙だ。この胸の奥のぎゅっと締め付けるような痛みも。


 オーロラ。君は何に涙を流し、苦しんでいるのだ?

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